第二十八章
一度『偽証』で手を汚した彼の転落は早かった。
平気で罪なき人を自分の利益のために陥れ、金の額により味方を変え、弱く貧しいものの必死の叫びをあざ笑い、無視し、踏みにじった。
憲兵隊長という立場につき、しかも謀略の一翼を担ったヘルトランドは、嫌悪されながらも一目を置かれ、驚くほどの賄賂が毎日袖の中に入れられた。
ヘルトランドは嗤った、嗤いが止まらなかった。
かつての真面目さや正義感など無意味だったのだ。こうして悪を成す方が何倍も生きやすく楽しかった。
ベッティーナはすぐに取り返した。
汚職の罪を、彼女を愛人にしていた憲兵になすりつけて破滅させたのだ。
悪を制するのは巨悪だ。
そうして彼は我が世の春、愛するものとの贅沢な日々を味わった。
思った以上に出費が嵩む。
ベッティーナの金遣いは荒く、彼女は欲望に忠実で、見たもの聞いたものをすぐに欲しがった。
彼女のために、ヘルトランドはより悪辣になった。
幾多の自前の『罪』を作り出し、身分の高そうなものは避け、なるべく質の良い服を着ている身分が低そうなものへ、権力を盾に詰め寄った。
勿論、抵抗されたこともあった。
だが世の中何が吉と出るか分からない。ヘルトランドが『正しさ』の為に鍛錬した剣の技術が、逆らうものへの排除のため、有効に使われた。
最初の殺しは、彼によって財産を奪われた老人の抗議を黙らせる為に行った。
簡単だった。
簡単に、身の回りの問題は解決した。
邪魔な口は塞げばいいのだ。
だから塞いだ。幾人もの命を消して、彼を弾劾する声を一つ一つ確実に潰した。
ヘルトランドはいつのまにか身体の隅まで血に汚れきっていた。
だが問題はない、全て己の幸福のためだからだ。
──しかし……。
ランタンを持つ手から登る灯に照らされたヘルトランドの唇に、苦みが混じる。
ベッティーナは確かに美女だ。
異国出身のかけがえのない宝石……だが『維持費』がかかり過ぎる。
既に地位を得て、それなりの女が黙っても寄ってくる立場になったヘルトランドは、ベッティーナへの固執が、馬鹿らしくなった。
──あの女もそろそろか……。
ベッティーナが国随一の美女、と言う訳でもない。
夫婦として過ごしていく間に、いつの間にか彼はベッティーナの美にも倦みだしていた。
──ベッティーナが『アルカンド国のオーレリア』ほどの完璧な美であれば……。
ヘルトランドは夢想する。
自分が処刑台に送った『英雄』、アルカンドのアレクシスの妹・オーレリアと出会った時だ。
兄の死に悲嘆にくれていたオーレリアは、だが『完璧』だった……悲しみの姿さえも。
美の神とは彼女のことだろう。
「…………っ!」
と、不意に気づき、ヘルトランドは足を止めた。
「誰だ?」闇の中に誰何する。
何者か、気配と足音を消した何者かの接近を感知したのだ。
「さすがは腐っても憲兵隊長」
笑いを含む答えに、ヘルトランドはランタンを降ろした。
いつの間にか彼は街の中心部にたどり着いており、交差する道故に目の前に広場があった。
すっと、影が動く。
ヘルトランドはすらりと剣を抜いた。
磨かれた剣に、天に浮かぶ月がぎらりと反射する。
「英雄裁判を覚えているな?」




