第20話 M
食後のデザートなんて贅沢はしない。
アナンと並んで、おしゃべりするだけで、充分幸せ。
「アナンはどうしてお金貯めてるの?」
「ガイコク、イク」
ちょっとショックだった。
そうか、そうだよね。
「アメリカに帰りたいの?」
「チガウ、アメリカ、チガウ、ガイコク、イク」
「タイ?」
斜め上を見ながら、小刻みに頷いている。
「まだ決めてないの?」
「ハイ、マダ」
「へえ。どうして外国に行きたいの?日本好きじゃない?」
「ニホン、スキ。デモ、ガイコク、イク」
「そっか」
きっと夢があるんだね。
外国か、考えてもみなかった。
でもいつか、私もアナンと外国に行くかもしれない。
頑張って英語の勉強をしておかなくちゃ。
「ミーナ、What’s your dream?」
「私の夢?」
そんなの……考えたことないよ。
「ミーナ、アート、ガイコク」
「私が絵で外国に?」
激しく頷くアナンに驚きを隠せない。
「何言ってんの?そんなの無理だよ。あり得ないよ」
「ミーナ、アート、ホント、スゴイ」
「そう言ってくれてありがとう。嬉しいけど、それはアナンの買い被り過ぎ」
言ってから、アナンには伝わらない日本語だったと、少し反省。
「New York City」
「ニューヨーク?」
「ハイ、アート、New York City」
大真面目な顔で言ってる。
アナンってば、純粋なんだな。
「ありがとう。いつかニューヨークで個展できるよう、頑張ってみるね」
「ハイ、ガンバッテ」
◆
「みいな!みいな!」
息を切らしてエミリが走ってくる。
「どうしたの?大丈夫?」
言ってから吹き出してしまった。
アナンの口癖みたいな『大丈夫』だった。
「バイトさ、一緒にやらない?単発のイベントのヘルプなんだけど、週末の展示会場のスタッフ」
「やりたい!エミリもやるの?」
「うん。パパの会社が主催するんだけど、アルバイトでねじ込んでくれるってさ!」
親指を立てて、グーッてしてるエミリ、かっこいい。
「ありがとう!是非、参加させて!」
車関係のビジネスショーらしいけど、受付で来場者チェックをさせてもらうことになった。
◆
早くアナンに報告したいけど、今日は夜のバイトで帰りが遅い。
行く前に、英語でまくしたてられたけど、たぶん私は半分も分かってない。
どうやら、外に出るなとか、人が来ても開けるなとか、そんなような事を身振り手振りで言ってた気がする。
「子どもじゃないんだから……」
必死になってたアナンの顔を思い出すと、自然と笑ってしまう。
そう。私は子どもじゃない。大人だよ。汚い大人。
アナンとの生活がシンプルで心地良いが故に、九条さんと過ごしてきた生活が黒い染みのように私を汚している。たとえ、どんなに綺麗な色を塗っても、黒には敵わない。決して消すことのできない染みを抱えて生きていくのは、アナンに対しての裏切りだろうか。
考えれば考えるほど気持ちが沈んでいく。
一人で残りもののカレーにうどんを入れて食べた。
テレビもないし、スマホはつまらない。
もう寝ようと思っていたら、チャイムが鳴った。
え。22時だけど。
そっとドアに近付いて、小さな丸を覗いてみる。
白人の中年女性が立っている。
部屋、間違えてない?
そっと、玄関から離れて、ベッドに潜る。
きっとすぐに居なくなるだろう。
◆
朝、目が覚めたらアナンが隣に寝てた。
起こさないようにそっとベッドから抜け出る。
大学に行く時間だ。
九条さんは、引き続き学費を払ってくれているのだろうか。それとも、一括で払っちゃったのだろうか。学費の徴収方法が分からない。退学になるときって、どうやって連絡がくるのかな。そんな事を考えながら登校した。
今日は5月の課題の提出日だ。
この授業では毎月、最低1枚、油絵を提出しなければならない。
今月の課題は苦戦した。
「先生、遅くなりました」
「ぎりぎりなんて珍しいじゃない?あ……あなた、ここ以外でも描いてるものね」
「え?何のことですか?」
「九条さんよ。言ってたわ。あなたの作品をギャラリーで展示するから、たくさん描かせてるって。捗ってるの?」
「いえ……まあ……」
「あんな素敵なプロデューサーがいるんだから、思いっきり頑張りなさい」
背中をポンと叩かれた。
きっと、箱根で先生とそんな話をしたのだろう。
だけど、九条さんはもう私のパトロンじゃない。
◆
アナンに会いたくて、自然と早足になった。
今日は、鶏肉が安かったから、親子丼にしよう。
「ただいま」
私の方が先だったか。
手を洗って、玉葱を切る。
それから鶏肉も切って、火にかける。
砂糖と麺つゆで味を付けてたところで、アナンの帰りを待つ。
玉子で閉じるのは、食べる直前がいい。
スマホでバイト情報を見ながら時間を潰す。
絵のことは考えたくなかった。
アナンは褒めてくれたけど、九条さん以外、私の絵を評価してくれる人はいない。
先生からも特別扱いを受けたことはないし、コンクールで賞を取ったこともない。
アート以外で、アナンとニューヨーク……
想像がつかない。
「ミーナ」
アナンが帰ってきた。
鼻をくんくんさせながら、アナンがコンロに乗ってる鍋の蓋を開けた。
「Wow!」
「あは。外国人みたい」
「ボク、ガイコクジン」
「そうだった。あはは」
アナンと過ごす時間が楽しい。
ずっとこうして一緒に居たい。
汚れた私を許してくれる?
そばにいてもいいですか?
「?」
アナンが黙ってキスをしてくれた。
罪悪感で胸が潰れそうだ。
やっぱり、そんな資格、私にはないって痛感する。




