ー第2節 変人賢者の墓参りと、若返った肉体の使い道
第2節 変人賢者の墓参りと、若返った肉体の使い道
若返ったとはいえ、オズワルドの精神は八十年の風雪に耐えた老人のままである。鏡を見るたびに「誰だこの若造は」と突っ込みたくなる違和感は拭えないが、身体が軽いというのは、それだけで思考を前向きにさせる効果があった。
「さて、おつまみ。とりあえずお前の食事は何だ? 魔力か?」
オズワルドは荷物をまとめながら尋ねた。隠遁生活を終え、山を降りることにしたのだ。この塔に引きこもっていても、「ここを楽園にする」という謎のミッションは達成できそうにない。
『魔力も食うが、一番の好物は人間の”負の感情”だ』
杖の先にしがみついたまま、おつまみが答える。
『絶望、悲嘆、虚無感、自己否定。そういうドロドロしたやつが大好物だ。それを俺様が食うと、変換された純粋なエネルギーがお前に還元される。つまり、お前は魔法を使う時のコストがゼロになるどころか、周りを元気にするってわけだ』
「……趣味が悪いな」
「エコと言ってくれ。誰かの不幸を食って、奇跡に変える。素晴らしい循環だろ?」
オズワルドは肩をすくめた。まあ、副作用がないなら便利ではある。
山を降りる前に、オズワルドは塔の裏手にある小さな墓地へと足を運んだ。そこには三つの墓標が並んでいる。かつて共に世界を救った仲間たち――剣聖、大司教、そして陽気な盗賊の墓だ。彼らは皆、寿命や病で先に逝った。
「よう、お前たち。久しぶりだな」
若返った声で語りかけるのは奇妙な気分だった。
「私はもう少し、こっちで遊んでいくことになったよ。なに、お前らの分まで美味い酒を飲んで、面白い景色を見てやろうというだけだ。……羨ましがるなよ、ハンス。お前の好きだったエルフの踊り子がいる店にも、顔を出してやるから」
墓石に積もった雪を素手で払う。冷たさを感じない。若さとは、熱量そのものなのだと思い知らされる。
「さて、行くか」
オズワルドは杖をひと振りし、風を纏って宙に浮いた。かつては膝の痛みと相談しながら使っていた飛行魔法も、今では呼吸をするように自然に発動できる。
眼下に広がる雪原を越え、森を抜け、数時間後には麓の街「アルカディア」が見えてきた。
かつては小さな宿場町だった場所だが、平和な時代が続き、交易の要所として大きく発展していた。石造りの建物が並び、市場には活気が溢れている。しかし、オズワルドの「老練な目」は、その繁栄の影にある澱みを見逃さなかった。
路地裏の薄暗がり、人々の早足の背中、そして空気中に漂う微かな閉塞感。
『おいおい、匂うぞ。極上の不幸の匂いだ』
おつまみが嬉しそうに身を震わせた。
『特にあそこだ。あの橋の上。最高のディナーがありそうだ』
オズワルドが視線を向けると、街の中央を流れる運河にかかる石橋の上に、一人の青年が佇んでいた。欄干に身を乗り出し、じっと暗い水面を見つめている。
身なりは悪くない。だが、その背中からは「もうどうにでもなれ」という、投げやりで虚無的な空気が立ち上っていた。
「……なるほど。あれがお前の言う『循環を止めるような悲劇』の種か」
オズワルドは静かに高度を下げ、橋のたもとにある広場の影に着地した。誰も、空から舞い降りた美青年に気づかない。認識阻害の魔法を無意識にかけていたらしい。やはり身体のキレがいい。
「よし、少しお節介を焼くとするか」
オズワルドは杖をつき、コツコツと音を立てて橋へと歩み寄った。




