第13話 A
エミリの家に行った後だと思う。
ママはとても不機嫌に電話を掛けてきた。
「今すぐ来なさい」
断れば、何をされるか分からない。
従っても、何かされるわけだけど、逆らうよりはマシだ。
「すぐにって言ったでしょ!」
家に着くなり、ママの足が飛んできた。
立っていられなくて、腹を擦りながら跪いた。
「エミリに何を吹き込んだの?」
「本当の事を言った」
「本当の事?あなた頭がおかしくなったの?誰が信じるって言うのよ」
「エミリは信じていなかった?」
「ちっ。いいからシャワー浴びてきなさい」
黙って従った。
……最悪な夜だった。
そして更に最悪なのは、その時、携帯を忘れてきてしまったことだ。
仕方がない。返してもらいに行かないと。ミーナに、エミリ経由でだけど……連絡しないと。
「はぁ」
ピンポーン
「あら。どうしたの急に。連絡くらいしなさいよ」
「その、連絡手段を忘れて行ったんだ。取りに来ました」
「どうぞ」
男の人の靴がある。
「ま、予定に無かったけど、来ちゃったのならしょうがないわ。こっちに来なさい」
まさか……エミリのお父さんじゃ……胃が縮みあがる。
「紹介するわ。息子のアナンよ」
眼鏡をかけた痩せた男性がいた。
ホッとしてしゃがみそうになった。
「初めまして。お母さんと親しくさせてもらっている山本と申します」
「アナンです。母をよろしくお願いします」
ママはターゲットを変えたのか。
そもそもターゲットは複数いるのか。
「アナン、携帯を取ったらさっさと失礼して頂戴。野暮ね」
「ごめん。すぐ行くよ」
良かった。
これでエミリのお父さんへの執着は薄くなるだろう。
山本さんなら騙されてもいいというわけではないが、エミリのお父さんだけはやめて欲しかったから、今はこれでいい。
◆
いろんなバイトがバラバラと入っているけど、連休の初日がぽっかり空いている。
ママに別のターゲットがいたことも知らせたいから、エミリに電話した。
「どうしたの?」
すぐに出てくれた。
「ミーナに箱根に誘われた」
「言えたんだ!私たちの絵が展示されることになったの」
「へえ。すごい。それで、空いてる日をエミリに知らせる事になってて」
「なんで?直接、言えばいいのに」
「携帯が無くて、連絡先を交換できなかったんだ」
「そういうこと」
「それと……エミリのお父さん……なにか変化あった?」
「変化?さあ?どうして?」
期待をさせすぎるのはよくないけど、不安な気持ちは取り除いてあげたい。
「お父さんとは別の、恋人らしき人を紹介されたんだ」
「まじで?」
「ああ。だからもしかして振られたかなって」
「仕事であんま家帰ってこないからなぁ。今度会ったら、注意深く観察しておく。ありがとね。アナンは大丈夫だった?」
普通、あの行為を『大丈夫』とは言わないだろう。
でも、それを正直にエミリに教える必要はないはずだ。
「問題ない」
ほんの少し間が開いたかな。
エミリは何かを読み取ったかもしれない。
「ならよかった」
話を合わせてくれてありがとう。
「ところでアナン、みいなには九条さんっていう素敵な恋人がいるから狙っても無駄だよ」
「なんだよ急に」
「織田さんから聞いちゃったんだよね。アナンがカフェラテの美女に片想いしてるって」
「片想いなんかじゃ……」
エミリが変なこと言うから、体中から汗が吹き出てきた。
「まあ。私たちは、みいなと九条さんのデートを邪魔しないようにしないとね」
「オーケー」
エミリはみいながボクと同じ仕打ちを受けてると気付いてないんだ。
そうだよな。友達には絶対に知られたくないことだ。気を付けよう。
◆
ボクは来日してから街を出たことが無い。
用事は近くで済むから行く必要がなかった。
そもそも行きたいと思うところも特にない。
「でも、さすがに……」
手持ちの服はアメリカから持ってきたボロボロのものばかりだ。
あまりお金は使わないようにしてきた。
けど、箱根に行く前に新しいのを買おう。
本当はみいなに付いて来て欲しい。
でも、九条さんにバレるとマズイ。
エミリを誘ってみるか?
趣味が違いすぎるか。
迷った挙句、オダ先輩に頼むことにした。
「ショッピング、オネガイシマス」
「はい?」
「フク、カウ、オネガイシマス」
「ああ。いーよ。付き合ってやるよ」
先輩は良い人だ。
「アナンは色が黒いから爽やかな色が似合うと思うんだよなぁ」
なんて言ってるか分からないが、先輩は白いTシャツを当ててくる。
「ノー、ホワイト」
「え?だめ?」
だめ。すぐ汚れる。
「じゃあ、これとか?」
青と黄色のチェックのシャツ。
「オッケー」
シャツとスニーカーを買った。
ジーンズは欲しかったけど諦めた。高すぎる。
「アナンさ、この後、暇?」
「ハイ」
バイトが終わってから買い物に付き合ってもらって、もう夜だ。
「俺んち来ない?」
「ナンデ?」
「見せたいものがある」
そう言われて、付いて行った。
先輩の家は駅から近くて、新しいマンションだった。
「スゴイ」
「親が仕送りしてくれんの。あ、分かんねぇか。ダディーがリッチ」
「Ah……」
「上がれよ」
キッチンに立っていたら、先輩がクローゼットから段ボール箱を取り出した。
「気に入ったのあったら持って行けよ」
「ナンデ?」
「着てないんだよ。捨てんのもめんどくせえし、アナンが良ければだけど……ユーズドはノーか?」
まさか!欲しいに決まってる。
「ホント?イイ?」
「良いっつってんだろ。まじで、今、見ただろ?ここ、入れてるだけ。俺、着ない……って、なんかお前みたいなしゃべり方になっちゃっただろ!」
「ハハハハ」
先輩は面白くて良い人だ。




