第33話 M
まさか!
一生分のビックリマークを使い果たすくらい驚いている。
エミリから届いたメールと、アメリカで絵が売れた際の売買契約の書類……
大学の卒業とともに、エミリはお母さんのいるアメリカの会社に就職すると言っていた。
寂しくて、『そんなの嫌、考え直して』って言葉が出かかったけど、飲み込んだ。
エミリの応援をしないなんて、友達じゃないもの。
だけど卒業してからは、毎日、絵を描いて過ごすうちに時の感覚が無くなり、気が付くともう2年も経っている。
こんなんじゃ、近くにいなくなった途端、友達じゃなくなりましたって言ってるみたいで……私ってば、なんて薄情者なんだろう。
九条はエミリを知ってて依頼をしたのだろうか?
普段は一緒に過ごさないリビングへ赴く。
「売買契約の書類が届きました」
「そう。サインして送り返してくれるか?」
「はい。あの……エミリから……」
「ああ。驚いたか?」
「知ってたんですか?」
「まあ、偶然だけど、もしかしたらって思ったよ」
「そうですか」
ニューヨークで働くエミリを偶然見つけるなんてことできるの?
「今日は何時に行くんだ?」
共同開催の個展の最終日だ。
「いつもと同じ時間に……」
10時に開催するので、私は9時に着くように出発している。
「みぃがよければだけど、私の車で一緒に行かないか?」
九条は障害者用の特別な車を運転している。
どう断ろうか迷う。
「ニューヨークでの話も少ししたいし」
「はい」
そう言われては断われない。
久しぶりに乗る九条の助手席に緊張する。
「安全運転するから、心配しないで」
私の顔は引きつっていると思う。
でも、どうしようもない。
「昨日、雅君も言っていた9月に計画をしている個展だ。涼くん、KIRAHOSHIさん、クマさんも声をかけている。もちろん目玉は雅君とみぃだ」
「雅さんと並べないで。恥ずかしい」
「そんな事ないよ。もう少し自信を持ってくれないか?みぃの絵があるから、私はこの活動をしているんだよ」
そんな事を言われても……
「今回だってみぃの絵は3枚とも売れただろう?」
そうなのだ。
昨日、開催2日目にして、私が持ち込んだ絵は完売した。
雅さんだって、初日に売れた1枚だけだって言うのに。
「忙しいとは思うが、出発までできるだけ描いてくれ。今のみぃは勢いがあって、描けば描くほどいい作品になっていく。そして、それは評価とともに売れるんだ。有名になりたいだろう?」
「はい」
私は有名になりたくて描いている。
絵を描くことしか出来ない私が、アナンに見つけてもらう方法はこれしかないから。
箱根のギャラリーに到着したら、涼くんが出迎えてくれた。
「みいなさん!九条さん!ありがとうございます!ほんと!ありがとうございます!」
ニューヨーク行きの事を言っているのだろう。
「最初、まじ、信じられなかったんすけど、昨日、アメリカからメールが来たっす!」
「そうか。ちゃんとサインして返したか?」
「当り前っす!よろしくお願いします!」
涼くんが九条さんの運転席に頭を突っ込んで話している。
「分かった分かった」
ぎこちなく笑いながら、涼くんの相手をする九条は別人に見える。
私を縛り付けるパトロンには到底見えっこない。
「みぃ、車を駐めて来るから、涼くんと先に行ってなさい」
「はい」
会場に入ると、KIRAHOSHIさんとクマさんも涼くんと同様に駆け寄ってきた。
「ありがとう!みいなさん!」
「いえ。私にお礼を言われても……」
「いや。チャンスをもらえたんだ。ありがたい。みいなさんと知り合えたお陰で、九条さんに拾ってもらえた」
「そんな。私は何も……」
「ほらほら。みいなちゃんが困ってるよ」
雅さんが間に入ってくれる。
「個展に出展したからといって、絵が売れるかどうかは実力の世界だ。今日は最終日だから、頑張って宣伝していこうな」
「雅さんも今回は1枚しか『売約済み』取れてないっすもんね」
「『しか』ってなんだよ!涼なんて、『1枚すら』売れてないくせに!」
「あー!言いましたね!ヒドイっす」
「そんなんじゃ、九条さんに置いてかれるぞ」
「それは困るっす!今日は、ぜってー売ってみせます!」
まだ売約済みが取れていない3人は、慌てて自分の持ち場に戻った。
「ありがとうございます」
「なにが?」
「いつも助けていただいて」
「どうして、みいなちゃんはいつも困っているのか不思議だよね」
「え?」
「気が付くと、みいなちゃんはいつも困った顔をしてる。そして手を差し伸べたくなる」
「そうですか?」
「無自覚なところもいい」
「えっと……」
言葉に詰まっていると、九条が現れた。
「みぃを口説かないでくれるか?」
「まさか、そんなことしてません」
「そう見えたんだが?」
「気のせいですよ」
雅さんは九条よりも若いはずだけど、随分前から面識があるようだった。
ビジネスライクの付き合いのようだけど、互いのプライベートも少しは知っている仲なのかな。
「さて。みぃはもう売る絵は無いけど、顔は売っておかないとな。持ち場につけ」
「はい」
最終日は一番の客足で、私は隣の涼くんと一緒にたくさんの方とお話をした。
持ち込んだ3枚の絵が完売したという事、そして九条がニューヨークに連れてってくれるという事が自信に繋がってくる。
だって、アナンに近付いてるって気がしてならないから。




