第39話 A
3年ぶりのミーナは少し変わっていた。
これまでも美しいと分かっていたが、より一層美しくなっている。
しかも、流暢に英語を話している。
信じられない。
一体どれだけ努力をしたんだ。
「そう言えば、アナンがいなくなってから、目の色変えて授業受けてたよね」
「それは、ほら……」
照れくさそうにボクを見る。
心がとろけてしまうから、ちょっと待ってくれ。
「アナン、デレデレし過ぎ。気持ち悪いよ」
「え?それはちょっと」
「そんなことないよ」
頼むから、こっちを見ないでくれ。
本当に気持ち悪い人になってしまいそうだから。
「もう……私、邪魔じゃない?先、帰ろうか?」
「「……」」
「止めてよ!もう、なんなの、ムカつくんですけど!」
ミーナと目が合って、一緒に笑う。
こんな幸せあっていいのだろうか。
ボクは一体、どんな代償を支払わされる?
「はぁ~マジでやってらんない」
◆
散々笑って、飲んで、食べて、心も胃も満たされた。
「送って行くよ」
ミーナに声を掛ける。
「ちょっと、アナン、みいなはすぐそこのホテルで、私とあなたはあっちでしょ?」
エミリの言う通りだ。
「離れたくないのは分かるけど、みいなには、ほら……」
いつになくエミリの歯切れが悪いな。
「あの、私、帰らなくても大丈夫だから」
「はあ?なに言ってんの?それじゃ、九条……さんが……えっと……え?」
「もう子どもじゃないから。そもそも知り合った時だって子どもじゃなかったんだけど、もう、学生ですらないし、せっかくこうして、また会えたんだから」
ミーナが別れを惜しんでる。
離れたくないと訴えている。
「みいな、なに言ってるか分かってる?」
「うん」
「アナン、みいなのことお願いできる?」
どうして急にボクに押し付けるんだ。
「私は帰るから、後はよろしくって言ってるの!」
「ああ」
そういう事か……とは、ならないだろ!
どうしたらいいんだよ。
途方に暮れた。
◆
エミリはその後、本当にタクシーを拾ってすぐに帰ってしまった。
『歩きたい』と言ったミーナとダウンタウンを散歩しながら、ボクの家に辿り着いた。
「本当に戻らなくていいの?」
ボクは何度も確認した。
その度に、ミーナは「戻らない」と言い張った。
鍵を開けドアを開く。
靴を脱ごう落としたミーナに、そのままでいいと告げた。
戸惑いながら、部屋に入るミーナにどうしたって胸が高鳴る。
「あのさ……」
「ん?」
我慢なんて出来るはずがない。
ボクはミーナの唇にKISSを押し当てた。
「Do you still......want me to take you?」
日本でミーナが言った「Take me please」、分かってる。
あれは英語が苦手なミーナが言った、間違った英語だって。
だけど、今のミーナなら意味を理解できるだろう?
ミーナの沈黙に、ボクの勇気がひしゃげる。
ミーナは顔を歪めて涙を溜め、真っ赤な顔をして俯いた。
「ごめん、泣かないで。意地悪を言ったんじゃないんだ」
「Yes……please」
は?今、なんて?
ミーナがボクの両手を強く握った。
俯く彼女の顔から、熱い粒が手に降ってくる。
この瞬間、ボクは世界一幸せな男になってしまった。
愛する女性に愛を告げ、愛を受け入れてもらえた。
いいんだよな?
合ってるよな?
恐る恐るミーナの腰に手を回す。
嫌がる素振りを見逃してはならない。
服に手を差し込む。
大丈夫なんだよな?
手の平にミーナの素肌の感触が伝わってきて、眩暈がする。
「アナン」
はっと我に返る。
「ごめんなさい、私」
そう言われて、さっと手を引っ込める。
「言わなきゃならないことがあるの」
◆
部屋の明かりを付けなくても窓から差し込むネオンで充分な明かりが取れる。
「どうしてこの絵がここにあるの?」
九条さんがくれたレディバグの絵。
「出発前に九条さんがくれたんだ。彼の『懺悔』と共に」
「そう」
ミーナの顔から微笑みが消えている。
話の続きを聞くことがボクには出来ない。
昔から臆病者なんだ。
「私ね、あなたと出会った3年前、汚れていたわ」
意味が分からない。
「九条に体を提供して、お金で買われることで生活していた」
嘘だろ……
「無理強いはされてないの。だから、それは、私の意思なの」
まさか……
頭がくらくらして、椅子に腰を降ろした。
「あなたが出国して、私は体の自由を手に入れたの。九条は車イス生活になったから」
ボクの知らない間に、ミーナと九条には何があったんだろう。
「その後、私は……私の、体は……九条に触られることは無かったけど……でも、私は、今度は……心を、九条に売ったわ……絵が売れて有名になるためなら、私は手段を選ばなかった……今の私は、3年前よりも、更にもっと汚れているの……」
泣き崩れるミーナに駆け寄った。
君が汚れているだって?誰が信じるって言うんだ。
声を上げて子どものように泣き叫ぶミーナを、ボクは抱きしめることしか出来なかった。
◆
カーテンを開け放した窓から朝日が差し込む。
僕たちはずっと寄り添いながら、お互いを擦りながら、一夜を明かした。
「こんな女だと思わなかったでしょ?」
「こんなに苦しんでいると気付かなかったボクを叱ってくれないか」
ミーナが全てを打ち明けてくれた。
そして、九条さんがボクに取った態度が理解できた。
もちろん許されるべき事じゃないし、怒りでどうにかなりそうだ。
が、反面、ボクはミーナに言えなかった自分の過去で心が絞め付けられる。
ボクにも同じような経験があるよ、と言えずにいる。
だって、同じか分からないから。
ボクだって苦しかった。
だけど、ボクは逃げた。
ミーナのように受け止めるなんて度胸はなかったんだ。
汚れてるのはボクの方。
ミーナに真実を告げられない汚い男。




