第40話 M
アナンと手を繋いでホテルに着いた。
血相を変えてロビーを横切る雅さんを見かける。
「すみません」
心配をかけてしまった。
謝って許されるか分からないけど、謝るしかできない。
「連絡しないですみませんでした」
「みいなちゃん!」
雅さんの表情は、怒っているのか喜んでいるのか分からなかった。
「無事でよかった」
そう言って、私に手を広げて近付き、『あっ』と言って引っ込めた。
アナンが繋いでいた手を解こうとしたので、私はぐっと握りしめた。
離さない。
絶対に。
「君が一緒に居てくれたのか?」
2人が微妙な空気を漂わせる。
「知り合いなの?」
「ああ。この前、ギャラリーに来てくれたんだ。君の絵を見せたよ」
「そうだったんですね」
アナンが私の手をゆっくりと解く。
「行った方がいい。ミーナの帰りを待ってる人がいるんだろ?」
「そうだ。九条さんが心配しているから、もう行かないと」
アナンと離れるのは名残惜しいのだけど、これ以上、雅さんにご迷惑をかけるわけにもいかない。
「アナン、今夜も会える?」
「いつでも会えるよ」
◆
エレベーターに雅さんとふたり。
「今の九条さんは、俺も見たことが無いくらい荒れている……って言うのかな。自分を見失っているようなところがあるから、俺から離れないで。九条さんと二人きりになるのはやめた方がいい」
「はい」
付いていてくれる雅さんに感謝しかない。
部屋をノックすると、中から扉が開いた。
「みぃ!どこ行ってたんだ!」
「友達と会っていました」
「連絡くらいできただろ!心配したんだぞ」
「もう子どもじゃありません」
「子どもじゃないから危険な事もあるだろ?女性が一人で……」
「だから、一人じゃありません。友達と一緒でした」
『友達』とアナンを呼ぶたびに、胸がズキッと痛む。
アナンは友達なんかじゃない。
だけど、それを九条さんに正直に言ったらどうなるのか……怖い。
「まあ、外国の解放感ってのが、みいなちゃんらしからぬ行動の引き金になってしまいましたね。もう、こんな事はしないでくださいね」
「はい」
やだ。繰り返す。
私は、これからもアナンと逃避行を繰り返す。
だけど邪魔されないために、ここは敢えて従順なふりを。
「まあ、いい。エミリにも後で苦言を呈すが、ここにはビジネスで来ているのだという事を肝に銘じてくれ」
「はい」
そうか。
この人は『友達』をエミリだと思ってるんだ。
まさかアナンがここに居ることを知らない?
いや。知ってるよね。
雅さんが名前を口走ったから。
「ふぅ」
深い九条の溜め息が、この会話の終わりの合図になった。
部屋の散らかり具合で、九条の動揺が手に取るようにわかる。
ぼさぼさの髪の毛、皺くちゃのシャツ、目の下のクマ、一晩で随分とやつれた。
「みいなさん、我々はギャラリーの準備に向いましょう」
「はい」
またしても、雅さんに助けていただいた。
「怖くなかった?」
「はい。全然」
「そうか、はは、けっこう強いんだな」
どうして笑われたのか分からないけど、私は強くなんてない。
もっと強かったら、ちゃんと強くいられたら、こんな事にはなっていなかった。
ギャラリーにはエミリがいた。
「おはよ!みいな、MIYABI!」
「おはよう。昨日はありがとう」
「いえいえー、で?あの後、どうしたの?」
「その事なんだけど……ずっとエミリと一緒に居たってことにして欲しいの」
「どういうこと?」
まん丸の目を雅さんに向ける、エミリ。
「帰って来なかったんだよ」
「ええーっ!アナンと?朝帰り?!」
「そういうこと。九条さんを怒らせちゃってるから、エミリと過ごしてたことにしてやって」
「お安い御用よ!任せてよ!」
エミリが胸をトンっと叩いた。
「ありがとう」
涙が滲んでくる。
「よかったね、みいな」
「うん」
◆
午後からは賑やかになった。
日本から涼くん、KIRAHOSHIさん、クマさんが到着した。
「もう殆ど出来ちゃってるじゃないですかー!あざーす、完璧っす」
「すみません。大変でしたよね?」
「いやあ、さすがですな。感激、感激」
それぞれに感想を言って頂いた。
皆さん、気に入られたようで良かった。
「実は、雅さんがお一人で……私は、ちょっとしかやっていないの」
「ひゃー、すんません!雅さん奢ります。今日は、もう前祝いでぱぁっと行きましょう!」
涼くんはもう飲み始める気満々で、鞄を背負っている。
「私は失礼させていただくね」
早くアナンに会いたい。
「みいなさん、さすがに今日は……」
雅さんが耳元で囁く。
「ごめんなさい。私、どうしてもアナンに会いたいんです」
「でも、これ以上、九条さんを怒らせるのは得策じゃないんじゃないか?」
「絵が売れなくなるからですか?」
「それもあるけど、今後の関係を考えたら、どうなんだろうって」
「私は、日本には帰りません」
「はい?」
「帰ったとしても、一緒には住みません。これまでアナンに会うために絵を描いていたんです。目的は果たしたので、これからはアナンと一緒に居たいです」
「彼も同意しているのかな?」
「きっとしてくれます」
「ずいぶん自信があるんだね」
私に自信を持てと言ってくれてたのは、九条であり、雅さんなのに。
忘れちゃったのかな。
一礼して、その場を去った。




