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……近付かないで……汚れてるから  作者: あおあん
後編

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第28話 E

 やばいやばいやばいやばい、遅刻するー!


 朝が苦手だから、職場の目の前のアパートを無理して借りてるのに……どうして私ったら、毎日、毎日、こんなに慌てて支度してるんだろう。


 パパは日本人、マミーはアメリカ人のハーフ。


 日本に居ると外国人、アメリカに居てもアジア人の扱いを受けているエミリです。


 どこに居てもよそ者。


 外国人に扱いには正直、うんざり。


 私の事を、見た目や名前で決めつけなかった友達は2人だけ。


 みいなとアナン。


 私は知っている。


 みいなはアナンが好き。


 アナンもたぶんみいなが好き。


 みいなは3年前、アナンが日本を離れるとき、泣きながら言った。


『私、アナンのこと好きだったの』


 私は早とちりしちゃって、みいなと一緒に住んでた『親戚の九条さん』を彼氏と思い込んじゃってて……みいなは否定してたっぽいんだけど。


 マジで、かっこいいからさ。ありじゃない?って、勝手に。ごめんだよ、みいな。


 髪型はバッチリじゃないけど、口紅さえ付けちゃえば、何となくOK!


 ってなわけで、私は大至急、お客さんの元に直行。


「遅くなってすみません!」


 全力で謝れば許してもらえる。


 ほら、私、まだ若手だし。


「気にしないでいいよ。そんなに遅れてない」


 ラッキ。心の中で投げキッス。んーまっ!


「早速ですが、今回はデジタルアートの著作権についてですよね?」


 Time is money.

 延長すると料金が割増しになってしまう。


「そうそう。俺の作った作品が、知り合いに転用されてて……そいつに『勝手に使うな』って警告したんだけど……」


「けど?」


「無視された」


「あちゃ」


 ってな訳で、お決まりの問答集に突入する。


 Q「その作品にデジタルシグニチャー、例えば、作者の署名や作成日など入れましたか?」

 A「いいえ」


 Q「過去に、その作品をご自身のSNSで発信されたことはありますか?」

 A「いいえ」


 Q「制作の過程、例えば下書きとか工程途中のデータなど、レイヤー構造を証明できるものは残してますか?」

 A「いいえ」


 ……八方塞がりなんですけど。


「なんとかしてください。俺にしか描けない大事な作品なんですよ!」


「おっしゃりたいことは分かりますが、証拠がなさ過ぎます」


「でも、俺が描いた作品なんだ!」


 取り乱す中年男性に同情はするけど……


「申し訳ありませんが、証拠が一切ない状態で、著作権を主張するのは難しいです」


「な……!」


「でも、今後の作品次第で、あれがあなたが生み出したものだと主張することは可能です」


「というと?」


「あなたにしか描けない、あなたならではの作品をこれからも世に出し続けてください」


「それじゃあ、またパクられるじゃないか!」


 私はおどおどしっ放しの男性に向き直り、真正面から話しかける。


「イチ、作成日と署名を入れる。ニ、完成品はコメントを付けてSNSに投稿する。サン、下書きを始め、各工程のデータを取っておく」


「は……はい……」


「分かれば宜しい。自分の作品を主張するには、それなりの証拠が必要です。今後は、この3つの注意点を守って、創作活動を続けてくださいね!応援してます!」


 ピース。


「頂いた料金の時間枠いっぱいいっぱいです。延長しますか?」


「い……いいえ。充分です」


「了解です!またのご利用、お待ちしております!」


 軽快にその場を後にする。


 今夜の集まりに持って行くプレゼントを買いに行かなくちゃ。


 私ってば、売れっ子なのか?結構、忙しい方なのよね。



 ◆



「Happy Birthday!」


 盛大な拍手とクラッカーに赤ちゃんは泣いた。


「エミリは何を持ってきたの?」


「お風呂で遊べるおもちゃ。マミーは?」


「帽子よ。お出かけの時に被れる可愛いの」


「ほんと!めっちゃキュート!アナンは?」


「てんとう虫の髪止め」


「……あ。何気に可愛い」


 デイブのホームパーティーは大盛り上がり。


 私は2年前、日本の美大を卒業後、ニューヨークで法律事務所をやっているマミーの元に来た。


 ここにアナンが働いていることは知っていて、日本での就職活動が上手くいかなかったとこも相まって、私もアメリカに就職先を求めた。


「エミリには好きなことをやって欲しいわ」


 マミーにそう言われ、アートは好きだけど、絵では食べていけないと説得した。


「アートにまつわる権利関係の仕事がしたい!私の経験が生かせるし、そういうの好き!」


 マミーを口説き落として、1年間、パラリーガル資格が取れる学校で勉強して今に至る。


「今日の相談は大丈夫だったの?」


「うん。最近よくある、お決まりの相談」


「デジタルアート?」


「そう。アナンも学校行ったら?パラリーガル取んなよ」


 気が利くアシスタントだって、マミーがお気に入りなのは知ってるけど、手伝いばかりじゃつまんないんじゃない?


「ボクはいいよ。高校もあんま行ってなかったし」


「頭良さそうだよ?」


「ちっとも良くないよ」


 自己肯定感の低いアナン。


 無理もない。タイで孤児だった自分を養子にしてくれたお母さんに性的暴行を受けてたなんて……どれだけ辛い思いをしてきたのか、想像もつかない。


「今度、日本のアーティストの個展があるんだよ」


 さっき仕入れた最新情報だ。


「海外で売れた絵の税金がどうなのかっていう相談があったの」


「ふうん」


「あれ?あんま驚かないね」


「驚くようなこと言った?」


 あ。肝心なとこ言ってないか。


「なんと、なんと……Mr.KUJYOからの問い合わせだったんだよ!」


「……。あの九条さん?」


「分かんないけど、珍しい名前だから可能性が高いんじゃないかなって、みいなの絵を持って来るんじゃないかって思うんだけど」


 喜ぶアナンの顔が見たかった。


 そしたら、私も嬉しいに違いないって思ったから。


 でも、変だな。


 こんなアナンの顔、見たことなくて……どういうわけか胸が苦しくなった。




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