第十二章
所詮、人は自分の欲望を優先する、自分勝手で浅ましい生物だ。
どんな貴族でも、どんな貞淑な女性でも、無邪気な子どもでも、例え王族だとしても、結局自分が一番可愛く、その自分が『得』をする機会を狙い続けている。
この国の国教たる翼のモニュメントに祈り跪く、聖カリステゥス教の信徒たちだって、自分の嬉しい、気持ちいいを優先させる。
野山のケモノと同じだ。
トルヴァドールのウィルは、ずっとそう思ってきた。
ずっと他人を軽蔑し、見下してきた。
『特別』な彼の生まれを思えば、仕方のないことかも知れないが、欲望に飛びつく人を、陰で笑い、貶めてきた。
だがそうでない者が現れた。
金と銀の髪を背でかんざしにより纏めている、眼鏡の侍女だ。
未だ市井の小娘のような粗末な服装の、取るに足らぬ娘の筈だった。
その娘がエンディミオン宮殿の一室にいるウィルの遙か先の廊下を、アイリスの衣服が入ったバスケットを手に持ち、横切っていく。
アイリスの服を洗濯係に引き渡すのだろう。
彼女を見ると、自然と手が頬を撫でた。
裕福そうでない者に金貨を落として見せてその反応を見るゲームを、いつも通り行った彼は、彼女にひっぱたかれた。
初めてだった。
こんなに強い怒気を浴びたのは。
興味を惹かれたウィルが調べると、その侍女はアイリス付きになった新入りで、ルナと言う名前らしい。
音楽の勉強しか興味のない、どうしようもなく我が儘なアイリス。
だが今は彼女の影響によりプロシア語を熱心に習い始めて、それで知る楽しみを知り、他の言語の勉強にもぼちぼちと手を伸ばし出した、との噂も聞いている。
人間は所詮、自分の欲望にだけ従う獣だ。
ウィルの持論がどうしてか彼女に通じない、だから彼はその化けの皮を剥ぐために、再びルナの前に立った。
「どうしました? ウィル様」
ウィルは整いすぎて、自分でも時に鬱陶しくなる美貌に極上の笑みを閃かせ、警戒するルナに語りかける。
「この間の無礼のお詫びをしようと思って」
「いりません」
にべもない返答だ。普通の女子なら、彼の誘惑にはあらがえない筈なのに。
「いや」とウィルは持ってきたリュートの弦を撫でて鳴らした。
「君の詩を作りたいんだ。君の美しさを讃えるために」
「冗談は終わりましたか? 私はアイリス様の元に帰ります」
ウィルはどきりと自分の心臓が跳ねるのを感じた。
ルナは微笑んでいる。だがそれは偽りの仮面だと、彼には分かる。
その奥にある素顔は、いったいどうなっているのか。
「なあ、ルナ。僕とそこらを歩かないかい? 当然君の主にも許可を取るし、退屈な思いはさせない」
「嫌です」
ウィルは自らの心がしぼむのを感じた。
不思議な感覚だ。
どうしようもなくがっかりしている自分を彼は再発見をし、しかしそれすらどこかが楽しく思えてしまう。
この会話は楽しい、こんな気分初めてだ。
「じゃあ、今日とは言わないから、いつか……君の都合の良い時に」
「そんな時間はありません、では」
さっとルナはウィルに背を向けて歩き出す。
アイリスの元へと帰るのだろう。
ウィルはいつも女の子にやっている通りに気安く、引き留められなかった。
判別不能な心持ちで、彼女の小さな背を見送ることしかできず、当惑するだけだ。




