第十五章
よくよく観察してみないと悟られないだろうが、そこには数本の小さな『針』が刺してある。
全て、クサリヘビから抽出した『筋肉毒』にたっぷりと浸してある。
ただし、この場で大の大人を抹殺できるかは賭けだ。
──あるいは……。
ルナの意識が髪のかんざしへと向かう。
そちらのメインウェポンの『針』ならば、名のある憲兵隊長でも仕留められる。仕留められはする……が、彼女の正体は露見してしまう。
だが、眼前にはヘルトランドがいるのだ。
ルナが必死に殺意と戦っている間に、憲兵たちはへらへらと口角を上げた。
「随分と繁盛しているじゃねえか?」
チュイが代表して、嬲るようにシームに言った。
「何のようですか? 憲兵なんてウチには関係ありませんよ」
「俺たちにはあるんだ!」
コトフが威圧するかのように太い声で叫ぶ。
「まあまて」
わざとらしくヘルトランドが二人を制し、一歩踏み出す。
必殺の距離。
ルナはかんざしに仕込まれた『針』を抜こうか躊躇した。
彼女は懸命に欲求と抗う……ここでこいつらを殺せば一つ終わる……が、
──一人か。
ルナの目的はエリディス王国の王族全て……『あの』裁判に関わったもの全員だ。
一時の気の迷いに流されれば、全ての計画が瓦解してしまう。
「なあ、パン屋さんよ。俺らは言ったよな? 犬を飼うには許可がいるって……お前さんの店の前に繋がれている、あれはナンだ?」
「それは……」シームの顔色が翳った。
「俺たちだって法を守る為に働いている役人なんだぜ。お前さんだけにお目こぼしをする訳にはいかねーんだよ」
ヘルトランドは胸を反らして、並んであるパンを見回す。
「まあ、幸いあんたは腕の良いパン屋のようだから、犬を飼うための許可料は安くしておこうと考えいてる。何せこのエンディミオン市には優秀なパン屋が必要だからな」
ごほん、とヘルトランドは咳払いを一つした。
「銀貨二枚で勘弁してやる。これから毎月な……それで許可証は何とかしてやろう」
はっとルナは顔を上げる。
「騙されないで下さいシームさん! エンディミオン市で犬を飼うのに許可証なんていりません」
三人の憲兵の視線が、ばっとルナへと向いた。
「私はアイリス姫様付きの侍女です。ですから知っています、エンディミオン市に犬の許可書何てありません」
「黙れ! 小娘!」
ヘルトランドが顔を真っ赤に染めて怒鳴る。
「黙るのはあなた達の方です! 分かりました、ならば私の権限でアイリス姫様に直接判断していただきましょう。今から参ります」
ルナが扉へと向かおうとすると、
「辞めろ!」とヘルトランドが慌てた風に遮った。
「……どういうことだ?」
場を白けた雰囲気が占め、シームが語気荒くヘルトランドに食ってかかる。
「お前ら、オレを騙そうとしていたのか? 騙して金を取ろうとしていたのか?」
ぎりり、と三人の憲兵の誰かか奥歯を噛みしめる音がした。
「おいおい、そんなことしていーのかよ? エンディミオン市の憲兵様は市民に嘘をついて金をせびる、オレが直接申し出ようか?」
ヘルトランドたちの様子を見て真相に気づいたシームが、彼らを言葉で打擲する。
「それなら仕方ねーなー。憲兵本部にでも出向いて、憲兵隊長さんの上、憲兵司令官様に直接尋ねるしかねーなー」
もはやヘルトランドの頬はどす黒く変色し、目も血走っていた。




