第41話 A
「アナン、みいなが待ってるよ」
エミリに言われて、オフィスの来客用の部屋に向かう。
「ごめんね。我慢できなくて」
ボクもミーナへの想いが溢れて、我慢できずにハグしてしまった。
「ここに来ていいの?九条さんは?」
「問題ないよ。九条は私とアナンが会ってることを知らないの」
「そうなの?」
「うん。昨日は、エミリと会ってたことになってるの」
「そうなのか」
ミーナは個展の為に、この街に来た。
あの『熱のこもった絵』を多くの人に見てもらうために。
ボクに会いに来たわけじゃないんだ。
だから、きちんと仕事に集中させてあげるべきだ。
「今日はボクも仕事が残ってて、一緒に過ごせそうにないんだ」
言った途端、ミーナの目が潤んで、ボクは後悔した。
「待っててもいい?」
そう言われて、返事に困る。
「ごめん。明日、個展に行くよ。必ず。君の絵を見に行くから」
しょんぼりと肩を落とし、ミーナは力ない足取りで帰って行った。
◆
「は?アナン、何でいるの?」
「何でって。まだ定時になっていない」
「んなの、知ってるよ。みいなはどうしたの?」
「明日会う約束をしたんだ。個展で」
「はぁ~」
「なんだよ、その嫌味な溜め息は」
「あんたさぁ……ま、いいや。明日、一緒に行こう?お昼前に行って、みいなをランチにでも誘おうか」
ナイスアイディアだ、エミリ。
デスクを片付けて、いつもの道をとぼとぼと歩く。
ミーナの昨日の告白。
怖くて直視できなかった。
『九条に体を提供して、お金で買われることで生活していた』
ミーナの第一印象を思い出す。
元気がなくて、九条さんを怖がっているように見えた。
あれは、間違ってなかったんだ。
どういうわけか、ボクはミーナと九条さんは対等な関係だと思い込んでしまった。
あの時、ボクが気が付いていれば……
でも、何が出来ただろうか。
自分の事でいっぱいいっぱいだったじゃないか。
ドジって、ママに組み伏せられて、ボクは自分じゃ何も出来なかった。
あの時、九条さんが……ボクの出国の手配をしてくれた……ミーナがボクの為に描いた絵をくれた……一体なんのために……九条さんは何がしたいんだ……?
◆
エミリがこんなにも失礼な人だとは知らなかった。
「ぷぷぷ」
「どうしてそんなに笑うんだよ」
「だって……ぷぷぷ。ねえ、マミー?おかしいよね?」
おかしい、だって?
どこがだよ。
立ち上がって、全身を確認する。
「エミリ……ぷぷぷ。人のこと、そんな風に笑っちゃ駄目よ……ぷぷ」
キャシーも笑いが止まらないらしい。
「どこがどう変なんですか?言ってくれなきゃわかりません」
「だって、アナン!そんなスーツ、いつから持ってたの?どこで買ったの?もぉ~やめて~お腹痛い~」
昨日の帰りに、高いデパートで、店員さんに『お似合いです』って言われて、奮発したのに。
何てことだ。
「似合ってない?」
「いやぁ、似合ってるよ、ある意味ね。たださ、ほら、見慣れてないだけ」
「そうそう、初めて見たから、ぷぷ、ビックリしただけよ」
散々、馬鹿にされてる気がするけど、着替えに帰る時間はない。
昼に個展に行って、ミーナをランチに誘うんだ。
九条さんも、たぶん、MIYABIも正装をしている。
ボクだって、かっこつけたっていいじゃないか。
ミーナは笑わないでいてくれるかな……
◆
こんな顔されたら、誰だって勘違いしてちゃうだろ?
真っ赤な顔して、両方の手の平を合わせて口に当てているミーナ。
「変じゃないかな?」
「まさか!すっごくいいよ!かっこいい!」
「そうかな。照れるな」
頭に手をやって、痒くも無いのに掻く。
「へえ~、ふう~ん」
「なんだよ。エミリはあっちに行っててよ」
どうせボクを笑い者にしたいんだろ?
「別にぃ。んじゃ、ランチ行こうっか」
「そうだね。ミーナも抜けられる?」
「行く、行く。雅さんに伝えて来るね」
ミーナが外した。
エミリが近付く。
どうした?真面目な顔して。
「この前、メラニーがここに来たの」
血が止まった気がした。
「なんで?」
「MIYABIに会いに来たみたいなの」
「どうして?」
「私からは……直接、聞いたら?」
ミーナがMIYABIを連れて来る。
「雅さんも一緒に行くって。構わないよね?」
「もちろんだよー!行きましょー、行きましょー」
エミリが気を利かせてくれて、ミーナと腕を組んで先に歩き出した。
「この前はありがとうございました」
MIYABIにお礼を言った。
「どのことかな?ギャラリーを案内したこと?ホテルのロビーでおろおろしてたこと?」
「……。両方です」
「はは。素直だな。お礼を言われるようなことはしてないよ。アナンこそ、みいなちゃんのエスコートありがとう」
「連絡をするべきだったと反省しています。久しぶりに会えて、舞い上がってました」
「そうだろうな。みいなちゃんがあんなに頑固だったなんて、知らなかったよ。アナンに会いたくてしょうがなかったって感じだ。もう俺にも止められない。だからアナン、彼女を頼んだよ」
MIYABIとミーナはどんな関係なのだろうか。
「あの……エミリから聞いたんですけど……」
「ん?」
あの名前を口にするときは、いつだって喉が詰まってしまう。
「メラニーとは……知り合いなんですか……?」
一瞬立ち止まったMIYABIは、顔面蒼白だった。
聞いちゃいけないことだったんだ……だけどもう遅い……
「もしかして、君がその、日本から逃げてきた養子って、エミリが……」
ポツポツと呟くように、MIYABIは震えてるのか?
「はい。ボクの事です」
「そうだったのか」
それっきり、レストランに着くまでの間、沈黙が続いた。




