第14話 M
「さ、乗って」
アナンには家の前まで来てもらった。
「ヨロシクオネガイシマス」
「こちらこそ。今日はよろしく頼むね」
九条さんにアナンの事を話すのは勇気がいった。
最近は、私のプライベートにあまり干渉してこない。
エミリの友達だと思っているからかもしれない。
それでも、以前の九条さんなら良い顔はしなかったと思う。
「これからエミリちゃんを拾って出発だ」
「はい」
「ハイ」
私は助手席、アナンは私の後ろに座った。
どんな顔してるかな。
九条さんは宿泊も考えてくれたみたいだけど、繁忙期で宿が空いてなかったそうだ。
アナンもエミリも日帰りのつもりだったろうから、かえってそれでよかった。
「アナン君は、いつも何してるの?」
「バイト」
「へえ。どんなのか聞いてもいい?」
「ケイビ、コンビニ、ファミレス、ラーメン、アト、カラオケモ」
「そんなに?働き者だなぁ」
「オカネホシイ」
「何か欲しいものでもあるのか?」
「ガイコク、イク」
「アメリカに帰りたいのか」
「……ハイ」
へえ。将来のこと考えて偉いな。
「ミーナ、バイト?」
「えっと。私は学生だから、勉強優先かな」
九条さんが許すはずがない。
「卒業も近いし、社会勉強も兼ねて何かやってみるのもいいかもな」
びっくりして声も出ない。
隣を凝視してしまった。
「いいの?」
「勉強と作品に差し障りのない程度にな」
嘘みたい。あの九条さんが……
◆
無事にエミリも合流して、箱根に着いた。
道は少し混んでいたけど、連休初日だもの。
『想定の範囲内』って九条さんが言ってた。
「ここだね」
エミリが先生からもらったチケットを片手に走り出す。
「アナン!こっち、こっち!」
……2人は付き合ってたりするのかな。
フットサルやってるし、もともと知り合いみたいだし。
「みぃ」
九条さんが手を出してきたので、手を取った。
「ぷぷ……そうじゃない」
「え?」
「荷物だよ」
恥ずかしい。
何やってんだろ。
「手を繋ぎたいなら、それでも構わないけど?」
「いいえ」
意地悪に笑う九条さんの顔が見られなくて、思わず目を瞑った。
「みいな!ここだよー!」
エミリが手を振ってくれる方に小走りした。
いけない。九条さんと恋人って思われてる、エミリの誤解を解きたいのに。
「皆さん、よく来てくださったわね」
先生がいた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます。深海の保護者の九条と申します」
保護者って言ってくれた!
エミリ、聞いてくれたかな。
振り返ったけど、エミリとアナンはもう建物の中に入ってしまっていた。
「私は深海みいなのプロデューサーのような事をしています。彼女の作品は実質、私が管理しております」
「そうでしたか。授業の課題で提出されたものとは言え、九条さんの許可なく出展の話を進めてしまい、申し訳ありませんでした」
「とんでもない。話はみいなから聞いていますし、こうした機会を頂けたことを、先生には感謝申し上げます」
九条さんはいつから私のプロデューサーを名乗っているのだろうか。
いつの間に名刺まで……驚いた。
先生と九条さんは話し込みながら奥へ行ってしまった。
エミリとアナンを探した。
◆
描くことはしてきたけど、あまり見ては来なかった。
もっと早く、他のアーティストの作品に触れておくべきだったかも。
まったく思いもつかない色遣いや、構図に圧倒される。
「いた!みいな。九条さんは?」
アナンがエミリと手を繋いでなくてホッとした。
「先生とお話が弾んでるみたい」
「なるほど」
「で、アナン、私とみいなの絵、どっちが好きって言ったっけ?」
「ミーナ」
「もうっ!少しは迷いなさいよ!」
エミリがアナンをポコポコと叩いている。
「マヨイナイ、ミーナ」
「なんなのよ!腹立つー」
ケラケラと笑いながらじゃれる2人に焼き餅を焼く。
私はたぶん、入って行けないから。
「私、まだエミリの作品見てないの」
「まじで?案内するよ。おいでー」
先に歩くエミリをアナンと追う。
「ミーナ、ダイジョウブ?」
なんのことだろうと思いながら、「大丈夫」って答えた。
◆
エミリの案内してくれたところには先生と九条さんがいた。
「あら、ちょうど良かった。あなた達にはここで作品の講評をさせていただくわ」
緊張が走る。
「まず、あなた達の絵が対称的であるという事を申し上げたいわ。だから、今回はこのように離して飾ったわけだけど……」
私とエミリの絵は通路を挟んで両脇に飾られている。
同じ視覚に納めることができない。
「先にエミリ、あなたの絵からはパワーと優しさを感じるわ。筆のタッチが上達したわね。2年生の頃とは別人のようだわ。きっと……そうね、大人になれば色んな感情を自然と学ぶものだから、全ての経験があなたの作品に生かされてきているようね。よく描けてるわ」
エミリは目に涙を溜めて、先生の話に頷いていた。
「次にみいな、私はこの絵は未完成のように見えるけど、なぜ?」
「……」
エミリの講評を聞いていたし、褒められると思っていた。
心臓が締め付けられる。
「責めているわけじゃないの。怒ってもいないわ。理由が知りたいの」
「……分かりません」
「あなたはこれをここで『完成』とさせたのよね?」
「はい」
「今、九条さんとも話していたの。彼にも私にもこの絵は『未完成』に見える。どうして敢えてここで筆を置いたのか知りたいわ」
理由なんてない。だって、だって……
「これ以上、色を重ねる必要が無いと思って」
稚拙だっただろうか。
妥協したと思われただろうか。
恥ずかしくて、顔を上げられない。
「コレ、イイ。スゴク、イイ」
アナンが声を発してくれた。
思わず見る。
「どういうところが?」
先生が聞く。
「ソウゾウスル、カンガエル、サキ、タノシイ」
アナンが大きく手を振りながら話し出す。
「ミンナ、チガウ、カンガエル、チガウ、ダカラ、タノシイ」
自然と涙が溢れる。
そんな感じだった。
描いていて、自分でも分からなかったの。
この絵と向き合うたびに、見える『完成』が違ってしまって、どれが正解か分からなかった。
私が筆を置いたのは、描けなかったからじゃない、描きたくなかったから。
私の中のひとつの『完成形』に納めたくなかったから。
「ありがとう……アナン」




