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……近付かないで……汚れてるから  作者: あおあん
後編

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第26話 A

 Dear ミーナ

 今日も美しい絵を描いているかい?日本の天気は?こっちは綺麗に晴れているから、昨日買ったばかりの新しい靴を履いて行くよ。今夜は、同僚のデイブの家に行くんだ。娘さんの1歳の誕生日で、プレゼントはレディバグの髪飾りにした。


 ミーナの油絵を眺めながら、今日もノートに送る予定のない手紙を書く。


 相変わらず何もない部屋だが、それが返って彼女の絵を引き立てている。


「おっと、行く時間だ」


 薄いジャケットを羽織って家を出る。


 ニューヨーク州マンハッタン。


 ビルが高くて空がはるか遠くに感じるけど、この町は日差しが綺麗だ。


 通りや時間帯によって、光がドラマチックに変わる街。


 是非、ミーナを案内してあげたい。


「おはようございます」


「おはよう、アナン。早速で悪いんだけど、この書類をマンシーに届けてくれない?クライアントに行くのに肝心な書類を忘れるなんて。もう、ドジなんだから。あと、こっちの封筒は速達で送って。それから、もし覚えてたらでいいんだけど……」


「帰りに、『トールラテ』ですね?」


 にっこり笑う。


「そうよ。アナンは頼りになるわ。よろしく」


 ここのCEO、キャシーに褒められた。



 ◆



 ボクは今、法律事務所でアシスタント業務をしている。


 3年前、日本に居られなくなり、ボクは逃げるような形でサンフランシスコに飛んだ。


 その時は、ママと別れた元夫のリチャードさんを頼った。


 リチャードさんは、ママが養子に引き取った5人の男の子達と暮らしていた。


「逃げて来れたのか!」


 ママの異常な虐待に気付いたリチャードさんは、ボクも含めて養子たちを守ろうとしてくれていた。だけど、日本に発つ時、成人していたボクだけが逃れられず一緒に行くことになった。


「無事だったのか……」


 リチャードさんは涙を流して喜んでくれた。


 弟たちも元気でやっていて、最後に会った時よりずっと顔色が良かった。


「ちょっと失敗しちゃって、ママに借金作っちゃったんだ。ある人の援助があって、逃げて来られた」


「そうか。メラニーはこの事を知ってるのか?」


「分からない。でも、ここに長居はしないよ。皆に迷惑は掛けたくない」


 ママはボクに異常な執着を持っている。


 せっかく悪夢から解放された皆の中に戻るわけにはいかなかった。


「ちょっとの間だけ泊めてくれないかな」


「もちろんだよ。ゆっくりしていきなさい」


 本当はミーナに居場所を伝えたかった。


 ボクは元気だから安心してと言いたかった。


 だけど、ミーナに連絡をとることは出来ない。


 それは九条さんと交わした、たった一つの約束だから。


「ちょっと電話を借りてもいい?」

「ああ。好きに使え」


 ボクはエミリに連絡をした。


 エミリに書いた手紙を九条さんは届けてくれただろうか。


 エミリからミーナに、ボクの無事を伝えてもらえないだろうか。


 願うような気持ちだった。


「もしもし?」

「エミリ」

「アナン?アナンでしょ?大丈夫?どこからかけてるの?」


 ボクは事情を話し、エミリもまた手紙を受け取った時のことを話してくれた。


「みいなには税金不足の件とアメリカに行ったとしか言わなかった。メラニーのことは伏せてあるよ」

「ありがとう」


 友達思いのエミリの配慮に、心から感謝した。


「ちょっと、パパが話したいって。代わっていい?」

「ああ」


 エミリのお父さんはメラニーの次の餌食になりかけていた。


 ママの正体に気付いてくれただろうか……


「アナン君、すまなかったね」

「……」


 謝られるとは思っていなくて、言葉が出なかった。


「君の境遇に気が付いてやれず、私の事を助けるためにエミリに全てを打ち明けてさせてしまった。本当に、申し訳ない事をしたね」


「いえ……ボクは……」


 もちろん恥ずかしい過去だし、ママから受けた虐待は思い出したくない。


 でも、誰かに聞いて欲しいという思いがあった。


 誰でもいいわけじゃない。


 ミーナには言えない。


 エミリには言えた。


「アナン君、お礼なんて言えるほどの事でもないんだが、仕事を紹介させてくれないか。もし君がニューヨークに行ってもいいと言うなら、法律事務所のアシスタントに推薦できる」


 願ってもない申し出だった。


「是非、お願いします」



 ◆



 いつものコーヒーショップで、トールラテを買う。


 キャシーはいつも、ボクの分も買っていいと言ってくれるけど、やっぱり気が引ける。


 この紙コップが7ドルもする。


 高価で喉を通る気がしない。


「お待たせしました」


 キャシーのデスクにコーヒーを置く。


「ああ!ありがとう、アナン。カフェインが切れて仕事にならないところだったわ!」


 明るくて表情が豊かな女性だ。


 エミリのお母さんでもある。


「午後は出掛ける用事があるから、留守番をお願いね」

「はい」


 エミリが子どもの頃に離婚したと聞いているけど、理由はママとリチャードさんとのそれとは似ても似つかないだろう。


 離婚してもこうして良好な関係を築けているカップルもあるのだと知った。


「なるべく早く戻ってくるわ。今日はデイブの娘ちゃんのバースデーパーティーですものね。一緒に行くから、アナン、オフィスで待っててくれる?」


「はい。お気を付けて」


 ミーナ、ボクは今、いい人たちに囲まれて暮らしています。


 もちろん、もっと稼いで、日本に居る君に会いに行きたい。


 その時まで、たくさんの絵を描いて。


 そして、いつか、その絵を見せて。




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