第42話 A
ステーキランチを食べ終え、ボクはエミリとオフィスに、ミーナとMIYABIがギャラリーに戻るところだ。
「エミリ、アナンは午後の仕事って忙しい?」
「ううん。暇って言ったらアレだけど……そんなにじゃないよね?」
「うん」
「悪いんだけど、これから少し貸してもらえないかな。みいなちゃん一人で戻れますか?」
「はい」
きょとんとしているのはミーナだけだった。
メラニーの話をしてくれるんだろうと思った。
「私も暇だし、みいなは私が送って行くよ。アナンはお話が済んだら、オフィスに直接戻っていいから」
「ありがとう、エミリ」
「じゃまたね、MIYABI」
来た道とは違う方面に足を向ける。
「メラニーは昔、俺のパトロンだったんだ」
ふいに出たMIYABIの言葉。
「パトロン?」
「アーティストを経済面で支えてくれる人物のことだ。もう20年も前のことだけど、俺はメラニーと住み、そこで絵を描いていた」
ボクがまだ養子になる前の出来事だ。
「住んでただけ?」
胃が口から飛び出しそうなくらい嫌な質問だ。
ボクがママにされてきた事を、まさかMIYABIも……?
「察しがいいな。あの女の近くで過ごして無事でいられると思うか?最悪だったよ」
やっぱり。
「嫌なことを聞いてすみません」
「いいよ。エミリにも言ったんだが、俺には過去の事だから、今更関係ないよ」
「強いですね。ボクは到底そう割り切れなくて」
「時間が必要だよ。だが、アナンはもうすぐ忘れられると思うよ。君にはみいなちゃんがいるから」
「エミリも知ってるんですね」
「メラニーの姿を遠くから見つけて震えていたよ。友達に酷いことをしたんだって言ってた。君にメラニーを会わせたくないようだったから、話したんだね。エミリは賢い」
「はい」
残念だけど、今後、ギャラーには近付かないと約束をしてMIYABIと別れた。
◆
「ただいま戻りました」
帰社したエミリにお礼を言う。
「MIYABIと話せた。ありがとう」
「驚いたよね。ほんと、信じらんない。それに、あの女を招待したのが九条さんだって言うから、もっと信じらんないよ」
「そうなの?」
「うん。MIYABIは大人の対応でクールだったけど、私は危うく汚い言葉を吐くとこだったよ」
「ははは」
「笑い事じゃないでしょ。で、今日はみいなに会うの?すごいショックだったみたいだよ、昨日ふられたの」
「ふってなんか……!」
「自覚無いの?思いっきりふってたよ」
ボクだって本当は会いたかったけど、我慢しただけなのに。
「でも、ギャラリーには行かないことにしたんだ」
「それがいいかもね。ここで待ってなよ。みいなが来るはずだよ」
「え?」
「さっきそういう約束したから」
「なんで勝手に……」
「友達だもん、親友が悩んでたら手貸すでしょ。みいなもアナンも同じことで悩んじゃってさ、あんた達、私からしたらただの『バカップル』なんだから」
「なんだって!」
「「あははは」」
ちょっとの間、考えるのはお休みだ。
せっかくミーナが来てるんだ。
二人の時間に集中したい。
◆
どこか行こうと誘ったんだけど、ミーナの希望で、また家に来た。
テイクアウトしたピザと、冷蔵庫にあった野菜でパスタを料理した。
「アナン、料理出来るようになったんだ」
「少しだけね。ミーナの料理、また食べたいな」
「なんでも作るから遠慮なく言ってね」
スパークリングワインを開けて、フルートグラスで乾杯した。
「雅さんとなんの話をしたの?」
「MIYABIはなんて言ってた?」
「教えてくれないの」
「じゃ、ボクも言えない。ごめんね」
「ちぇ」
少しも嫌な態度じゃないから、逆に可愛いと思った。
「メラニーっていう、ボクの養子先の母親がギャラリーに来たそうなんだ」
必要な情報は伝えておきたい。
でも、最低限だ。
慎重に。
「たまたまMIYABIの知り合いらしくて。ただ、ボクはママには会いたくない。あまりいい関係じゃないんだ」
「分かった」
すんなりと話を切り上げてくれてよかった。
これで、ギャラリーに行けなくなった理由も分かってもらえる。
ゆったりと夕食を取って、ソファに並んでもたれ合う。
甘い空気に、ミーナをもっと近くに感じたい欲求が湧き上がる。
「アナン」
「ミーナ」
見つめ合えば、自然と唇が重なる。
この前は、ミーナの告白で中断した。
自分を『汚れてる』と表現したミーナに対し、もっと汚れてる自分を隠し通しているボク。
「ねえ」
そう言ってボクの胸に全身を預けてくるこの女性に触れる権利はあるのだろうか。
「好き」
頭の中で鳴り響く大きな警告を無視して、ボクはミーナの体に触れる。
「アナン」
ミーナがボクの手を取り、自分の頬にくっ付けた。
目を瞑り、ゆっくりとボクの手の平の感触を味わっている。
その姿に、胸がぎゅっと絞め付けられる。
「ミーナ」
反対側の手でミーナの髪に触れる。
しっとりと柔らかい感触が指をすり抜けて、胸が高鳴った。
ああ。ずっと触りたかった。
こうして触れ合いたかった。
初めて見た時からずっと、ボクの心はミーナのものだった。
「I'm gonna take you, ok?」
ミーナは黙って頷き、ボクの覚悟を受け入れてくれた。




