第24話 E
あの、変態ババァ……
メラニーへの怒りが沸々と湧いてくる。
「お願い、エミリ、なんて書いてあるのか教えて」
確かに、私のこんな反応見て、気にしない方が無理だよね。
だけど、みいなみたいな世間知らずのお嬢様ディーバに、こんなこと言っていいの?アナンが養子にもらわれた先で性的虐待を受けてたなんて言える?
「アメリカに帰るって……」
「え?嘘でしょ?なんで?」
手紙は10枚くらいある。
こんな一言でみいなの好奇心は満たされないよね。
「税金の事が書いてある……法律違反をしちゃったらしくて……そのことがずっと書いてある」
「そうなの?それって、急にアメリカに行かなきゃならないような事なの?」
「貯金を使い切って、日本に居られなくなったって……」
アナンが私にしか話していない真実は伏せてあげたい。
アナンは『誰かに聞いて欲しかった』と、言っていた。
その誰かに選ばれたのは私であって、みいなじゃない。
「ねえ、どうして九条さんがその手紙を持ってきたの?」
本当にみいなは何も聞かされてなかったんだ。
こんなに心配してるのに、気の毒になってくる。
「出国の手伝いをしてくれたらしいよ」
「九条さんが?」
「そう書いてある」
私は初めてディーバの怒りの顔を見た。
あんなに穏やかで、どちらかと言うと浮世離れしてるって言うか、霞を食べて生きてそうな子だって思ってたから、こんな一面も持ち合わせてたんだ。
「そんなに仲良かったっけ?」
確かに一緒に箱根の展覧会に行ったし、アナンはみいなの絵が好きそうだったけど、手紙にみいなのことは一言もない。
「好きだったの」
「はい?」
「私、アナンのこと好きだったの」
ぽろぽろと泣き出すみいなに、私まで釣られて泣きそうになった。
「九条さんは?」
「だから……あの人は、そんなんじゃないって……何度も……」
さっき会場でもらったポケットティッシュで、みいなの涙を拭く。
「ごめん、ごめん」
そう言われて見れば、みいなはいつも九条さんは彼氏じゃないって否定してたかも。
「泣かないでってば」
自分の目からも涙が溢れてしまって、二人でオイオイと泣いた。
「待たせたね……って、あれ?何があったんだい?」
タイミングの悪いパパが来て、見られてしまった。
「いいの。ちょっと放っといてくれる?」
「そう言うわけにもいかないだろ?ほら、人が見てるし」
そう言われて、パパの目線に視線をやった。
「九条さん……」
みいなの肩がビクンと震え、顔を上げた。
泣いてるディーバは、過去一やばい。
立ち上がって、つかつかと九条さんに歩み寄るみいな。
思いっきり手を振り上げて、九条さんに叩きつけようとしたみたいだけど……手首を掴まれてヒットはしなかった。
◆
みいなは九条さんに連れて帰ってもらって、私はパパと車に乗る。
「一体、何があったのか聞いてもいいかい?」
「アナンがね……アメリカに行っちゃったの」
「そうなのか」
「そう手紙に書いてあったの。メラニーから何か聞いてないの?」
「いいや。何も」
「パパ……まだ、メラニーと会ってるの?」
「はは。エミリは好きになれないって言ってたけど、私は嫌いになれなくてね」
絶望的な気持ちになった。
家に着いて、パパはいつもの部屋着に着替え、いつものウィスキーを飲み始めた。
「夕飯は?」
「そうだな。パスタでも茹でよう」
二人でキッチンに立つ。
パパはアメリカ人のマミーと、私が10歳の時に離婚した。
マミーは一旦捨てたキャリアを諦めきれず、今はアメリカで弁護士をしている。
「パパ、あのね、後でアナンの手紙読んでくれる?」
アナンはパパとメラニーを別れさせようとしてくれた。
こんな形で、私に打ち明けてくれた秘密をばらすのは嫌だけど、でも、パパにメラニーの正体を知らせるにはこれしかない。
「ああ。読ませてもらうよ」
パパはのん気な顔で答えた。
◆
パパの手紙を持つ手が震えている。
「何という事だ……」
知らない人の声みたいだった。
「言えなかったの。でも、私もアナンもパパとメラニーに別れて欲しいって思ってたから……」
「いや。よく打ち明けてくれた。それにしても……アナン君は……いや……」
パパはウィスキーを一気に口に入れた。
「不甲斐ないよ。私がメラニーの事を……もっと早く気が付いていれば、アナン君の力になってあげられたかもしれないのに」
「パパのせいじゃないよ。ちょっと納得はいかないけど、こうしてアナンはメラニーから離れられたわけだし、パパはメラニーの正体を知って、被害者にならずに済むんだし」
「ああ」
私の話聞いてる?
パパは必死に手帳を捲っている。
「サンフランシスコに向かったと書いてあったな?」
「うん」
「ちょっと、パパはやることが出来たから部屋に籠るよ。エミリはもう寝なさい」
そう言ってパパは仕事モードになった。




