ー第3節 空飛ぶ病人と、新たな生き方の獲得
第3節 空飛ぶ病人と、新たな生き方の獲得
「きゃあああ!」
リナは悲鳴を上げたが、すぐにそれは歓声に変わった。
身体が軽い。いつもなら呼吸をするだけで胸が痛むのに、今は深呼吸をしても苦しくない。溢れ出る魔力が翼となり、風を切り裂いて上昇していく。
「目を開けろ、リナ。これがアルカディアの全景だ」
いつの間にか隣に浮いていたオズワルドが言った。
リナは恐る恐る目を開けた。
眼下には、おもちゃ箱をひっくり返したような街並みが広がっていた。人々が豆粒のように動き、遠くには煌めく海が見える。風が頬を打ち、太陽が近い。
「私、飛んでる……! 本当に、飛んでる!」
涙が溢れた。今度の涙は、悲しみのものではなかった。
「ああ、飛んでいるとも。お前のその『死に至る病』が、今お前を空へ運んでいるんだ」
オズワルドは空中で腕組みをして、リナを見守った。
「どうだ。来世を待つのと、今こうして飛ぶのと、どっちがいい?」
「……今がいい! 断然、今がいいです!」
リナは叫んだ。
「もっと高く! もっと遠くへ!」
彼女の意思に呼応して、光の翼が大きく羽ばたく。
彼らはしばらくの間、雲の間を縫うように飛び回った。
それは医学的にはあり得ない光景だった。余命いくばくもない少女が、大魔導師級の飛行魔法を行使しているのだから。しかし、おつまみという「例外」が介在することで、矛盾は成立していた。呪いは消費され、命を削る代わりに命を輝かせる燃料となっていた。
やがて夕日が空を茜色に染める頃、二人は公園に戻ってきた。
地面に足がついた瞬間、リナはへなへなと座り込んだ。
「はぁ、はぁ……」
息は荒いが、その顔色はかつてなく。
「はい……。私、まだ生きてます」
「ああ。そして明日も明後日も、お前がその呪いを燃やし続ける限り、お前は生きられる。ただし、楽な道じゃないぞ。常に全力で生きなきゃならんからな」
オズワルドはニッと笑った。
「どうする? 私の弟子になるか? 暇つぶしに、その過剰な魔力の使い方を教えてやってもいい」
リナは一瞬きょとんとしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「お願いします、師匠! 私、もっと色んなことがしたいです。美味しいものも食べたいし、恋もしたいし、この世界中の本を読み尽くしたい!」
「欲張りなことだ。だが、それがいい」
オズワルドはリナの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「欲があるうちは死なんよ。さあ、行くぞ。腹が減った」
「はい!」
リナはオズワルドの背中を追って歩き出した。
その背中には、もう死の影は見えない。
彼女は悟ったのだ。病が消えたわけではない。呪いが解けたわけでもない。
しかし、それを「不幸」と捉えて縮こまるか、「燃料」として燃やし尽くすかは、自分次第なのだと。
『へへっ、あの子、いい顔になったな』
おつまみがこっそりオズワルドに話しかける。
『でもお前、弟子なんて取っていいのか? 隠居生活はどうした』
「隠居? 何のことだ」
オズワルドはとぼけた。
「ここは極楽だぞ。極楽には、賑やかな住人がつきものだろう」
夕暮れの街を、元老賢者と余命一年の天才少女、そして謎の毛玉が歩いていく。
新たな騒動の予感を孕みつつ、奇妙な師弟関係がここに結ばれたのだった。
(第3章へ続く)




