ー第3節 憑き物が落ちた少年の涙と、賢者が示した新しい道
第3節 憑き物が落ちた少年の涙と、賢者が示した新しい道
カイルは唇を噛み締めた。
分かっている。心のどこかでは、復讐なんて虚しいだけだと気付いていた。でも、怒りを燃やし続けなければ、悲しみに押し潰されてしまいそうだったのだ。
「……どうすればいいんだよ」
カイルの声が震える。
「俺には剣しかない。でも、人を守るためじゃなく、殺すために剣を振ってきた。今さら、どう生きればいいのか分からないんだ」
「剣しかないなら、剣で生きればいい」
オズワルドは懐から、一本の剣を取り出した。それは彼がかつて愛用していた予備の剣で、魔法付与が施された業物だ。
「やるよ」
「え……?」
カイルが受け取ろうとすると、オズワルドはその剣をカイルの足元に突き刺した。
「ただし、条件がある」
オズワルドの目が鋭く光る。
「その剣は『守る』ためにしか抜くな。自分の命を、大切な人を、あるいは通りすがりの猫でもいい。誰かの未来を守るために剣を使え。そうすれば、お前の剣技は錆びつかない」
カイルは突き刺さった剣を見つめた。
曇りのない、美しい刃。
「守るための……剣」
彼はそっと柄に手を伸ばした。冷たい感触が、熱くなっていた頭を冷やしてくれる。
「もしその約束を破って、またつまらん復讐のために剣を抜いたら……その時は私が地獄の果てまで追いかけて、お尻ペンペンの刑だ」
「ぶっ……!」
シリアスな空気をぶち壊すオズワルドの言葉に、カイルは思わず吹き出した。
「なんだよそれ、子供扱いすんな!」
「子供だろうが。鼻水垂れてるぞ」
リナがハンカチを差し出す。
「……うるせえ」
カイルは乱暴に顔を拭ったが、その目から殺意の光は消えていた。
『お、味が変わったな』
杖の先で、おつまみがくんくんと鼻を鳴らした。
『さっきまでの腐った泥みたいな匂いが消えて、今は……そうだな、雨上がりの土みたいな匂いだ。まだ少し泥臭いが、これから何か芽が出そうな、いい匂いだ』
「ほう、それは楽しみだな」
オズワルドはカイルの肩を叩いた。
「どうだ、カイル。しばらく私たちの用心棒でもするか? リナは魔法は凄いが、近接戦闘はからっきしでな。お前みたいな猪突猛進な剣士がいると助かる」
カイルは少し考え込み、そして剣を引き抜いた。
「……用心棒代、高いぞ。飯代とおかわり代も込みだ」
「交渉成立だな」
こうして、一行に新たな仲間が加わった。
元賢者の老人(見た目は青年)、余命一年の天才魔法少女、そして復讐を捨てた少年剣士。
凸凹なトリオは、夕闇に包まれた帝都を後にした。
「次はどこへ行くんですか、師匠?」
リナが尋ねる。
「そうだな。南の海が見たいな。魚が美味いらしい」
「海! いいですね!」
「ケッ、海なんてただの水溜まりだろ」
カイルが悪態をつくが、その声は弾んでいる。
オズワルドは夜空を見上げた。
星が綺麗だ。
数十年生きてきて、世界は残酷なままだと思っていた。だが、捨てたものでもない。
少なくとも、今夜の酒は美味そうだ。
「おつまみ、魔力は足りてるか?」
『おうよ。カイルの憑き物が落ちた時のエネルギー、デザートとして頂いたぜ。満腹だ』
「ならよし。行くぞ、若者たちよ。夜は長い」
オズワルドの杖が微かに光り、三人の足取りを軽くする。
彼らの旅は、まだ始まったばかりだ。
命の循環を止めるような悲劇を、笑いと食欲と、ほんの少しの魔法で塗り替えていく旅が。
(第4章へ続く)




