第十八章
ぐっと肩を掴まれる。
デイミアンだ。
小屋は何かの騒ぎの中にあった。
完全武装のヘルトランドが睨みを利かせるようにその前に立ち、中で誰かが暴れているような音と悲鳴がする。
「我々憲兵は、この小屋のパン屋の男シームを、昨今近辺で起きている窃盗事件の犯人と断定した。今は治安維持のための手段を講じている」
アインは吠えていない。
ルナが目をこらすと、血まみれの犬が横たわっている。
感情が沸騰し、思わずルナはかんざしから針を抜いた。
──シームを助けないとっ!
「ダメだ、ルナ」
デイミアンの腕を「離せ!」と振りほどこうとしたが、それはまるで石のように硬く動かない。
「その手を離せデイミアン!」
ルナは振り返り、はっと緊張に全身を硬直させた。
彼は剣を抜いていた。
「お前がこの件にこれ以上首を突っ込むのなら、俺がここで斬り捨てる。これ以上は俺たちの素性がばれる可能性が高いからな」
ルナも針を構え、デイミアンの首筋、胸部など致命の一撃のポイントに目を走らせた。
二人の間に冷たい殺気が立ちこめる。
一触即発の雰囲気だ。
「邪魔をするな! 私のせいだ! 私が余計なことをしたんだ!」
「そうだ」対峙するデイミアンの言葉は冷ややかだ。
「お前が余計なことをしたからこうなった。これからもそうするつもりか? 俺たちの目的も『余計なこと』をしてダメにするのか? だったら俺はお前を今始末する……茶番の裁判ごっこに嵌められた兄の仇討ちは良いのか?」
はっとルナの熱した頭に冷気が降りる。
「俺達の目的は何だ? パン屋の為に命をかけることか? 違う。この国の王族を抹殺することだ。こんな場所で暴れて正体が露見するリスクは取るべきじゃない」
がたがたとルナが震えた。己の無力に思い至ったのだ。
手にある長い針、彼女の必殺の武器が徐々に滲んでいく。
──お兄様……アレクシスお兄様……。
彼女の心の中で、赤い髪の勇ましい若者が微笑んでいた。
えん罪を着せられた裁判でも決して誇りを失わず、酷い判決に絶望も見せず、泰然と首を切り落とされた。
「もう良いだろ? 帰るぞルナ」デイミアンがかちゃりと剣を鞘に戻した。
小屋からの音は途切れている、声も聞こえない。
「分かった」とルナは針をしまい背を向けた。
一人の若者が営んでいたパン屋に、一人の若者の運命に。
どうせ彼らは刺客、人助けは出来ないのだ。




