第二十九章
ヘルトランドは驚いた。
出てきた『英雄裁判』という単語にだけではない、今度ははっきり聞こえた声から、若い女のものだと分かったからだ。
「女か?」
かかっていた薄衣のような雲が晴れ、月の光が増し、辺りがうっすらと青みがかった闇になる。
そこに全身黒づくめで、顔も隠した一人の背の低い影が立っていた。
華奢な体型、やはり女だ。
「何者だかは知らないが、やめておいた方がいいと思うぜ」
どう猛に言い放ちながら、ヘルトランドは黒ずくめの女の武器を確認した。
右手に握るようにして細い金属の棒がある。
──針か!
瞬間、女が駆けた。
咄嗟に剣を振ったヘルトランドは目を剥いた。
女は異常に早かった。
前傾姿勢になり、倒れ込むように走る『縮地』と呼ばれる走法だが、当然彼は知らない。
「ちっ」ヘルトランドは素早く左側の死角に入ろうとする女に対し、身体の向きを変えようとするが、ざざざざと疾走する女の速度に対応できない。
まるで毒蛇が草むらを進むように、彼女はにじり寄ってくる。
「くそっ」
女が飛びかかり、ヘルトランドは間一髪左腕で払った。
ちくりとした痛みが走る。
「う!」彼は愕然とする。
左腕に小さな針が刺さっていた。と、すぐに違和感が腕全体に伝わる。
──毒か!
ヘルトランドは目の前の敵の正体を知り愕然とした。
「英雄裁判を覚えているな?」
女が闇のベールの向こうから今一度問うてくる。




