ー第2節 復讐は味が悪いというグルメな理由と、少年の強制連行ツアーの始まり
第2節 復讐は味が悪いというグルメな理由と、少年の強制連行ツアーの始まり
「馬鹿だな、お前は」
オズワルドはカイルの額を指で弾いた。デコピンの威力とは思えない衝撃に、カイルは後ろにひっくり返った。
「痛ってぇ! 何しやがる!」
「死んで天国? 会えるわけないだろう。自殺と他殺をセットでやった奴が行けるのは、せいぜい地獄の釜茹でツアーだ」
「なっ……!」
「それにだ。お前の復讐心、こいつが『不味い』と言っている」
オズワルドは杖の先のおつまみを指差した。
「不味い?」
「そうだ。ドロドロしてて、暗くて、何の生産性もない。そんな感情で人を殺しても、誰も救われんし、お前の腹も満たされん」
オズワルドは立ち上がり、カイルを見下ろした。
「決めた。お前、しばらく私に付き合え」
「はあ!? ふざけんな! 俺は敵国の奴となんか……」
「拒否権はない。お前は私を殺そうとした。その罪滅ぼしだ」
オズワルドが指を鳴らすと、カイルの身体がふわりと宙に浮いた。拘束魔法だ。
「わ、わわっ! 降ろせ! 変な魔法使うな!」
「暴れるな。落ちても知らんぞ」
「師匠……また拾うんですか?」
リナが呆れたように言った。
「拾うんじゃない。教育的指導だ。このまま放置すれば、こいつはまた別の誰かを襲って、本当に処刑されるだろう。それは目覚めが悪い」
オズワルドはニヤリと笑った。
「それに、不味い料理を美味く作り直すのも、一流の料理人の腕の見せ所だろう?」
こうして、復讐に燃える少年カイルは、強制的にオズワルド一行に加えられた。
彼らの「更生プログラム」は、シンプルかつ強引なものだった。
まず連れて行かれたのは、帝都で一番人気のレストランだった。
「食え」
オズワルドは、カイルの前に山盛りの料理を並べた。肉汁したたるローストビーフ、新鮮な魚介のスープ、ふわふわのパン。
カイルは拘束を解かれたが、警戒心丸出しで腕組みをしている。
「……毒が入ってるかもしれないだろ」
「毒など入れん。そんなもったいないことするか。ほら、リナも食ってるぞ」
隣では、リナが幸せそうな顔でスープを飲んでいる。
「ん~! 美味しい! カイル君も食べなよ。これ、すっごく美味しいよ」
「……うるさい。敵国の女に言われたくない」
カイルは頑なだった。だが、腹の虫は正直だ。グゥ~ッという盛大な音が店内に響き渡る。
カイルは顔を真っ赤にした。
「……一口だけだ。毒見してやる」
震える手でフォークを取り、ローストビーフを口に運ぶ。
咀嚼する。
その瞬間、カイルの目が見開かれた。
肉の旨味が口いっぱいに広がり、空っぽだった胃袋を優しく刺激する。彼は路地裏で残飯漁りをして生きてきた。温かくてまともな食事など、何年ぶりだろうか。
「……う、うまい……」
涙がこぼれそうになるのを必死で堪えながら、カイルは猛然と食べ始めた。
「おかわりだ! もっと持ってこい!」
「いい食べっぷりだ」
オズワルドは満足げにワインを傾けた。
食事が終わると、次は「絶景ツアー」だった。
オズワルドは転移魔法を使い(おつまみの魔力変換のおかげでコストゼロだ)、帝都を一望できる時計塔の頂上へ移動した。
夕暮れ時。街はオレンジ色に染まり、家々には明かりが灯り始めていた。
「見ろ、カイル。これが、お前が憎んでいる国だ」
オズワルドは手すりに寄りかかり、街を指差した。
「あそこの広場では、子供たちが笑って走り回っている。向こうの市場では、おばちゃんたちが値切り交渉で大声を上げている。……お前の両親を殺した奴らもいるかもしれないが、あそこで暮らしているのは、ただの人間たちだ」
カイルは黙って街を見下ろした。
復讐心に囚われていた時は、全ての人間が悪魔に見えた。だが、こうして高い場所から見ると、そこにあるのはありふれた日常だけだ。
「……だから何だ。俺の家族は帰ってこない」
「そうだ。帰ってこない。だが、お前は生きている」
オズワルドは静かに言った。
「死んであいつらに詫びるんじゃなく、生きてあいつらの分まで美味いもんを食って、綺麗な景色を見る。それが一番の供養だと、私は思うがね」




