第32話 E
大学3年生の6月、私とみいなはバイト先の展示会場でアナンの手紙を見ながら泣いた。
税金の申告ミスでアナンはメラニーから金をむしり取られ、自由が無くなった。
そんなアナンを九条さんはサンフランシスコに帰した。
手紙には事細かに書かれていたけど、私はみいなに全てを伝えなかった。
アナンが虐待されてた事なんて、言えなかった。
そもそもアナンは私に、その相談をしたのであって、みいなは知らないことだったし、あんなお嬢様ディーバが聞いたら、卒倒するだろうって思った。
みいながアナンの事を好きだって聞いたときは、正直驚いたけど、もうどうしようもなかったんだ。
あの後、九条さんが事故で入院して、車イス生活になり、みいなは九条さんのお世話を始めたようだった。
学校にはきちんと来て、それまで以上に熱心に絵を描いていた。
そして、みいなは世間から評価もされた。
美大生でありながら、絵が売れていた。
九条さんの助けもあるとは思うけど……
やっぱりみいなの才能を見ちゃうと、私は同じ世界では闘えないって分かっちゃったよね。
「エミリ、分からないことがあったら、ちゃんと聞くのよ」
「はい。マミー。今度、Mr.KUJYOが連れて来るアーティストなんだけど、一人、別のエージェントがいるかもしれないんだけど、どうしたらいい?」
「そのアーティストに前回の契約の内容を確認するのがいいわね。契約期間が満了になっていれば問題ないのだから」
「はい。ありがとう、マミー」
◆
私はMr.KUJYOからもらっているリストからMIYABIに連絡をした。
突然のメール連絡だったにも関わらず、MIYABIはすぐに紳士的な対応をしてくれた。
「アナン、この前のリスト、オールクリアだから、先に進めよう」
「何をすればいい?」
「契約書の雛形作ってあるから、宛名を入れ込んだ書類と送り先のダブルチェックお願い」
日本語が出来て良かった。とこの時、初めて思ったかもしれない。
私は、自己紹介を兼ねて会社の説明と、Mr.KUJYOと契約を取り交わす書類と文面を整えた。
「電子署名かPDFで送り返してもらうようになってるんだね」
「そう。みいなだけはもう一通、個人的にメールを送ろうと思っている」
「そう」
明らかに今、体温が上がったでしょ?
分かり易いアナンが憎らしいくらい可愛いんだから!
「それじゃ、また外出するから、後はよろしくね」
「オッケー」
みいなは相変わらずだろうか。
私が日本を出て2年。
卒業と同時にアメリカに行くと報告した時、みいなは泣かなかった。
アナンの時にはあんなに泣いたくせに。
ちぇっ。変な嫉妬心が芽生えた。
私にも悲しんでくれたってよかったのに。
大人気ない自分に笑っちゃった。
「お客さん、どんないい事があったんだい?宝くじでも当たったか?」
タクシーの運転手にからかわれる。
「しばらく会ってない友達のことを思い出しただけ。恋敵でもあるんだけどね」
「ワオ!あなたみたいに美しい女性でも焦ったりするのか?」
「もちろん。なんてたって、あっちはディーバなのよ」
「はは。強敵だな。負けるなよ」
勝負にならない気もするけど、私なりに頑張ってみよう。
アナンは私には秘密を打ち明けてくれたんだし、こうして同じ職場で日々コミュニケーションを取っているのも私だ。
もしかすると私たちに流れた時間は、ずっと会えなかったみいなに負けないかもしれない。
タクシーを降りてコーヒーショップに入る。
次のクライアントの面談まで少し時間がある。
ラップトップを開いて、みいなにメールを打つ。
散々迷ったんだけど、アナンがここにいることは伏せておくことにした。
◆
帰宅後、白ワインを飲みながらパソコンを確認する。
サイン済みの書類がMIYABIとKIRAHOSHIから届いていた。
みいなからは何の連絡も来ていない。
本人は9月に来るのだろうか。
九条さんが連れて来ないわけがないか……みいなが羨ましい。
全てを持っているみいなが妬ましい。
RRRR……
「アナン?」
「エミリ、ごめん。仕事の事じゃないんだけど……ちょっといいかな?」
「もちろん。どうしたの?」
個人的に頼ってくるなんて珍しいから、嬉しくなっちゃう。
「ミーナが来たら連れて行きたいところがあるから、運転免許を取ろうかと思うんだけど」
嫌な予感。
「エミリの車貸してくれない?」
ビンゴ。
アメリカでは教習車なんてなくて、誰かの車を借りて試験を受ける。
つまり、私が行き帰り運転をして、講習中は待ってろ……と。
「いいよ」
そう言うしかないでしょ。
「ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして」
あなたを助けるのが『実は辛いんです』なんて言えるわけもなく、普段は言いたい事はなんでも口にできるのに、こんな時に限って何も言えない。
情けない自分に喝だな。




