第二十四章
「っかしよー」
チュイはコトフとランタンを手に夜道を歩いていた。
ヘルトランドと別れて、憲兵隊の兵舎への帰途についているのだ。
「ヘルトランドの奴、金をほとんどてめえのものにしやがって。働いたのはこっちだっつーのに」
「仕方ないさ、奴は『隊長』様だからな」コトフが大きな肩をすくめてみせる。
「へっ」とチュイは石畳に唾棄した。
「ヘルトランドは何年か前まで、役立たずで全然出世の見込みはなかった野郎だぜ。それが一度の運で隊長様かよ」
「ああ、上手くやったもんさ……『英雄裁判』だっけ? あの生意気な外国の若造が身の程を知ったのは」
「そうそれよ……はあ、俺にもそんな幸運来ねえかなぁ」
「おい、チュイ」
コトフが眉をしかめ、周囲を確認した。
時間帯か場所故か、人の姿はもう無い。
「その話題にはあまり触らない方が良いらしいぜ」
「なんでだよ? 我が偉大なるエリディスの法の力を見せつけた、偉業だろ?」
「お前すっかり酔っているな」コトフはため息をついた。
「いいか、『英雄裁判』については禁句だ。ヘルトランドの奴もそれだけが手柄なのに、一度も自慢しないだろ? あれはヤバいんだ」
「ヤバい?」と更に聞こうとしたチュイだが、ふと尿意を覚え、ちょうどあった近場の路地に入る。
「わりい、先行っててくれ。俺しょんべん」
「わかった」
コトフを見送ることなく、チュイは路地の半ばまで進み、ランタンを地面に置くとズボンを降ろす。
「ちっ」と舌打ちをした。
右腕が上手く動かない。彼の心が不安に翳った。
一体いつからこうなったか覚えていないが、突然腕から力がするりと抜けた。
慌てて医者に駆け込んだが、「蛇にでも噛まれましたか?」とふざけたことを聞かれる。
そんな記憶はない。そもそもそんな毒を持つ蛇が街にいるはずがない。
チュイは医者を怒鳴りつけて帰った。
すぐに治るだろうと高をくくっていたのだ。
だが、それから今まで右腕に力が入ることはなかった。それどころか、最近は腕全体が青みがかって来ている。
──冗談じゃねー!
チュイは放尿しながら、田舎の母親を思った。
長患いをしていて、彼の送る金だけを頼りに生きている。
早くから父がいなく、母一人に育て上げられた彼は、母に孝行したいが一身で武術を学び、憲兵になったのだ。
「こんな所で躓いてられるか……」
次の瞬間、チュイの首に何かが巻きついて、喉を絞め上げた。
サイモンはチュイとコトフをつけ、二人が人気のないところで別れるのを待った。
もう一人と同時に、との作戦もあるが、彼はそれほどデイミアンを信頼していないのだ。
折良くチュイは用を足すために狭い路地に入り、彼に機会を与えた。
サイモンは端に錘がついている輪にした真鍮線を投げ、それは見事にチュイの首にくるくると絡みついた。
ぐぐっと力を入れると、気管を絞められ声も出せないチュイの肉体が引き寄せられる。
チュイは苦しみに足掻いたが、もはやその体勢は完成し、彼が逃れる術はない。
がりがりと真鍮線を取ろうとチュイが喉を引っ掻く……無駄だ。
「う、うう、母ちゃん……」
チュイが微かに呻くが、サイモンは彼の背中を足で踏んで押さえて真鍮線にさらに力を入れ、首をぐっと絞めた。
その後、すぐにチュイは紫色の舌を突き出し、白目を剥いて死んだ。
サイモンは蝋燭に火を灯しチュイの脈を確認すると、呟く。
「自分の家族を思うのなら、どうして他人を傷つけた? そいつにも家族はいるのに」
それだけ残して、彼は闇に消える。




