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……近付かないで……汚れてるから  作者: あおあん
後編

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34/48

第34話 A

 Dear ミーナ

 とうとうこの日がやってきたね。君にこの町を案内する準備は出来ているよ。どんな絵を持って来るんだい?ああ。本当に会いたかった。こうして出さない手紙を書き続けて、自分を励ます日々にはさよならをしたいよ。また隣で君の笑顔を見せて欲しい。


 九条さんのギャラリーまであと5日。


 絵の搬入や、準備で九条さんとミーナとMIYABIが、今日やって来る。


 ボクはキャシーの通常業務があるけど、エミリは出展の手伝いもあって、ミーナと会えるらしい。いいな。


「行ってきます」


 空に放たれるレディバグの絵。


 ミーナとボクの出会いの思い出。


 9月のマンハッタンは少し秋を告げてくるけど、ボクの気分は春のように華やぐ。


 機嫌がいいのは、気候のせいではないけれど。


「おはよう、アナン」


「おはようございます。キャシー」


「悪いんだけど、この書類をエミリに届けてくれない?」


「え?」


「大した書類じゃないんだけど、あった方がいいと思うから」


 そう言ってキャシーはボクに片目を瞑った。


「いいんですか?」


「嫌なら、行かなくていいのよ」


「いえ!行きます!行きたいです!」


 ボクは書類の封筒を持って走り出した。


 この事務所からギャラリーまで12ブロックもある。


 でも、大丈夫だ。これくらい今まで待ち望んだ時間を考えれば何ともない距離だ。



  ◆



 息を切らして会場に着いたが、誰もいない。


 無造作に置かれた箱を開いて、作業をしている男性が一人いるだけだった。


「なにかご用かな?」


「あの、ミーナに」


 と言ってから、間違いに気づく。


「いえ。エミリに渡したいものが……」


「生憎、2人とも外していてね。代わりに預かっておこうか?」


「いえ、大丈夫です」


 大した書類じゃないとは聞いているが、見ず知らずの人に預けるほど世間知らずではない。


「そうだよな。連絡取ってやろうか?」


「いいえ。お邪魔してすみませんでした」


 残念だけど、きっと今日じゃなかっただけだ。


 またチャンスはやってくる。


 諦めて帰ろうとした。


「申し訳ないんだが、少し手伝ってもらうわけにはいかないだろうか?」


「え?」


「ちょっと、そっちを支えてて欲しいんだが」


「構いませんよ。こうですか?」


 大きな絵だ。


 そして重い。


「ありがとう。もうちょっと高く」


「はい」


 絵を見たら、MIYABIとあった。


「これがMIYABIか……」


 つい口走ってしまった。


「知ってるのか?」


「いえ。すみません」


「君も絵を描くのか?」


「いいえ。全く。ミーナのファンってだけです」


「そうか。君もか」


 やっぱり。ミーナのファンは多いんだな。


「私がMIYABIです。是非、私の絵のファンにもなって欲しいな」


「あ。アナンと言います。法律事務所でエミリの助手をやっています」


「そう。それで」


 MIYABIさんは背が高くて、髪が長くて、セクシーな男性だ。


 ボクとは正反対の人種って感じだ。


「ミーナの絵を見ていくか?」


「あるんですか?見たいです!どこですか?」


 あ。喜び過ぎたか?


 MIYABIさんが引いてる。


「こっちだ」


 作業を止めて、奥の部屋に通してくれた。


「……」


 息を飲んだ。


「感想は?」


「あの……」


「言葉にならないだろう?」


「はい」


 画面越しに見たのでは伝わらない、とてつもない迫力があった。


「彼女の絵には熱がこもっている」


「熱?」


「ああ。熱がないと絵は描けないんだよ。彼女の絵には熱を感じるが、それが何の熱かが分からない。そこが彼女の絵の特徴だ。近くで見てごらん」


 そう言われて絵に顔を近付ける。


 至る所に、鮮血のような赤や、純白の白い絵の具が隠れている。


「離れていると分からないだろう?」


「はい」


「その赤や白が彼女の絵の熱を支えている正体なんだ。遠目では見えないが、彼女の核心があちらこちらに散りばめられている」


 絵には詳しくないが、MIYABIさんのいう事が理解できる。


「怒りや憎しみもまた巨大な熱量を持っていてね。最初は、彼女はそう言った重たい感情をベースに描いているのだと思っていた。でも、どうやら違った。彼女はもっとシンプルな情熱をもって描いている。例えば、愛のような」


「愛……」


「そうじゃなきゃ、こんな絵、何枚も描けると思うか?まったく。敵わないよ」


 そうなんだ。MIYABIさんでさえ、敵わないと言わせるミーナはやっぱり天才なんだ。



 ◆



 封筒とトールラテを持って事務所に戻った。


「あら。ありがとう」


 キャシーにラテを渡し、しょんぼりと席に着く。


「会えなかったみたいね」


「はい」


「気にしなくていいのよ。本当に大した書類じゃないんだから」


「はい」


 真面目に働かないといけないのに、お世話になっているキャシーの言葉が耳を素通りしてしまう。


『例えば、愛のような』


 ミーナは誰を想って描いているのだろうか。


 ボクであって欲しいけど……九条さんか……MIYABIさんか……さっき目にした光景が瞼から離れない。


「……ナン、アナン」


「は、はい。すみません」


「具合が悪いなら帰っていいわよ。今日は忙しくないから」


「いいえ。具合は悪くありません」


 一人になりたくない。


 だって今、この街に解き放たれたら、ボクはどこへ飛んでいっていいか分からない。




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