第23話 M
アナンの元気がなかった。
6月だけど、5月病かな?
バイトが忙しすぎるのかも知れない。
昨日は、遅くなるって言ってたけど、結局帰ってこなかった。
アメリカに帰りたいのかもしれない。
その時は、一緒に行けるよう、英語の授業をまじめに受けよう。
「どうしたの?みいな、気合入ってるね」
エミリにからかわれた。
「いつかニューヨークに行きたいなって……」
「ええ!素敵!みいななら出来るよ!」
私もそう思う。
一人じゃ無理だけど、アナンとなら出来そうな気がする。
「明後日のバイト、九条さんのオッケー出た?」
「あ、うん」
「パパが会場まで送ってくれるから、車で迎えに行くね、朝、8時に家の下で待っててくれる?」
「ありがとう」
エミリに家出のことは言えていない。
◆
疲れて帰って来るアナンの為に、料理をして待つ。
あまり馴染みがないかも知れないけど、日本料理も知ってもらいたい。
今夜の献立は、炊き込みご飯と豚汁だ。
それにしてもアナンの部屋って何もない。
ミニマリスト思考が強いのかもしれない。
「ここに、あの絵を飾れたらよかったのに……」
真っ白い壁を眺めながら、恨めしく思う。
九条さんは、わざわざ私のクローゼットを開けた。
しまってあった絵を見つけ出すなんて、異常だ。
アナンに打ち明けた私の不満だったけど、伝わらなくて良かった。
後から考えると、あんな子どもっぽい訴えなんか……恥ずかしい。
スマホをちらちら確認しながら、アナンの事を考えて過ごす。
「お腹空いたなぁ……」
シャワーを浴びて、
パジャマに着替えて、
ちょっとだけ食べて、
ちょっとだけ横になった。
◆
どうして連絡をくれなかったんだろう。
朝帰りを咎めるような関係ではないのだけど、連絡くらいくれたって……
何かあったのかも。という思いが不安を煽った。
連絡に応じてくれない。
アナン?
きっと充電が無くなったんだ。
まさか、事故?
アナンの名前で検索してみる。
何があったの?
泣いても解決しない。
涙を堪えながら、出掛ける準備をした。
アナン?
どこ?
◆
「やっほー!みいな、おはよー」
「おはよう、エミリ。今日はよろしくお願いします」
エミリのお父さんに挨拶した。優しそう。
後部座席に乗って、展示会場へ向かう。
アナンの事は後にしよう。今、考えると泣き出しそう。
「うわぁ、でっか」
あちこちのブースからマイクテストの音が流れている。
揃いの制服を着た女性たちが、カタログを受付に並べている。
「では、私はあそこのブースにいるけど、何かあっても来ちゃだめだ。君たちの仕事は会場前の入場者チェックだからね、私じゃなくて、現場の上司の指示に従ってくれ」
「パパ!分かってるから!もう、行って!」
エミリに背中を押されて、お父さんは苦笑いをしながら居なくなった。
「さてと、ボス……ボス……」
首からストラップを幾重にも掛けた男性が、トランシーバーで話している。
「たぶん、あの人!」
エミリに手を引かれて近付く。
「今日の入場者チェックのバイトです。どこに行けばいいですか?」
「早いね。ありがとね。もっと集まってからミーティング始めるから……先に、これに着替えといてくれる?」
展示会のロゴが入ったポロシャツを渡された。
「「はい」」
トイレで着替えて、荷物をまとめる。
「今日さ、九条さん来てくれるんだね」
え?何しに?
「みいな、場所、ちゃんと伝えてなかったでしょ?」
「……」
「渡したいものがあるって言われて、ここの事話したら、詳細確認されたよー、もう、みいな、肝心なところ抜けてたりする?」
「ごめん」
渡したいものってなに?
私にじゃなくて、エミリに連絡をしたのが気になった。
「さ、今日は、頑張ろうね!」
「うん」
初めてのバイト、初めての展示会場、緊張するけど頑張る。
◆
人に酔ったかもしれない。
とてつもなく疲れてしまった。
「みいな、顔色悪いよ。大丈夫?」
「うん。平気」
ようやく終わった最終受付の16:30、ヘロヘロの私たちは隅っこでジュースを飲んで、エミリのお父さんを待っている。
「そうそう、九条さんに会えた?」
「ううん」
次から次へと湧き出してくる来場者に気を取られていて、九条さんの事はすっかり頭から抜けていた。
「ふーん。じゃ、本当に私にこれ持ってきただけなんだ」
封筒に分厚く折り畳まれた紙が入っている。
「なあに?それ」
「さあ。忙しくてまだ見てないんだけど『時間できたら読んで』って言われた」
「ふうん」
正直、九条さんの事なんてどうでもいい。
アナンからメッセージが届いてない方が、よっぽど気になる。
「ええーっ!」
エミリが手紙を開いて大声を出した。
「どうしたの?」
英語で書いてあって、私にはさっぱり分からない。
「アナンからだよ!」
「なに!なんで?なんて?」
アナンの字は特徴的なのか、ぐちゃぐちゃと繋がっていて、断片的にすら読めない……
「ねえ、なんて書いてあるの?」
今にも泣きそうなエミリの表情で、全身鳥肌が立った。
いい話のはずがない。
「お願い、エミリ、なんて書いてあるのか教えて」




