第35話 E
「わーい!みいな!」
全力で抱き付く。
「めっちゃ久しぶり!元気してた?」
「うん。エミリは?」
「もう、めちゃめちゃ元気だよー!あ。九条さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」
車イスの人に言っちゃいけないことだったかな。
一瞬、迷ったけど、九条さんは笑顔で「お陰様で」と言った。
やっぱり、天性のイケオジなんだろうな。この駄々洩れる色気がたまらない。
「今日はホテルと、周辺の環境をご案内しますね。MIYABIが既に到着していて、彼は会場のセッティングに入ってますけど……」
「ああ。それでいいよ」
九条さんの許可が下りた。
「みいな!疲れてるかもだけど、一緒に行きたいところがたくさんあるんだよ!会期の終了まで全力でサポートするからさ、今日は私の我儘、付き合ってくれるよね」
「うん。楽しみ」
みいなが笑った。
これ見たら、誰だってとろけちゃうよね。
「じゃあ、まずはホテルから!」
空港で拉致した2人をホテルにお連れした。
◆
九条さんが車イスで入れる店を予めリサーチしてある。
「お腹空いてませんか?」
「そうだね。なにかお腹に入れたいかな。みぃは?」
「いいですね」
みいなは九条さんの提案を大事にしている。
九条さんを一番に思ってる証だ。
アナンには悪いけど、アナンの入る隙なんてこれっぽっちもなさそう。
「じゃあ、お勧めのレストランにご案内しますね」
ただお腹を満たしたいだけじゃない。
それなりに、仕事の話だってあるんだもん。
「九条さん、コミッションの件ですけど……」
「ああ。分かってる。後で話そう」
絵の売上は、ギャラリー、エージェント=九条さん、アーティストの三者で分けるのが基本。
私たちバックヤードは、通常は着手金や契約金で固定額をもらうだけなんだけど……今回はイレギュラー続きでね。
だからコミッション、つまり売上に応じた成果報酬で請求させてもらえないかと、九条さんに相談している。
「とりあえず、なに食べます?」
お連れしたカジュアルダイナーでメニューを渡す。
「エミリ、凄いね。こんな仕事してたんだ」
みいなに褒められるなんて滅多にない気がして、浮かれてしまう。
「1年学校に通ったよ。マミーの会社だし、そうそうクビにはならないけど、クライアントのクレームには敏感にならざるを得ないよね。私も、結構頑張っちゃてる、はは」
目を丸くしてこっちを凝視するみいなは、久しぶりに見たからかもだけど、控えめに言ってもディーバそのものって感じ。
それにしてもアナンの事を言いそびれてたって言うか……隠してたツケが回ってきて、若干焦ってる。
アナンだっていつかはみいなに会うよね……『どうして黙ってたの?』ってみいなに責められると辛いかも。
みいなへの後ろめたい気持ちを拭えないままに、九条さんとの商談は進めなくてはならい。
「今日は、ここでコミッション、つまり、売れた分だけ報酬が増える仕組みをまとめさせてください。社長から直ちに契約書にサインをって言われてるんです」
「分かりました。話を聞きましょう」
九条さんは話が分かる出来る人。
私の第一印象に間違いはない。
「通常は初回のサイン入り販売契約書類を集めるところで清算させていただくんですが、今回は開催のサポートとその後の代金回収、支払いの分配手続きまでお世話をさせていただきます。つきましては固定の費用ではなく、売上に応じた成果報酬を頂きたいんです」
「分かりました。それではエミリさんのご要望をお受けしたいと思いますので、契約書にまとめて持ってきていただけますか?」
よし。来た。
「ここにあります」
鞄に入ってる用紙を差し出す。
クールに見つめて、サインを施す九条さん。
とんでもなくかっこ良くない?
驚きを伝えたくてみいなを見た。
「ん?」
目が合って、不思議そうに顔を傾けるディーバ。
(ほら、ほら、かっこ良くない?)
口をパクパクさせながらみいなに伝える。
「……」
ディーバもまたクールだ。
◆
九条さんのサインを持ち帰った。
マミーに差し出す。
えっへんなのだ。
「エミリ!」
書類に目を落としたマミーにハグされる。
「よくやったわ!」
「恥ずかしいからやめてよ」
「何が恥ずかしいもんですか!立派だわ!」
アナンにも褒めて欲しくて彼を見る……ん?暗い?
「今日さ、みいなに会ったよ」
「元気にしてた?」
「うん、すっごい元気だったよ」
アナンも会いたいだろうなって思うけど、私はアナンとみいなを会わせたくない。
意地悪をしてるって思われるかもだけど、別にアナンやみいなを嫌いな訳じゃない。
ただ……みいなには九条さんって素敵な人がいるし、アナンには私が居て、それでいいんじゃないって思うんだ。
皆してみいな、みいなって、どうしてみいなばっかり贔屓されるのかが気に入らない。
「相変わらず、九条さんと仲良くしてたよ」
ちょっとだけ意地悪してみたくなった。
「そうか」
露骨に凹まれると、さすがに胸が痛いよ。
「アナンもみいなに会いたいよね?」
バカみたいなこと聞いちゃった。
「もちろんだよ!」
満面の笑みのアナンの期待に応えないなんて出来るはずない……




