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第2章 第1節 公園の片隅で死を待つ少女と、甘美な絶望の香りに釣られた不審な賢者

第2章 呪いと祝福


第1節 公園の片隅で死を待つ少女と、甘美な絶望の香りに釣られた不審な賢者


アルカディアの街に居着いてから数日が過ぎた。

かつて「深淵の賢者」と呼ばれたオズワルド・アークライトは、いまや悠々自適な高等遊民として街に溶け込んでいた。古銭同然の金貨を換金して得た資金は潤沢で、宿は最高級、食事は三食美食三昧。若返った肉体はどれだけ歩いても疲れを知らず、どれだけ食べても胃もたれを起こさない。まさに極楽である。


「いやあ、素晴らしい天気だ。こんな日は昼からワインでも開けたいところだが」

オズワルドは公園のベンチで背伸びをした。街の中央にあるこの公園は、噴水の水音が心地よく、平和な昼下がりの象徴のような場所だ。


『おい、ジジイ。さっきから美味そうな匂いがするぞ』

杖の先で、おつまみが鼻(があるとしたらその辺り)をひくつかせた。

「美味そうな匂い? 屋台の焼き菓子か?」

『違う違う。もっとこう、冷たくて、鋭くて、それでいて諦めに満ちた……極上の絶望の匂いだ』

おつまみは興奮したようにプルプルと震える。

『あそこだ。あのベンチ』


オズワルドが視線を向けると、噴水を挟んだ向かい側のベンチに、一人の少女が座っていた。

年齢は十四、五歳ほどだろうか。色素の薄い亜麻色の髪に、透き通るような白い肌。膝の上には分厚い本が開かれているが、彼女の視線はページの上を滑るばかりで、内容は頭に入っていないように見えた。


美しい少女だった。だが、その美しさは、今にも壊れそうな硝子細工の危うさを伴っていた。

彼女の周囲には、目に見えない薄暗い靄がかかっている。それは魔法的なオーラではなく、彼女自身が発する「死の予感」だった。


「……なるほど。あれか」

オズワルドは立ち上がり、ゆっくりと少女に近づいた。

少女はオズワルドの接近に気づくと、ビクリと肩を震わせて顔を上げた。その瞳は深い湖のように静かで、そして光がなかった。


「隣、いいかな?」

オズワルドが柔和な笑みを浮かべて尋ねると、少女は少し迷ったように視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。

「……どうぞ。ここは誰のものでもありませんから」

声は鈴を転がしたように美しいが、どこか掠れている。生命力が希薄だ。


オズワルドはどっかりと腰を下ろした。

「難しい本を読んでいるな。『古代ルーン文字の体系的解釈』か。アカデミーの学生でも途中で投げ出す代物だぞ」

「……ただの暇つぶしです。私には、あまり時間がありませんから」

少女は自嘲気味に微笑んだ。

「時間がない?」

「はい。余命一年、と宣告されています」


少女――リナは、淡々と語り始めた。

彼女は生まれつき、稀有な魔力回路を持っていた。それは「天賦の才」と呼ばれるものだが、同時に彼女の身体を内側から蝕む「呪い」でもあった。魔力が強すぎて、肉体が耐えきれないのだ。この世界では「魔力過多症」と呼ばれ、治療法は確立されていない。


「魔術師ギルドの先生たちも匙を投げました。薬で痛みを散らすのが精一杯だと」

リナは本のページをめくる。その指先は白く、血管が透けて見えた。

「だから、もういいんです。どうせ死ぬなら、せめて静かに終わりたい。そして願わくば……」

彼女は空を見上げた。

「次の人生では、健康な身体で、普通の幸せを掴みたい。そう願うことだけが、今の私の救いです」


『うへぇ、甘ったるい絶望だなぁ! 「来世に期待」なんて、一番味が濃いんだよ』

おつまみが脳内で歓声を上げる。オズワルドは杖をコツンと地面に突き、心の中で「黙ってろ」と相棒を叱咤してから、リナに向き直った。


「来世、か」

オズワルドは鼻を鳴らした。

「ふん、つまらんことを言う」

リナが驚いたようにオズワルドを見る。

「……え?」

「次の人生? そんなものがあるかどうかなんて、誰にも分からん。神様だってサイコロ遊びに夢中で、お前の次の席を用意し忘れるかもしれんぞ」


オズワルドの言葉は冷徹だった。だが、それは残酷さゆえではなく、事実を突きつける現実主義者の響きを持っていた。

「いいか、お嬢さん。不確かな『次』に賭けるより、確かな『今』をどうにかする方が、よほど建設的だとは思わんか?」

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