第3章 第1節 国境を越えた先にある敵意と、路地裏でギラつく少年剣士の殺意
第3章 復讐の連鎖を断つ
第1節 国境を越えた先にある敵意と、路地裏でギラつく少年剣士の殺意
アルカディアを出発してから半月。オズワルド一行は、かつて敵対していた隣国「ガレリア帝国」の首都、帝都ベルンハルトに到着していた。
「ほほう、ここが帝都か。ずいぶんと様変わりしたな」
オズワルドは街の大通りを歩きながら、感心したように石造りの街並みを見上げた。かつては鉄と火薬の臭いが充満する軍事国家だったが、今では芸術と商業の都として生まれ変わろうとしているらしい。
「師匠、この国の人たち、なんだか私たちを見ていませんか?」
隣を歩くリナが、少し怯えたようにオズワルドのローブの裾を掴んだ。彼女は今、オズワルドが調達した特注の魔導杖を抱えている。自身の過剰な魔力を制御し、おつまみに供給するためのパイプ役となる杖だ。おかげで顔色はすこぶる良いが、周囲の視線には敏感だった。
「気にするな。美男美女のカップルだと思われているだけだ」
「……おじいちゃんとお孫さん、の間違いでは?」
「中身はな。だが外見は兄と妹、あるいは若い師匠と弟子だ。胸を張れ」
オズワルドは軽く笑い飛ばしたが、リナの感覚は間違っていない。平和条約が結ばれて久しいとはいえ、アルカディア人に対するガレリア人の感情は複雑だ。特に、戦争で家族を失った者たちにとっては。
『おい、ジジイ。なんか不味そうな気配がするぞ』
杖の先で、おつまみがげんなりとした声を上げた。
『腐った泥水みたいな、ジメジメした殺気だ。あー、食欲失せる』
「お前が食欲を失くすとは珍しいな。どの辺りだ?」
『あっちの路地裏。……来るぞ』
オズワルドが視線を向けた瞬間、路地の影から何かが飛び出した。
それは疾風のような速さだった。抜身の刃が、夕日を反射してぎらりと光る。
「死ねッ! アルカディアの犬め!」
裂帛の気合いと共に突っ込んできたのは、少年だった。年齢はリナと同じくらいか。ボロボロの衣服に身を包み、痩せこけてはいるが、その瞳だけは異様にギラついている。
狙いはオズワルドの首。迷いのない、殺すための剣筋だ。
「きゃっ!?」
リナが悲鳴を上げる。
だが、オズワルドは動じない。剣が喉元に届く寸前、彼はあくびを噛み殺しながら、人差し指と親指でその刃を「パチン」と摘んだ。
「……は?」
少年が凍りつく。全力の突きが、たった二本の指で止められたのだ。
「な、なんだお前……! 放せッ!」
少年は必死に剣を引こうとするが、万力で固定されたようにびくともしない。
「威勢がいいな、坊主。だが、剣の手入れがなってない。こんな刃こぼれだらけの剣じゃ、大根も切れんぞ」
オズワルドは指にほんの少し力を込めた。
パキン、という乾いた音がして、鋼鉄の剣があっさりと折れた。
「あ……」
少年は折れた剣を握りしめたまま、尻餅をついた。絶望と恐怖、そして何より激しい屈辱がその顔を歪める。
「くそっ、くそぉぉぉッ! なんでだ! あと少しで、仇が討てたのに!」
少年は地面を殴りつけた。拳から血が滲むのも構わず、獣のように咆哮する。
「俺は死ぬ気だったんだ! お前らを殺して、俺も死ぬ! それだけが俺の望みだったのに!」
その姿を見て、通行人たちが遠巻きにひそひそと囁き始めた。
「あの子、またやってるわ」
「戦争孤児だろう? 可哀想に、心が壊れちまったんだ」
オズワルドはため息をつき、おつまみに問いかけた。
「どうだ、おつまみ。今の感情は」
『ぺっ、ペッ! 激マズだ! ただの『負の感情』なら好物だが、こいつのは『腐敗した執着』だ。煮詰まりすぎてて焦げ臭い上に、カビが生えてる。こんなもん食ったら腹壊すぞ』
「なるほど。復讐というのは、観測者様のお口にも合わんらしい」
オズワルドは少年の前にしゃがみ込んだ。
「おい、坊主。名前は?」
少年は睨みつけたまま答えない。
「答えんか。答えないなら、その折れた剣でお前の服を切り刻んで、パンツ一丁で大通りを歩かせるぞ」
「……カイルだ!」
少年――カイルは顔を真っ赤にして叫んだ。
「そうか、カイル。いい名前だ。で、私を殺してどうするつもりだった?」
「そんなの決まってる! お前らは俺の父ちゃんと母ちゃんを殺した国の人間だ! 殺して、俺もここで死刑になる! そうすれば天国で父ちゃんたちに会える!」
典型的な、視野狭窄に陥った復讐者の論理だ。
オズワルドは、かつての戦場で数え切れないほど見てきた、この手の瞳を思い出していた。




