ep.17
「伊奈瀬くん、みんな心配しています。返事だけでもいいのでしてもらえますか?」
「………」
「ご飯は食べましたか?今浅見くんが買いに行ってくれていますよ」
「…………」
今日も何も反応がないことにふうっと一息吐く。
(私では、伊奈瀬くんの力になれないのでしょうか…。こんなに、こんなにも…)
チクリと痛む胸をそっと押えた。
「……伊奈瀬くん」
「………ふ、くかいちょ」
「…!? 伊奈瀬くん」
「ご、めんなさ…」
「いいんですよ、謝ることは何も無いです。よかった、よかった…」
か細い声で呟いた言葉に、返事が返ってくるとは思わなくてとても驚いた。
だが、自分の言葉に反応してくれたことがとても、とても嬉しくて少しだけ、泣きたくなった。
(ああ、私は伊奈瀬くんのことが…)
「い、伊奈瀬くん…。聞こえますか?私です、佐々野ですよ」
「…ケホッ。ぼ、僕…」
「はい、ゆっくりで大丈夫ですから。ちゃんと聞きますからね」
「……ッ。こ、こわくて…。みんな優しい、のに…怖くて…。うっぐすっ…」
「泣かないでください、大丈夫ですよ」
「ごめ、ご…」
「怖いのに、こうして私と話してくれてありがとうございます。とても嬉しいですよ」
「ぼく、ぼく…」
「はい、なんでも吐き出してください」
気付けば、自分まで泣いてしまっていた。
初めての場所で緊張していたであろう那月の姿が頭から離れなかった。
どれだけ、怖かっただろう。
どれだけ、恐ろしかっただろう。
どれだけ、助けを求めただろう。
どれだけ――
想像をしてみても、伊奈瀬くんが味わった恐怖は自分には分からない。
ただ、今こうして吐き出されていく言葉に寄り添ってあげられるのは自分でありたい。
そう思ってしまった。
「伊奈瀬くん、話してくれてありがとうございます。こうして話してくれるのも本当に勇気がいることだと思います、私に話してくれたこととても嬉しく思っていますよ」
「ふ、くかいちょ」
「はい、いますよ。どうしました?」
「は、離れて…行かないで…」
「……!!」
「ひとり、は怖い…」
「大丈夫、大丈夫ですから。安心してください、そばにいますから――」
「たっだーいま!ってあれ!?副会長!?え、ど、どうしたんですか!?」
「…ああ、浅見くんすみません。伊奈瀬くんとお話してました」
「…!? なっちゃん話してくれたんですか!?」
「ええ、話してくれました。すみません、こんな姿見せてしまって」
そういい涙を拭う。
その顔はどこか寂しそうで、だけどどこか嬉しそうで。
「副会長に話してくれたなら安心しました。なっちゃーん!話せてよかったね!」
「……浅見、くん」
「!?!? なっちゃん!?」
「ご、ごめん、ね…」
「謝んないでよー!大丈夫だから!食べれそうなもの買ってきたから食べて?あ、会うの怖かったら俺部屋に戻ってるからね」
「…ありがとう」
「ううん、大丈夫!声聞けて安心したよ」
よかった、よかった。
ただその気持ちだけで胸がいっぱいだった。
「よかった、ですね」
「ええ、そうですね…」
「一歩前進というか、なんというか」
「これでいいんですよ、ゆっくり見守っていきましょう。そして必要な時は手を差し伸べてあげればいいんです」
「そうですよね、うん。俺なっちゃんのこと好きなので頑張ります!」
陽の好きという言葉に、自分の方がなんて思ってしまうが、今はこの気持ちを伝える気は無い。
時間をかけてゆっくり知っていってもらえれば、それで。
「副会長?」
「あ、すみません。私は今日はこれでお暇しますね」
「はーい!ありがとうございました」
「いえ、伊奈瀬くん。では、私はこれで失礼しますね。また来ますのでその時もこうしてお話してくれると嬉しいです、ではまた」
「……ありがとう、ございました」
か細い声で聞こえてきたお礼にふふっと笑って、浅見に挨拶をし部屋を後にした。
「ゆっくり、時間をかけて私のモノにしてあげますね」
誰にも聞かれない声で、そう囁いた――




