第二十七章
ヘルトランドは『正しい』憲兵だった。
常に弱者の味方をして、賄賂の類を昂然と突っぱねて来た。
傷つけられるものたちを庇うため、傲慢な強者と戦うために、心身にむち打ち鍛えてきた。
どんな地位にいる人間にも等しく接し、決して権力に媚びなかった。
上役に嫉まれても、『正しさ』を追求する彼は意にも返さず、胸を張った。
出世が遅れる。
同期が汚い手を使い、悪事を見て見ぬふりをして上司にかわいがられ、どんどん出世をしていくのに、彼には声がかからなかった。
それでも良い、若いうちはそう思っていた。そうやせ我慢していた。
だが、嵐は突如やってくる。
いつも通り『正しく』憲兵として治安を守ったヘルトランドが、毎日の疲れを忘れるために日課の酒場通いをすると、一人の女と出会った。
ベッティーナ。
それが女の名前だった。
異国出身特有の、黒い艶々とした髪に、情熱的なやや浅黒い肌、そして真っ赤な唇。
ヘルトランドは一目でベッティーナの虜となってしまった。
彼はその日からベッティーナの働く酒場に毎日顔を出した。
艶やかな視線を投げて寄こす彼女に、猛アプローチした。
ベッテイーナも満更ではない様子で、ヘルトランドは彼女と二人だけの甘い生活を夢見た。
ベッティーナは簡単に、後輩の憲兵の愛人になった。
その男は犯罪者から金をもらい、罪を帳消しにするような人間だった。
だが、だからこそ金回りは良いのだ。そしてこの世界は、卑劣なものにだけ微笑む。
ヘルトランドは絶望した。絶望して地に墜ち、壊れた。
その時、狙い澄ましたように『その声』が彼にかけられる。
『英雄裁判』と呼ばれる、異国……アルカンド王国の王子の裁判で、王子が不利になる証言をする。
ただそれだけで考えられないほどの報酬と、決して届かないと諦めていた憲兵隊長への昇進が約束された。
壊れていたヘルトランドは容易く乗った。
そして裁判の席で、彼は見てないものを『見た』と言い、判決の流れの一つを担った。
だがそれについて悪いとは思っていない。
気づいたのだ。『この裁判は茶番だ』と。
だとすれば踊ってやるのが得だ。そう『得』なのだ。
今まで『損』ばかり選んできた彼だから、愛した女を奪われた彼だから、当たり前のように偽りの『得』を選んだ。
裁判は大方の筋道通り運び、王子の首は首切り役人の手により、刎ねられた。
だがそれが何だというのだ? 何が悪いというのだ? 自分の幸福を追求して何が悪いのだ? 嘘をついて、インチキをして何が悪いのか? 幸せになって悪いのか?
ヘルトランドはもう、かつての若かりし頃の理想に燃えた『正しい』人ではなくなっていた。




