第37話 E
「あの……すみませーん」
朝一の展示会場には誰もいない。
「はい」
と、思っていたら、めちゃめちゃイケメンがいた。
「突然押しかけてすみません。エージェントの代理をやってます……」
名刺を出そうとしていたところ。
「エミリ?」
「はい」
「雅です」
「え?MIYABI?」
「はい」
待って、待って。
どうしてこんなにかっこいいの?!
今日という日の幸運を祝いながら、名刺を差し出す。
「その節は、突然の問い合わせにご丁寧に、そして親切に返信を頂き、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそです。信頼できるサポートを心強く思っていました」
たまんないんですけどぉー!
なに?この人、見た目だけじゃなくて、ハートもイケてる!
「お一人で準備ですか?何かお手伝いすることありますか?私も、みいなと同じ美大出てるから、少しはお役に立てるんじゃないかと……」
MIYABIが口元をグーで押さえて笑ってる。
何かおかしなこと言った?私。
「笑ってすみません。大丈夫ですよ。準備は自分たちで出来ます」
「そ、そうですよね。あ、じゃ、私、コーヒーでも買ってきます」
「では、お言葉に甘えて、ホットのブラック無糖で」
「了解です!」
敬礼をして、その場を去る。
まじか。あれがMIYABIか。
やば過ぎるだろ。カッコよ。
向かいのコーヒーショップでホットコーヒーと私にはキャラメルマキアートを購入して、準備中のギャラリーに戻る。
「……嘘でしょ」
慌てて身を隠す。
「なんでいるの?」
MIYABIとメラニーがしゃべってる。
久しぶりに見たアナンのママに暴れ出した心臓が痛い。
落とさないように、でも握り潰さないように、カップを持つ手に力が入る。
イケメンMIYABIは、真剣な顔をするとスーパーイケメンになった。
……にしても、険しい顔。
メラニーったら、今度はどんなトラブル持ち込んできたんだろう。
アナンにも、見つかんないように気を付けてって教えてあげないと。
「……っ!」
言葉は聞き取れなかったけど、MIYABIが怒ってメラニーを追い返した。
心臓に悪いよ。
ビクビクして、足がすくんじゃってる。
「エミリ?」
「あ、ごめんなさい。コーヒー冷めちゃう……」
「今の聞いてた?」
首を横に振る。
聞こえなかった。本当。
「そっか」
でも、気になるよ。
「メラニーと知り合いなの?」
「彼女を知ってるのか?」
MIYABIの一歩がでかいのか、めっちゃ体が近付いた。圧がすごい!
「えっと……友達のお母さんで、日本にいた時……」
パパの恋人だった、は、恥ずかしいから言わないでおこう。
「そうか。日本で」
「あの人、どうしてニューヨークにいるんですか?ってか、何でここに来たんですか?」
「俺に会いに来たんだと思う」
「MIYABIのファンなの?」
「いや。パトロンだったんだ。20年くらい前かな、売れなくて困ってた時に金を出してもらってた」
「……」
そういう世界が存在するってことは知っていたけど、私には縁がなかったから驚いた。
それに……
「あの人は……あの人に……」
「ん?どうした?」
「なにかされませんでしたか?」
MIYABIの驚いた顔で、答えが分かった。
アナンにした酷いことを、MIYABIにもしてたんだ。あの変態女。
「エミリはなんでも知ってるんだな」
「ごめんなさい。言いたくないなら言わなくていいです。ただ……友達は、メラニーから逃げてこの町に来たから」
「そうだったのか。逃げ切れたのなら、よかった」
「ごめんなさい」
「何を謝る?」
「嫌なこと思い出させて」
「構わないよ。もう過去の事だ」
入り口の階段に並んで腰掛ける。
「九条さんに伝えないといけないですね」
「いいや。九条さんが呼んだんだと思う」
「え?」
「ショックか?彼のやりそうなことだよ」
理解が追い付かないんですけど……
「九条さんはMIYABIとメラニーの関係を知ってて、ギャラリーに呼んだってことですか?」
「ああ。そうだと思うよ」
「何でそんな酷いことするんですか?」
「絵を買ってもらう為だろ」
九条さんって、そんな血も涙もない人だったの?
私の印象とあまりにかけ離れていて、同じ人の事とは思えなかった。
「エミリも美大出だったな」
「はい」
「君は絵を売ったことは?」
「無いです」
「そうか。ラッキーな人生だな」
「え?」
「絵を売らなくても生きていけたって事だろ?今回、ここに集うアーティストは、絵を売る以外に生きていく方法がない者たちだ」
「そんな。みいなは違うんじゃ……」
「彼女も同じだ。むしろ、彼女が一番追い詰められているように感じる」
「だって、九条さんが……」
「九条さんの庇護下にいることが、彼女の幸せだって思うか?彼女は、九条から離れるために必死で描いているように俺には見えるけど」
泣きながらアナンを好きだと打ち明けてくれた。
その後、みいなはひたすら絵を描いていた。
九条さんの元で……幸せじゃなかったの?
「エミリ、君は素直で明るい。がゆえに、おそらくみいなの影を見落としている」
「影?」
「みいなは暗闇の中、光を求めて必死でもがいている。その光が何か俺は知らないが、彼女自身はその正体がはっきりと見えていると思うよ」
おかしい。
私のフィルターを通したみいなと九条さん、
MIYABIのフィルターを通したみいなと九条さん、
―――あまりに違う。




