第一話 コンロボと、だいたいの毎朝
朝、通学路の角を曲がると、今日もいた。
丸い胴体。どんぐりみたいな頭。短いアーム。胸のランプを無意味に元気よく点滅させながら、電柱の根元を覗き込んでいる。
市のインフラ管理ロボットだった。
見た目はどう見ても子供向け玩具だが、れっきとした公務機である。排水管の点検、路面の微細なひび割れ検知、電線の熱異常監視、その他いろいろ。少なくとも市のパンフレットにはそう書いてあった。
パンフレットには、たしか「市民生活を陰から支える高信頼作業機」とも書いてあった。
陰から支えろよ、と僕はいつも思う。
「おはようございます。竹内様」
そいつはくるりとこちらを向いて、敬礼した。
「……またお前か」
「また私です!」
「そこ誇らしげに言うなよ」
僕――竹内は肩から学生鞄をずり上げた。春の朝だった。風は少し冷たくて、制服の首元から入ってきた。
ロボは僕の横に並んだ。並ぶ必要はないのに、並んだ。
「今日は朝ごはん食べましたか」
「食べたよ」
「内容は」
「トーストと目玉焼き」
「良好です」
「何がだよ」
ロボは数歩進んで、僕の顔のあたりを見上げた。見上げるといっても、こいつの頭は僕の腰くらいしかない。
「便通はどうでしたか」
僕は足を止めた。
「問題ない。……てか、それ女子に言ったらセクハラだからな」
「承知しております」
「承知してるならやめろよ」
「竹内様には問題ないと判断しております」
「その判断がもう危ないんだよ」
ロボは胸のランプを二回点滅させた。考えているふりか、本当に考えているのか、よくわからない間だった。
「表現を修正します。今朝の生理的循環は円滑でしたか」
「悪化してる!」
通学中の小学生が二人、こちらを見て笑っていた。やめてほしい。朝から僕の尊厳が地域に開示されている。
歩きながら、僕はため息をついた。
「ていうかお前、インフラ管理ロボだろ。なんで毎朝、僕に話しかけてくるんだよ」
「機能向上による円滑な業務遂行のためです」
「それお前の気分転換じゃん」
「あなたの健康にも寄与します」
「ならねぇよ。学校行かせろよ」
「はい!」
元気よく返事をしたあと、こいつはなぜかそのまま僕についてきた。
「行かせろって言ったんだけど」
「通学補助です」
「いらない」
「精神的安定は作業精度を向上させます」
「お前のだろ、それ」
「否定は困難です!」
「できないのかよ」
校門が見えてきた。向こうでは同じ制服の生徒たちがだらだらと吸い込まれていく。昇降口前では、各クラス配備の管理監視アンドロイドたちが出欠補助をしていた。
うちの学校では、各クラスに一体ずつ人型管理アンドロイドがいる。
文科省の教育支援モデル校とか何とかで、三年前に導入された制度だ。登下校管理、校内安全監視、授業補助、生活指導、学習ログの収集。建前はいろいろあるが、要するに「先生だけじゃもう回らないから機械にも見張らせよう」という、たいへん夢のない話である。
ただし、その見た目や性格は機体によってかなり違う。
妙に事務的なやつもいれば、笑顔だけは完璧なやつもいる。うちのクラスのナールなんかは、どう考えても設計のどこかがふざけていた。
「おい」
僕は校門の手前で立ち止まった。
「……お前、他の人にもこうしてんの?」
ロボはぴたりと停止した。
胸のランプが、なぜか一段だけ明るくなる。
「あなただけでございます!」
ものすごく嬉しそうだった。
「いや喜ぶなよ」
「特別対応です!」
「だから怖いって言ってんだよ」
背後から、低い声がした。
「朝から仲がよろしいことで」
振り向くと、親友の絵島がいた。寝不足みたいな目をした、いつもの無愛想な顔だった。鞄を肩に引っかけ、僕とロボを見下ろしている。
「仲よくない」
「便通の話までしてたじゃないか」
「聞いてたのかよ」
「聞こえるんだよ。朝の住宅街に響いてた」
絵島はロボを見た。
「お前、また竹内にだけ付きまとってるのか」
「付きまとってはおりません。業務上の好意的接触です」
「言い換えても変わってないぞ」
絵島は僕に向き直った。
「そのうち刺されるぞ、お前」
「なんでだよ」
「周囲の嫉妬で」
「誰が嫉妬するんだよ、これに」
ロボは胸を張った。
「竹内様は人気があります」
「お前だけの統計だろ、それ」
「現時点では」
「現時点限定かよ」
校門の向こうから、クラス管理アンドロイドの一体がこちらに気づいて会釈した。人型、長身、黒髪、無表情。うちのクラス担当――ナールだった。
男子の制服をきっちり着こなし、眼鏡までかけている。どうして眼鏡が必要なのかは誰も知らないが、本人は「印象補正です」と言っていた。言っている意味は相変わらずよくわからない。
「竹内さん」
ナールは静かに言った。
「遅刻まで残り三分です」
「うわ、ほんとだ」
「なお、玄関前での私的談話は学習効率を低下させます」
僕はコンロボ型を指さした。
「こいつが絡んでくるからだろ」
「原因分析は可能です」
「してくれ」
「竹内さんが応答するからです」
「そこ僕が悪いの?」
「はい」
絵島が吹き出した。
「ほら見ろ」
「お前は黙ってろ」
ナールはコンロボ型を一瞥した。
「市管理機が特定個人へ継続接触するのは通常運用ではありません」
「だよな」
「過去ログ照合でも例外的です」
「……え?」
僕はロボを見た。ロボは妙に姿勢を正した。
「例外です!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「竹内様との接触は私の機能を向上させます」
「それって気分転換だろ」
「あなたの癒しにもなります」
「インフラの仕事関係ないじゃん」
「関係あります」
「どこが」
「精神的安定は作業精度を〇・七パーセント向上させます」
「ほらただの散歩じゃん」
「否定できません!」
「またかよ」
ナールがぼそっと言った。
「かなり壊れていますね」
ロボが即座に抗議した。
「故障ではありません!」
「そういうとこだよ!」
僕が叫んだ瞬間、校門の向こうで何人かがざわついた。
視線が、一斉に空へ向く。
「……何だ?」
絵島が目を細めた。
つられて見上げる。
青い朝の空を、一羽の鳩が横切っていた。
最初は普通だった。いや、普通に見えた。だが陽に向きを変えた瞬間、その全身がぬらりと光った。
金色だった。
「は?」
僕は思わず言った。
鳩は学校の前の街路樹にとまり、首を振った。完全に、鳩の動きだった。ただ、全身が、ありえないくらい綺麗な金色だった。
昇降口前の生徒が次々スマホを向ける。ざわめきが一気に広がる。
「マジで?」
「加工じゃない?」
「やば、動画!」
「これ昨日SNSで見たやつじゃん!」
絵島が小さく言った。
「本物か」
僕の隣で、コンロボ型が胸ランプを点滅させる。
「高反射生体個体を確認」
「言い方」
ナールはいつもの無表情で鳩を見上げていた。
「黄金の鳩って、なんで鳩だけなんだろうな」
僕が半分冗談で言うと、ナールは即答した。
「平和の象徴だからでしょうね」
「お前、ロボットのくせにそういうこと言うのか」
「アンドロイドと言ってください」
「言いにくい」
「ア・ン・ド・ロ・イ・ド」
「……」
コンロボ型がなぜか便乗した。
「私もインフラ支援作業機です」
「誰もお前の分類聞いてないよ」
鳩はそこで、何事もなかったみたいに羽を震わせた。金粉みたいな光が、朝日に散る。
綺麗だった。
やばい、とも思った。
だが一番やばいのは、そのすぐ横でコンロボ型が感極まったように言った次の一言だった。
「竹内様」
「何」
「記念撮影しませんか」
「なんでだよ」
「本日が特別な朝になる可能性があります」
「お前と撮るのが?」
「否定は困難です!」
絵島がまた吹き出した。
ナールは鳩を見たまま、淡々と言った。
「今日のニュースは荒れるでしょうね」
「なんでそう思うんだよ」
「人間は、説明できないものより、騒げるものを好みますから」
僕はゆっくりナールを見た。
「……ナール」
「はい」
「お前、本当に壊れただろ」
「設計です」
そのとき、校内放送が鳴った。
『生徒の皆さんは、登校後ただちに教室へ移動してください。校門付近での滞留は――』
放送の途中で、誰かの悲鳴みたいな歓声が上がる。鳩が一羽だと思っていたのに、電線の上にはいつの間にかもう一羽増えていた。
「増えた」
絵島が言った。
「な」
僕はつぶやいた。
コンロボ型は敬礼した。
「竹内様。社会が騒がしくなる予感がします」
「お前に言われたくないよ」
「ですが学校生活は通常運行です」
「……まあ、そうだな」
そう言いながら、僕はもう一度だけ金色の鳩を見上げた。
何かが始まったようにも見えたし、何も始まっていないようにも見えた。
少なくともその時の僕にとって大事だったのは、世界の異変より、今日の一時間目が古典だということと、写真部の朝練で副部長に現像液の補充を頼まれていたことと、インフラ管理ロボがまだ僕の横にいるという、そっちの方だった。
「じゃ、行くぞ」
「はい!」
「ついてくんなよ」
「校門までは送迎可能です!」
「可能でもいらないんだって!」
笑い声とざわめきの混ざる校門を抜けながら、僕は思った。
たぶん今日は、ろくな日にならない。
ろくな日にならない、という予感は、たいてい当たる。
教室に入った瞬間、僕はそれを確信した。
窓際の二列目。
そこに、いた。
朝の光が斜めに差し込んで、机の上の教科書の角を白く照らしている。
その席に座っている女子生徒が、まるでその光込みで一枚の写真みたいに見えた。
黒髪。
白い指先。
窓の外に視線を流した横顔。
今村さんだった。
たぶん同じクラスになってから一週間ほど経っているはずなのに、まともに話した記憶がない。
いや、正確には話しかける勇気が出なかった。
僕は恥ずかしがりだ。
しかも、ただ恥ずかしがるだけならまだいい。
普通を装おうとして、だいたい事故る。
これが最悪だった。
だから今日は、普通にいこうと思った。
普通の高校生らしく。
何でもない顔で。
自然に。
「おはよう」
言えた。
言えた、と思った。
しかし次の瞬間、今村さんがこちらを見た。
目が合った。
思ったより近かった。
綺麗だった。
脳が止まった。
「……窓」
「え?」
「いや、その、窓際……いいよね」
何を言ってるんだ僕は。
教室の空気が、一瞬だけ止まった気がした。
今村さんは一秒だけ無表情で僕を見て、それから窓の外をちらりと見た。
「そうね」
静かな声だった。
「外、見やすいもの」
「あ、うん、そうだよね」
僕は席についた。
心臓がうるさい。
斜め前の絵島が、無言でこちらを見ていた。
「……何」
「すごいな」
「何が」
「初手で窓を褒めるやつ、初めて見た」
「やめろ」
「本人じゃなくて窓」
「やめろって」
そのとき、教室の後ろのドアが開いた。
ナールが入ってくる。
今日も無駄に整った制服姿で、眼鏡の位置まで完璧だった。
「おはようございます」
ナールは教卓の横に立った。
「出席確認を開始します」
クラスメイトたちが席につき始める。
ざわざわとした朝の空気の中で、何人かはまだスマホを見ていた。
「見た? 黄金の鳩」
「さっき校門にいたよね」
「もう動画上がってる」
ナールが淡々と言う。
「授業開始前のSNS閲覧は学習効率を低下させます」
男子の一人が笑った。
「ナール、お前も見た?」
「見ました」
「どう思う?」
ナールは少しだけ間を置いて答えた。
「社会が騒ぎたがっている、と分析します」
「お前、朝から重いな」
「軽量モデルですが」
クラスのあちこちで笑いが起きた。
こいつはたまに、狙っているのか素なのかわからない。
ナールが出席を取り始める。
「竹内さん」
「はい」
「本日の精神状態はやや不安定です」
「出席確認で言うことじゃないだろ」
「今村さん」
その名前が呼ばれた瞬間、僕は無意識にそちらを見た。
「はい」
短い返事。
今村さんは前を向いたままだった。
でも、気のせいか、一瞬だけこちらを見た気がした。
いや、気のせいだ。
たぶん。
たぶん。
――たぶん?
ホームルームが終わり、一時間目までの短い休み時間。
僕は机の中から古典の教科書を探していた。
見つからない。
「……あれ」
昨日ちゃんと入れたはずなのに。
鞄をひっくり返す。
ノート、筆箱、カメラ雑誌、フィルムケース、写真部の連絡メモ。
古典だけない。
そのとき、机の横に影が差した。
「これ?」
顔を上げる。
今村さんだった。
彼女の手に、僕の古典の教科書があった。
表紙に僕の名前が見える。
「あ」
僕は固まった。
「ご、ごめん、なんで」
「朝、落としてた」
「うそ」
「校門の前で」
たぶんコンロボと便通の話をしていた時だ。
最悪だ。
僕は教科書を受け取った。
「ありがとう」
「別に」
今村さんはそう言って、自分の席へ戻ろうとした。
その瞬間、僕の口が勝手に動いた。
「外、好きなの?」
言ってから、終わった、と思った。
何だその聞き方。
今村さんが振り返る。
目を丸くした。
「え?」
「いや、その、いつも窓の外見てるから」
一瞬の沈黙。
今村さんは僕を見て、それから窓の外へ視線をやった。
「見てるわけじゃないわ」
「え?」
「見えるだけ」
「……あ、そっか」
何もわからない。
でもそれ以上聞く勇気はなかった。
彼女は席に戻った。
僕はその背中を見送った。
隣から、絵島の声。
「お前さ」
「何」
「もしかして嫌われてると思ってた?」
「……ちょっと」
「違うと思うぞ」
「え」
「窓の景色、邪魔してるだけだろ」
「そうなの!?」
そのタイミングでナールが通りかかった。
「竹内さんは鈍いですから」
「そうなの!?」
「はい」
ナールはさらっと言った。
「ただし、今村さんの視線方向解析では、窓外と竹内さんの比率は四対六です」
「え?」
「何それ」
「何でもありません」
「いやそこ一番大事だろ」
ナールは一瞬だけ眼鏡を押し上げた。
「写真部の朝練、遅れますよ」
僕は時計を見た。
「うわ、やば」
慌てて立ち上がる。
そのとき、教室の窓の外がざわついた。
誰かが叫ぶ。
「また鳩だ!」
みんなが一斉に窓へ集まる。
校庭の木に、今度は二羽。
金色の鳩が並んでとまっていた。
朝より確実に増えている。
教室が騒然となる中、今村さんだけが静かに立ち上がって窓の方を見た。
その横顔を、僕はつい見てしまう。
その瞬間、ナールがぼそっと言った。
「竹内さん」
「何」
「今見ているのは鳩ですか」
「……」
「それとも」
「ナール、お前ほんと壊れただろ」
写真部の部室は、旧校舎の三階の端にある。
もともとは視聴覚準備室だったらしい。
狭い。
古い。
でも落ち着く。
ドアを開けると、薬品と紙と少し湿った木の匂いが混じった、あの独特の空気が流れてきた。
「遅い」
開口一番、それだった。
副部長――桐島先輩が、腕を組んでこちらを見ている。
細い銀縁の眼鏡。
肩までの髪。
制服はきっちり着ているのに、なぜかこの部室の中では誰よりも馴染んで見える。
たぶん、ここがこの人の本拠地だからだ。
「いや、ちょっと教室で」
「またコンロボに捕まってたんでしょ」
「なんでわかるんですか」
「朝から校門前で便通の話してたらしいじゃない」
「情報網どうなってるんですかこの学校」
「女子の情報網なめない方がいいわよ」
僕は言葉に詰まった。
そこへ、後ろからナールがすっと入ってくる。
今日も無駄に姿勢がいい。
無駄に。
「おはようございます、桐島副部長」
「おはよう、ナール」
副部長は普通に返した。
ナールのことを機械としてではなく、完全に部員として扱っている数少ない人だ。
しかも、たぶん僕より雑に扱う。
「ナール、昨日の現像液、補充した?」
「完了しています」
「ありがとう」
「竹内さんの分も完了しています」
「なんで僕の分までナールが」
副部長がため息をついた。
「あんた、昨日やるって言ったでしょ」
「言いましたっけ」
「言ったわよ」
「言いましたね」
ナールが即座に追撃した。
「……なんでお前そこだけ覚えてるんだよ」
「写真部内の竹内さんの未遂行発言ログは高頻度保存対象です」
「最低だなそのシステム」
副部長が口元だけで少し笑った。
「まあいいわ。あんたはまずこれ」
机の上に置かれたのは、部誌用の写真アルバムだった。
僕が昨日撮った校庭の花壇の写真が数枚挟まっている。
「見た?」
「まだです」
「見なさいよ」
僕はページをめくった。
菜の花。
春の校庭。
朝の光。
思ったより悪くない。
「……あ」
「でしょ」
副部長が言った。
「あんた、花撮る時だけやたら素直よね」
「そうですか?」
「人物になると急に変な構図になる」
「やめてください」
「今村さんとか」
「やめてください!」
部室の空気が一瞬止まった。
副部長の眼鏡がきらりと光った気がした。
「……ふうん」
「違いますよ!」
「誰も何も言ってないけど」
「言い方!」
ナールが横でぼそっと言う。
「竹内さんは自爆率が高いですから」
「お前はもうちょっと黙っててくれ」
副部長はアルバムのページを指さした。
「でもこの花の写真はいい」
声のトーンが変わる。
真面目な写真部の先輩の声だった。
「光の入り方が自然。変に盛ってない」
「ありがとうございます」
「だから余計に不思議なのよね」
「何がです?」
「あんた、人に対してもこれくらい素直なら苦労しないのに」
「……」
言い返せなかった。
そのとき、ナールが部室の窓の外を見た。
「また増えました」
「え?」
三人で窓際へ寄る。
校庭の桜の枝に、金色の鳩が三羽。
いや、四羽。
朝よりまた増えている。
校庭の下ではスマホを向ける生徒たちが騒いでいた。
「うわ、マジだ」
「またSNS上がるぞこれ」
「もうニュース来てる」
副部長は眼鏡を押し上げた。
「……綺麗ね」
ぽつりと、それだけ言った。
僕は隣の横顔を見た。
この人も、こういう顔をするんだなと思った。
その瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。
「部長ぉぉぉ!」
一年の後輩、藤野が飛び込んできた。
小柄で、元気だけは人の三倍ある。
「大変です!」
「何が」
「校庭にUFOです!」
僕と副部長が同時に言った。
「は?」
ナールだけが落ち着いていた。
「可能性は否定できません」
「お前は煽るな!」
藤野は息を切らして窓を指さした。
「本当に! 鳩の上!」
見上げる。
空に、銀色の小さな点が七つ。
等間隔に並んでいた。
ゆっくり、学校の上空を横切っていく。
教室の方から悲鳴と歓声が混じった声が聞こえた。
「……マジか」
僕が呟くと、副部長が冷静に言った。
「どうせドローンでしょ」
「でも七つですよ」
「じゃあ七機のドローン」
その冷静さ、少し分けてほしい。
ナールが窓の外を見たまま言った。
「社会がまた騒がしくなりますね」
「お前、朝からそればっかだな」
「事実です」
副部長が僕を見た。
「で、あんた」
「はい?」
「今日はロケハン行くわよ」
「え」
「花壇と校庭。あと商店街」
「今この状況でですか」
「こういう時こそ撮るの」
眼鏡の奥の目が笑った。
「写真部でしょ?」
僕は一瞬、言葉に詰まった。
それから、自然に答えていた。
「……はい」
その返事を聞いて、副部長は満足そうに頷いた。
ナールが横から小さく言った。
「熟練夫婦のようですね」
「ナール」
「はい」
「紅茶そのまま飲んだら壊れるぞ」
「私を何だと思っているんですか」
「たまにわからなくなるんだよ」
昇降口を出たのは、もう四時を過ぎた頃だった。
ちょうどその時、校門横の排水溝の脇に、いた。
コンロボ型。
ただし、今日は誰にも話しかけていなかった。
胸ランプを控えめに光らせながら、一人で排水口の詰まりを丁寧に取り除いている。スマホを持った通行人が何人か前を通ったが、誰も足を止めない。こいつも誰にも話しかけない。
ただ、やっている。
僕は一瞬、通り過ぎようとした。
でも、足が止まった。
「……お疲れ」
声をかけると、コンロボ型がくるりとこちらを向いた。
「竹内様!」
「いや、大声出すなよ」
「失礼しました!」
「それも大声だよ」
コンロボ型は胸ランプを一度だけ明滅させた。
「……お疲れ様という言葉は、初めてかけられました」
「誰も言わないの?」
「インフラ管理業務は、完了して初めて透明になります」
「……それ、たまに哲学的なこと言うな」
「仕様です!」
いつものやつだった。
でも、なんとなく笑えなかった。
透明になって初めて正解、か。
ちょっと待って、それって——
「明日もよろしくお願いします!」
コンロボ型は敬礼して、また排水溝の方へ向き直った。
僕はしばらく、その後ろ姿を見ていた。
なんとなく、そのまま帰れなかった。
透明、か。
そういう存在の話を、たぶん僕は今まで一度も考えたことがなかった




