ep.53
あっという間に時間は過ぎるもので、類との恋人期間の最後の日がやってきた。
僕、泣かないでちゃんと笑って送り出せるだろうか。
またねって、ありがとうって、ちゃんと伝えられるかな。
「……くん、つきくん!おーい、那月くん!」
「え、あ?へ?」
「なっちゃん?大丈夫?体調悪い?」
「熱は無さそうだけど…、保健室行くか?」
「あ、いや、えっと…、だ、大丈夫!」
そう言う僕のことを三人は顔を見合せ何か言いたそうにしていた。
心配させないようにしないと、大丈夫、大丈夫…。
「…ねえ、那月くん。七海先輩と連絡取れる?」
「え?うん、取れるけど…」
「ちょっとスマホ貸してくれる?」
「う、うん…?」
南に突然そう言われメッセージ画面を見せると何かを打ち出した。
何してるんだろう…? というかもうすぐ授業始まっちゃうのに…。
「はいこれ、那月くん早退していいよ」
「え?……え?」
突然そう言われ混乱する。
これ、とメッセージ画面を見せられると類とやり取りした形跡があった。
そこには最後の日だからサボって二人で過ごそうということが書かれていた。
「え、え?いいの、かな?」
「まちやんには俺らから上手いこと言っとくから大丈夫だぞ。ちゃんとお別れ、して来い。な?」
「そうだよ、最後くらいは二人でゆっくりしておいで」
「なっちゃん、行っておいで!」
「……うん、ありがとう」
「いつもの場所で待ってるってさ」
「いつもの…、あ…」
いつもの場所と言われ思い付くのは――
「僕行ってくる!」
「「「行ってらっしゃい」」」
バタバタと教室から飛び出していくと町屋先生とすれ違う。
「ん?伊奈瀬?もうすぐ予鈴…」
「先生すみません!僕行かなきゃ!」
ドクドクと高鳴る心臓を押さえながら、鞄の中には渡すものが大事にしまってあった。
「はあ、はあ…」
いつもの場所で、そう言われ思い付くのはここしかない。
ここは僕たち二人の大切な思い出の場所なのだ。
息を整え、グッと手に力が入る。
フッと一息吐き出すと、ガラッと教室のドアを開けた。
「ふふ、待ってたよ」
「類、お待たせ」
僕たちの大切な思い出の場所、いつもの空き教室。
「当然メッセージが届くからびっくりしたよ」
「あ、あれはごめんね…。南くんたちが…」
「いいよ、大丈夫。最後のお別れの時間作ってくれたんだよね」
「……うん」
「こっちおいで、少し話そうか」
そう声をかけられ類に近付いた、ら手を引かれ膝の上に座らされた。
「え、え?類?」
「…最後くらい、僕のわがまま聞いてほしいな」
キュッと抱きしめてきた手は、微かに震えていた。
(あ、そっか。寂しいのは僕だけじゃないんだ)
「ねえ、類。僕と付き合って、どうだった?」
「楽しかったよ、とても。毎日夢みたいだった」
「ふふ、僕も。色んな初めてがいっぱいだったよ」
僕たちはゆっくりゆっくり、二人で話した。
このまま時間なんて止まってしまえばいいのに、そう思いながら。
だが、時間は止まってはくれない。
お別れの時は近付いてくる。
「類にね、渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「ん、これ…」
鞄からおずおずとメッセージカードを出して渡す。
「これは?」
「メッセージカードだよ、手紙じゃなくてごめんね」
「ううん、ありがとう。見てもいい?」
「だ、ダメ!一人で、一人の時に見て…」
「ふふ、分かった」
流石に目の前で読まれるのは恥ずかしいと赤くなっていたら頬を撫でられた。
このお付き合いの間に学んだ、これはキスをしたいという合図だ。
「類…」
「那月くん」
どちらからともなく唇を合わせる。
触れては離れ、触れては離れ、啄むように繰り返される。
(ああ、もうこうやって触れ合うことも無くなるのか)
そう思うと、ツーッと頬に一筋の涙が流れた。
「那月くん…」
「あ、ご、ごめ…」
笑ってさよならしてほしい、そう言われていたのに。
泣かないでさよならしたいと思っていたのに。
僕にはどうしても、笑うことが出来なかった。
ただただ、寂しさと悲しさに押し潰されそうになっていた。
「泣かないで、那月くん」
「ふっ…うっ…うぅ…」
よしよしと頭を撫でられ、その涙は止まることなく溢れてくる。
(もう…もう…、離れたくない、やだ)
言葉にならない声が嗚咽となってこぼれる。
「那月くん、僕達お別れだけどさ。僕ね、とても幸せだったよ。那月くんとお付き合い出来て本当に良かった、あの時断らないでくれてありがとう」
「……うん、うん」
「離れてしまうしこの先誰かとお付き合いする事もあると思うけど、これは僕達にとって前向きなお別れだから。だから泣かないで、笑って?」
そう言って泣きじゃくる僕に類はそっとキスをする。
大丈夫だよ、そう言うように。
キーンコーンカーンコーン――
本当の、お別れの時間が来た。
「那月くん、僕と付き合ってくれてありがとう。大好きだよ」
「……ぼ、僕、も、だいすき」
「! ふふ、うん。ありがとう」
「る、類…!」
「もう、泣かないの。ね?体調に気をつけて過ごすんだよ、じゃあね」
「……ッ」
行かないで――
そう言いかけたが、口を噤む。
「る、い…。じゃあね」
小さな声で紡がれた言葉は離れていった元恋人にきちんと届いたようで、笑って手を振って振り返らずに教室を出て行った。
(ああ、終わってしまった。あっという間だったな、僕の初めての恋)
最後の最後で大好きを伝えられた。
だが、今まで言えなかったことを同時に申し訳なく思った。
「…さよなら、僕の初恋」
初夏、僕は失恋した。




