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……近付かないで……汚れてるから  作者: あおあん
後編

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第27話 M

 6月に入ったと同時に、梅雨入り宣言が発表された。


 音のない雨が朝からずっと降り続いている。


 一人、アトリエで油絵をパッキングする。


『新進気鋭のアーティストat初夏の乱』


 なんだか気恥ずかしい名前のグループ展。


 今回は3点を持ち込む予定。


「ふぅ」


 描くのは好きだけど、展示会の準備はあまり……


 だけど、人に任せられるほどの余裕はない。


 手を動かしながら、次の絵の構想を考える。


 描きたい気持ちと同時に、つまらないとも思う。


 一番見てもらいたい人に、見てもらえないから。


 アナンは今、どこで何してるんだろう。


 働き者の彼の事だから、仕事ばかりで体を壊してないか心配になる。


 料理とかしてなさそうだったからな……


 アナンの声、匂い、手触り、目の色、表情。


 繰り返し、繰り返し思い出す。


 記憶が色褪せないように。


 思い出は絵に閉じ込めて描き残せるけど、記憶はふわっと消えてしまったらそれっきり。


 二度と取り返せなくなる前に反芻し……恋しくなる。


 会いたくてたまらない。



 ◆



 ちょくちょくお世話になる、箱根のアートギャラリー。


「お疲れ様です」


「あ、みいなさん、お疲れ様です。搬入手伝います」


「ありがとうございます」


 長髪を後ろで一つに束ねた姿がトレードマークのりょうさん。


「髪切りました?」


「よく分かりましたね!はい。2cmほど」


「ふふふ」


「皆に笑われます。どうせ変わんないって言いたいんですよね。どうせ、俺のはポニーテールじゃなくて、ピッグテールだって言うんですよね?」


「ふふふ、そんなこと言ってないよ」


 この人は、人を笑顔にする力がある。


 そして、その魅力が絵に現れている。


「参ったな。みいなさんの隣、嫌だ」


「え。ひど。何てこと言うんですか?」


「だって……さっき、ジャンケンしたんですよ。みんな、みいなさんの隣は嫌だって言って……俺、負けちゃったから仕方なく……」


 まさか。嫌われたなんて。


「ちょっと!涼くん!それ、言っちゃダメなやつ!」


 くりっとした目と、それを覆うゴージャスな睫毛が特徴のKIRAHOSHIさんが走ってきた。


 いきなりのジャンプで、涼さんを後ろから飛び蹴り……


「いった!KIRAHOSHIさんが俺のこと飛び蹴りした!見ました?今、見ましたよね?」


 どっちの味方も出来なくて固まる。


「そういうの、みいなさんには禁止。分かるでしょ?あんたみたいな低俗なノリにはついて来れない天空のお人なのよ」


「やめてよ。ちがう。そんなんじゃ……」


「そんなんじゃないですよね?」


 あ。分かってくれた。


「俺も割と天空寄りの人なんで、KIRAHOSHIさん一人下界の人間って事で。一緒にしないでもらますか?」


「なんだとー!ムカつく!」


 ここに来ると、小学生に戻った気分になれる。


「設営が済んだら、この後メシ食い行くんですけど、一緒にどうです?」


 どっしりとした体格のクマさん。


 この人の繊細な絵を見た後に『作者です』と紹介されると、多くが絶句してしまう。


「いいんですか?是非、ご一緒させてください」


 誘えてもらえて嬉しかった。



 ◆



 全国から集まったアーティストは、ギャラリー開催の3日間、箱根のふもとの温泉宿に宿泊している。


「みいなさんは、通いですか?」


「はい。車で来ているので、今日は帰ります」


「どうせだから泊まって、一緒に朝まで飲みましょうよー。せっかく会えたんだし、一年ぶりですよ?もっと、いっぱい、おしゃべりしましょうよー!」


「もう、涼くん、飲みすぎ。ってか、みいなさんに絡み過ぎ!嫌われるよ!」


「うるさい!KIRAHOSHI、黙れ」


「なんだとぉー!」


 旅館に併設されてるレストランで、賑やかに過ごす。


「みいなさん、最近はどんな絵を?」


「あまり代わり映えしません。だめですね。同じような生活を送っているせいか、同じような絵しか描けません。クマさんのように、多くの色を使い分けられたらいいのにって思います」


 私の絵は一言で言うと『暗い』。


「変わってゆく生活の中の変わらない一面を描き続けることができるアーティストは少ないです。みいなさんの絵を求めている人はたくさんいます」


「そんな、慰めてくれてありがとうございます」


「いえ……」


 私の照れ笑いに釣られてか、クマさんも赤い顔をして笑った。


「みいなさん、聞いてくださいよぉ!明日はすんごい客が来るらしいんっす」


「へえ。どんな?」


 もうベロベロの涼さん。


「金持ちっす。アートが好きっぅーか、アーティストが好きってゆーんすかね」


「ふうん……」


 いまいち理解が追い付かない。


「ちょっと、やめなよ、涼くん。みいなさんみたいな人には無縁だよ」


「そうだよ。涼。みっともないから、そんな話するな」


 私は、どんな風に見られてるのだろうか。


「涼くん、もっと聞かせて?」


 直接、お願いしてみる。


「ほうら!みいなさんだって、所詮、人だ。いい話があれば乗ってきますよねぇ?」


「そうね?」


「世の中にはパトロン志望の金持ちが多いって話ですよ」


 KIRAHOSHIさんとクマさんが、天を仰いで、顔を手で覆った。


「みいなさんみたいに金に困ってない作家だって、やっぱスポンサー付いたら普通に嬉しいじゃないですか?パトロン欲しくないっすか?」


 呼吸のペースが乱れる。


 まずい。過呼吸になるかも……


「その辺にしとけって」


 ふっと背中に重みを感じ、頭上から伸びた手が、正面の涼さんのグラスを取り上げた。


「なにすんだよー!返せよー!」


 暴れる涼さんとは対照的に、私の呼吸はリズムを取り戻した。


「ありがとうございました」


「いやいや。こんな酔っ払いの相手まで、お疲れ様。送ってくよ」


「いいえ。大丈夫です」


 みやびさん。


 今回のグループ展覧会の主催者であり、今、若手人気ナンバーワンと言われているアーティスト。


「実は、僕は今日、東京のホテルに泊まるんだ。送って行くよ。そして朝も迎えに行く。みいなさんの車は、明日、乗って帰ればいいから、ここに置いて行きなよ」


 圧倒的なカリスマ性とはこの事を言うのだろう。


「では、お言葉に甘えて」



 ◆



 家の前で降ろしていただいた。


「明日は7時半でいいかな。少し早いかもだけど、遅れるわけには行かないから」


「はい。よろしくお願いします」


「よかった。また明日。おやすみ」


「おやすみなさい」


 走り去った車を見送り、エレベーターで上がる。


 静かに鍵をさし、そっとドアを開ける。


「お帰り、みぃ」


 起きてたのか。




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