第47話 A
一旦帰って出社したら、エミリとキャシーに怒られた。
「こんなとこで何してんの?みいなを一人にさせるなんて、見損なったよ!」
「なんでそんなに怒るんだよ。ミーナに帰れって言われたんだよ」
「アナン、今日はあなたにお願いする仕事が無いのよ。悪いんだけど、お休みを取ってくれないかしら?」
オフィスを追い出されて、ギャラリーに向った。
だけど、ボクは歓迎されないのが分かっている。
九条さんを怒らせると、またミーナに迷惑をかけそうだし。
「アナン!」
困っていたらMIYABIが猛ダッシュで走ってきた。
「はぁ……よかった……はぁ……暇か?」
ボクはまだ答えてないのに、MIYABIに手を引っ張られた。
会場の入り口で足が止まる。
「いいから、付いて来て」
頑張って息を整えているMIYABIに付いて行く。
「お待たせしました」
九条さんとミーナは一緒にいた。
「そこで会ったんだ。お連れしたよ」
ほんの一瞬ミーナと目が合って、すぐに逸らされた。
ほら。ボクが来ちゃ駄目なことろなんだ。
体を反転させて、失礼する。
「待ちなさい、アナン君」
九条さんに呼び止められた。
「案内しよう。押してくれないか?」
ミーナは雅さんからコーヒーを受け取り、チェアに座った。
仕方がないから、九条さんの言いつけに従う。
「ミーナの絵をどう思う?」
「かっこいいと思います」
「なるほど。かっこいいか……言い得て妙だな」
会場をゆっくりと回って、ミーナの絵の前で止まる。
「この絵は私が描かせた。言い換えると、私でなければミーナはこの絵が描けない」
ちらっとミーナを見る。
九条さんの言う通りだと思う。
ボクが側に居ても、この絵は描けなかったに違いない。
「アナン君、君はミーナを笑顔に出来るかもしれない。だけど、それは永遠に続くことかな?今、この瞬間、刹那的に求め合っているだけなんじゃないか?一方で、ミーナの才能は無限であり永遠的なものだ」
「はい」
「単刀直入に言うが、ミーナにまとわりつかないでくれないか」
日本に居た時も、きっと九条さんはそう思っていたんだ。
ミーナに一切の連絡を取ることを禁止されて、あっと言う間に渡米が決まった。
絵を描くのにボクが邪魔だった。納得できる。
「ごめんなさい。それでも……ボクはミーナに会いたいです」
勇気をふり絞る。
九条さんは振り返らなかった。
もしかしたら、聞こえなかったのかも知れない。
◆
MIYABIに誘われて、二人で外に出た。
「あの、ミーナは?」
「ホテルに帰らせたよ。疲れたようだったから、少し眠った方がいい」
「そうですか」
食欲なんて無いけど、雅さんのお勧めのパスタを食べに来た。
「沈んでんな。九条さんになに言われた?」
「別に……ミーナの絵が素晴らしいのは九条さんのお陰だなって、その通りだなって」
「そうか。一緒にみいなちゃんの絵を見たときのことを覚えてるか?」
「はい。ミーナの絵を支えている情熱があるって……例えば『愛』のようなって」
言っていて悲しくなってくる。
あれは、九条さんへ向けられたもの。
「よく覚えてるんだな。嬉しいよ。そうだ、みいなちゃんは君への愛を描いている」
「ボクですか?九条さんじゃなくて?」
「やっぱり。アナンは自分に自信がないんだな。どう見てもあれは君への想いだよ。会いたいのに会えない、その思いの丈をキャンバスにぶつけている。だからあんな風に仕上がるんだよ」
「でも……あの絵は、九条さんがいたから……」
「九条さんがいたからじゃない。君がいないときに、たまたま近くにいたのが彼だったということだよ」
MIYABIさんが言っていることが正しければ、どんなに嬉しいだろうか。
「だけど、ミーナはいつも九条さんの元に戻って行く。彼女の絵を売ってくれるのも九条さんだし……」
「アナン君はみいなちゃんの愛を感じないのか?」
「……」
「彼女の全身から君が好きだというメッセージが流れてくるように感じるが、私の勘違いなのかな?」
「愛し合ってます。それは言葉にしたし、確認できてると思います。だけど、彼女は九条さんなしには生きられないんじゃないかって思うんです。ミーナは……九条さんとの関係を……その……乗り越えて、今があります」
「知ってるのか?あの二人のことを」
「はい。ミーナが打ち明けてくれました」
「驚いたな。どこまで強い女性なんだ。アナン君、君はそれを聞いても尚、みいなちゃんを奪わないでいられるのか?九条さんの元に彼女を帰して平気なのか?」
平気なわけないよ。
帰らないでいてくれたらって、いつも祈ってるけど……
「思っているだけじゃ駄目だぞ」
「え……」
「行動しないと、願いは叶わないんだぞ」
「はい」
MIYABIの言う通りだ。
◆
ホテルまで全速力で走った。
ミーナに謝りたかった。
ボクの意気地なしを。
息が切れて、喉がくっ付く。
エレベーターで呼吸を整えながら、エミリから貰ったカードキーを取り出す。
長い廊下がどこまでも続いているかのように思えた。
小爆発を繰り返す心臓が……走ったからなのか、緊張によるものなのか分からない。
ボクは本当の愛を告げる、そう心の準備をして、ドアにカードキーを挿した。




