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第48話 M

 雅さんに部屋で休むよう言ってもらい、一人で戻って来た。


 ギャラリーにいるべきなのは分かっているけど、九条と同じ空間にはいられなかった。


 せっかく来てくれたアナンの顔もまともに見られず、自己嫌悪に陥る。


「ふぅ」


 小さく息をついて、ベッドに横になる。


 アナンと一緒にいる時は全く感じない不安が、一人になると常に付き纏う。


 ピンポーン


 チャイムが鳴る。


 覗き穴から、歪んだ九条が見えた。


「開けてくれないか。フロントに迷惑をかけたくない」


 仕方なく開ける。


「休んでいるところ悪いね」


「いいえ」


「さっきは、ちょっときつく言い過ぎたと思って……謝罪させてほしい」


『別にいいです』そう言おうと思って、振り返った。


 すると、九条は両腕で上半身を持ち上げ、車椅子から乗り出した。


「……え」


 九条は前につんのめり、カーペットに転げ落ちた。


 顔だけ上げて、腹ばいになって近付いてくる。


 服がカーペットに擦れる音と、九条のうめき声が、乾いた部屋に響いた。


「い……や……」


 後ずさりしたけど、ベッドに阻まれてお尻をつく。


「こうして、君に一生かしずくと誓うよ」


 九条は私の足にしがみ付いて、靴に頬ずりをしてくる。


 怖くてたまらないけど、振りほどけない。


 声は音にならなくて、私の恐怖は涙となって流れ落ちるだけ。


 助けて……アナン……!


 呼吸のリズムが狂いだして、気が遠くなってくる。




 ガチャ




 不意にドアが開いた。


 意味が分からず、ただそっちを見た。


「ア、ナン……」


 九条を見下ろして固まるアナン。


 お願い。誤解しないで。


 小さく首を横に振る。


 怒った顔でアナンが近付いてくる。


 私を嫌わないで……


「どうして九条さんがミーナの靴にキスをしているの?」


 九条はアナンの言葉が耳に入らないのだろうか……


「どうしてミーナはこれを受けれいているの?」


 違う。そんな風に思わないで。


 苦しくて……


 息が出来なくて……


 アナンが私の肩を揺さぶる。


「ミーナ!」


 怒らないで。ごめんなさい。


「ミーナ!受け入れなくていいんだ!嫌なことを我慢しなくていいんだよ!」


 アナンに力強く抱きしめられる。


「え……」


「ミーナ、ボクを見て。いいかい?よく見て」


 アナンのこげ茶色の瞳に、私が映っている。


「ミーナは九条さんの『モノ』じゃないんだ。九条さんの言いなりになる必要はないんだよ。何をどう言われても、九条さんが正しいとは限らないんだ。自分の心で決めていいんだよ。ね?分かる?ボクの言っていることを信じてくれるかな」


 私は嗚咽を堪えきれず、声を出して泣きながら、九条から足を離した。


 アナンに向き直って抱きしめ合う。


「アナン……待ってた……来てくれるって、信じてた……」


 力いっぱいアナンに抱き付く。


「遅くなってごめんね。もう『ダイジョウブ』」



 ◆



 床に平伏した九条は雅さんが連れて行ってくれた。


 泣き止むまでアナンが付き添ってくれて、私たちはギャラリーに戻った。


「もう!みいなさん、見てくださいこの『売約済み』の数!早く、次の絵に掛け替えないと売り損ねちゃいますよ!」


「KIRAHOSHIさん、不在にしてごめんなさい」


「いいけど!」


 にっこり笑って、私とアナンを交互に見ている。


「ボク、手伝います」


 アナンと雅さんが裏から持って来てくれた絵を掛けてくれた。


「ミーナ、これからも絵を描く?」


「え?どういう意味?」


「ボクの近くに居たら、もう描かくなる?」


「どっちでもいいけど……どうして?」


 アナンが不安そうな顔をしている。


 胸が痛む。その表情を変えてあげたい。


「ボクに会いたくて、絵を描いていた?」


「うん、そう」


「もう会えたから、絵を描くのやめる?」


「そうね。必要はないと思うけど」


「描けるけど描かない?」


「うーん。どうだろ、描けなくなったりして……」


 なくもないと思う。


 もう、モチベーションがないから。


「そんな顔しないで。アナンはどうして欲しい?」


「描いて欲しい。たくさん。これからもずっと」


「そうなの?」


「そうだよ。ボクはミーナの絵のファンだから。お金はないから買ってあげられなくて悪いんだけど」


「ふふ。いいって。プレゼントするから」


 やっとアナンが笑った。


 心がふわっと軽くなる。


「ミーナ。ずっと一緒に居よう」


「アナン。ずっと一緒に居ようね」


 昔から絵を描くのが好きだった。


 言葉にできない思い、共有できない記憶、閉じ込めておけない溢れる感情を筆に乗せてきた。


 それが私に許された表現方法だったから。


 絵を描くのが辛かった時期もある。


 アナンと会うための手段だと割り切り、嫌いな九条を利用してでも有名になりたかった。


 目的を果たした今、アナンに白状したように、私は描けなくなるかもしれない。


 それが私にどんな感情をもたらすのかは分からないけど……


 アナンがいるからそれでいい。


「迷いのない笑顔だな」


「雅さん」


「さっすが私のディーバ!今、過去一美しいんじゃない?」


「エミリ、その呼び方やめてってば」


 笑いながら涙が出てきちゃう。


「ごめんね、エミリ。ありがとね」


「どっちなの?笑いながらお礼言ってるの?泣きながら謝ってるの?」


 エミリも一緒になって泣いた。


「アナン、俺たちがしっかりしないとな。彼女たちの涙を止めるミッション発動だ」


「はい……頑張ります。いや、でも……やっぱり、すみません。MIYABIさん、一人でお願いできますか?」


 そう言って、アナンは一番泣いていた。





 完





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