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……近付かないで……汚れてるから  作者: あおあん
前編

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25/48

第25話 M

「ここで降ろしてください」

「いや、家に帰るんだ」

「嫌です!」


 車が停車しきる前に、シートベルトを外し、ドアを開けた。

 けたたましいアラート音と同時に、車が急停車した。


「何してるんだ!危ないだろ!」

「ここで降りるって言ったでしょ!」


 アナンのアパートを駆け上がる。

 中に入って、急いで鍵を閉める。


 最悪だ……人生最悪の事が起きた……泣きながらアナンのベッドに倒れ込む。


「みぃ」


 びっくりして起き上がると、あの男が部屋に入ってきてた。


「どうして!」

「鍵ならもらっている。ここを処分するのも引き受けたんでね」


 頭に血がのぼる。


「最低!大っ嫌い!あんたなんか、死んじゃえばいいのに!」


 殺してやりたい気持ちはあるのに、実際の私は泣くことしか出来ない。


「みぃ」


 この男の、べっとりとした嫌いな手が伸びてくる。


「やめて!」

「駄々をこねるんじゃない」


 枕を抱えて蹲る私の上に、男の体重がのしかかる。


「やっ!」


 抜け出してキッチンへ行く。

 咄嗟に手に取ったキッチンバサミの刃先を向ける。


 殺してやりたい。殺してやりたい。


 怒りで視界が狭くなるのに、どこか冷静に、これで人は殺せない事が分かっている。


 もういい。

 生きててもいい事なんて一つもない。


 九条を殺すんじゃなくて、私が死のう。


 お腹を刺しても死ねなさそうだけど、目から頭を貫けばいけそう……


 刃先を自分の顔に向けて、目を瞑った。


「おぅっ……」


 呻き声と同時に、どさっと何かが落ちた音がした。



 ◆



 倒れた男の下から赤い血溜まりが広がってくる。


 なにが起きたの?


 動かない男を見下ろしながら、死んでくれたらいいのに、と思った。


 男を跨いで玄関に行く。


 震える手でドアノブを捻る。


 ……


 ……


 ……


 玄関から出られず、スマホを耳に当てる。


「火事ですか?救急ですか?」

「救急です」

「住所は分かりますか?」



 ◆



 電話の向こうから、脈があるが確認しろとか、心臓マッサージはできるかとか、いろいろ言われたけど『できない』と答えた。


 玄関にしゃがみ込んだまま、何分くらいそうしていただろう、救急隊がやって来て、手際よく男を搬送した。


「少しお話を聞かせてもらえますか?」


 救急車しか呼んでないのに、パトカーも来ていた。


「あなたはあの被害者と一緒にこの部屋にいたんですか?」

「はい」

「どういったご関係ですか?」

「遠い親戚です」

「ここはあなたの家ですか?」

「いいえ。彼の家です」

「あの被害者ですか?」

「いいえ!あの人は親戚の人です!私の彼じゃありません!」


 どうして、みんなして、あの人を私の恋人にしたがるの!

 腹が立つ!


「まあまあ、落ち着いてください」

「何をしていたんですか?」

「襲われそうになりました」

「それで刺したんですか?」


 まるで私が加害者みたい。


「いいえ。勝手に倒れていました」

「自殺しようとしたと?」

「知りません。見てません」

「どうして見ていなかったんですか?」

「目を瞑っていたので」


 自殺をしようとしたのは私の方だし。

 被害者は私なのに。


 何度も何度も同じことを聞かれ、住所を聞かれたので、九条の家を答え、そこまでパトカーで送ってもらった。


 死んでくれたらいいのに。


 心からそう願った。



 ◆



 あれから一週間が経った。

 その間、私はずっと眠くて、寝ても寝ても、まだ寝れた。


 九条は3日前に目を覚まし、一件は事故として処理され、私はそれを警察からの電話で知った。


 久々に外に出てみる。

 日差しが目を突き刺して、ツンと痛かった。


 アナンがいたコンビニに寄ってカフェラテを買い、飲みながらアパートに向かった。


 ミニバンが停まっていて、それが清掃会社のものだと気付くのに数秒かかった。


 繋ぎを着た人達がバケツやホースを持って階段を上り下りしている。


 何も無かったアナンの部屋に広がった血液……


 思い出したくなかった。


「あ、すいません。こっち確認してもらっていいですか?」


 清掃会社のスタッフに呼び止められたおばあさんが、面倒くさそうに振り返った。


「もう、勝手にやって頂戴。まったく迷惑なことだよぉ。外人になんて貸すんじゃなかった」


 大家さんなのだろう。

 外にある郵便受けに溜まったチラシを捨てていた。


「なんなのよぉ、もう」


 大家さんは怒りながら、何かを取り出し、ポイっと投げ捨てた。


 カチャッ


「すいません。やっぱりこっち確認してもらえないですかねー?」


 再び清掃会社の人に呼ばれ、大家さんはよたよたと階段を登って行った。


 大家さんの捨てた物を見に行く。


 アナンの郵便受けに入ってた物……


 胸がぎゅっと締め付けられ、涙が込み上げてくる。


『自由の女神』と『てんとう虫』のマグネット。


 アナンが私に残してくれた唯一のプレゼント。


 アナンに会いたい。


 アナンに会いたい。





『前編』 完




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