槍烏賊
ここは80ナルル蒸気魔導砲の司令室。
ラウンジのような空間に・・木製のテーブルと柔らかな照明が並び、前線基地とは思えぬほどゆったりとした空気を漂わせていた。
しかし、その落ち着いた雰囲気とは裏腹に、
幕僚たちの表情には重い不安が影を落としていた。
ユラークは、テーブル中央に広げられた作戦地図へ身を乗り出す。
その動きだけで、周囲の空気がわずかに引き締まり、
そして低く、揺るぎない重みを帯びた声が落ちた。
「・・・このままでは、我らは"ラトナ殿の付属物"になってしまう」
その言葉に、幕僚の一人・・20代の若き青年"パルトン"が眉をひそめた。
「兵たちも気づき始めています。
勝利のたびに歓声が上がるのは・・ラトナ様、またはあのゴーレムたちの活躍ばかり・・・
我らの名は、どこにも響かない」
頷いたユラークは・・拳を握りしめ、低く唸った。
「まずいな、士気が落ちる前に、我ら自身の戦果を示さねばならん。
表面的であろうと、形だけであろうと・・」
ラウンジの柔らかな灯りの下で、
その言葉は幕僚たち(ルジャン、ナディラ、パルトンを含む)の胸に・・不満と不安を、静かに浮かび上がらせていった。
ぶっちゃけいうと・・戦果のほとんどがラトナ陣営に依存している。
彼女が率いるゴーレム部隊が実質的な主力となっているのだ。
このままでは、我らの存在意義が霞んでしまう。
現在のところ・・たしかに士気は高い。
だが、いずれ兵士たち・・・
すなわちイルモ解放戦線の無力を自ら悟れば、
熱は冷え、士気は崩れ落ちるかもしれない。
ユラークは苦渋の表情で目を閉じた。
そして胸の奥にある"恥"を飲み込み、決断する。
「・・・ラトナ殿に頼もう。
明らかな手柄を、我ら解放戦線に"戦果"として演出していただきたい・・と」
幕僚たちは互いに視線を交わし、静かにうなずいた。
それが、彼らの結論だった。
それに対して、ラトナの返答は、驚くほど軽い。
「いいよ! 不満や対立は嫌だからね」
司令室の空気が一瞬止まる。
あまりの軽さに、ユラークたちは思わず顔を見合わせた。
だがラトナは、ひとつだけ条件を付けくわえる。
「大規模な戦力低下や人的損失だけは、避けてほしい。無理なことはしないでくれ!
それさえ守ってくれるなら、演出でも何でも協力するよ」
ユラークは深く頷いた。
それは解放戦線としても当然の願いである。
さて・・問題はここからだ。
どうやって"戦果を演出"するかである。
その策を練るべく、ユラークや幕僚たちは重い沈黙の中で思案を始めた。
そんな彼らを見て、ラトナはしたり顔で微笑む。
指先には、ひらりと揺れる一枚の式札・・・
陰陽道の術式が刻まれた札が、これ見よがしに振られていたのである。
あの峠の茶屋で手に入れた書籍に記されていた術式。
ラトナにとっては取るに足らないものだが、
魔導を使えない者にとっては、十分すぎるほどの力となるであろう。
ラトナは軽く札を掲げ、静かに言った。
「この式札はね・・・陰陽道な中でもかなりの初心者向け。魔導を持たぬ者でも、たやすく扱えるのよ
これを使えば"見栄えある戦果"を作れるかもしれないね」
その声音は、どこか愉快そうで・・・
ユラークたちの胸の重さとは対照的に、驚くほど軽やかだった。
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峠の茶屋で手に入れた書籍(陰陽道)を机いっぱいに広げ、
ラトナはそこに記された術式と神聖文字を、迷いのない筆運びで、次々と式札に書きこんでいく。
筆先が走るたびに、複雑な文様が浮かび上がり、見慣れぬ文字が連なる。
それらはすべて・・この世界のものではない異界の文字。
ラトナ自身でさえ、何を意味しているのか理解していない。
その横では、アユリーナが静かに手を貸しながら、その作業を手伝っている。
こうして作られた式札・・・すなわち陰陽術は、正しい呪文さえ唱えられれば、
魔力を持たぬ者でも行使できるという。
ただし、その呪文の発音がとても難しい。
その辺りは練習と根性で克服してもらいたいとこだ。
ラトナは書き込んだ式札をユラークたちに見せたが、彼らは首をかしげるばかり・・・
無理もない。陰陽道は異世界の魔導であり、知らないのは当然だ。
実のところ、ラトナ自身も理解しきれていないのである。
それでも、彼女は式札を手に、軽く笑って言い放つ。
「とにかくは・・百聞は一見にしかず。まずは試し撃ちをしてみましょう。
説明しても分かんないからね。これは誰でも撃てる魔法だよ。
ただし、魔導発動の"発音"だけは覚悟しておいて。とんでもなく難しいから」
などと言ってのけたものの・・・
結局のところ、この呪文は誰でも扱えるわけではない。
耳慣れない響き、複雑な音の連なり、異世界特有の発声。
そのどれもが、彼らの舌を容赦なく試す。
ラトナの「誰でも撃てる」という言葉は、半分は励ましで、半分は冗談だったのだ。
◇◆*◇◆◇◆◇◆◇*◆◇
そんなラトナの指摘を受け、解放戦線の幕僚たち、そして兵士たちが続々と集まり、彼女の前へ整然と並び立った。
この中から、もっとも正確に呪文を発音できる者を選抜(試験)しようというわけなのだ。
張りつめた空気の中で、どこか期待の火がちらりと灯っている。
まずは・・お手本。
理屈よりも、目で見せたほうが早い。
ラトナはそう判断した。
彼女は、例の式札を貼り付けた槍を、兵士全員に見えるように高々と掲げる。
その動作だけで、場の空気が一段と引き締まった。
「この槍を陰陽術によって強化し・・試し撃ちを始める。
しっかり見ておきなさい・・これが"新しい力"よ」
魔法の仕組みすら理解していない兵士たちに、陰陽術を説明しても通じるわけがない。
魔導との違いすら分からないのだ。
ならば・・言葉ではなく、実例を。
百聞は一見にしかず。
ラトナは静かに槍を構え、槍先を遥か向こうの巨木、ターゲットへと向けた。
その姿は、魔導士というより・・少女が無理して槍を一生懸命抱えているようにしか見えないw
兵士たちの口元に、わずかに笑みが浮かぶ。だがすぐに引きつり、慌てて口を塞いだ。
彼らは・・あの少女の真の恐ろしさを知っていたからだ。
ラトナは、ちらりと兵士たちを睨んだが、すぐに肩を落とし、
「まぁ、いいさ」とでも言うように小さく息を吐き・・ゆっくりと呪文を紡ぎ始める。
そう、これが問題の呪文・・異世界特有の奇妙な発声
「 ꯑꯩꯒꯤ ꯀꯣꯂꯒꯤ ꯄꯥꯎꯈꯨꯝ ꯄꯤꯌꯨ, ꯁ꯭ꯀꯨꯏꯗ, ꯁ꯭ꯀꯨꯏꯗ, ꯍꯥꯔꯄꯨꯟ ꯁ꯭ꯀꯨꯏꯗ꯫ 」
その響きは、兵士たちの背筋をぞくりと震わせた。
次の瞬間、槍に貼られた式札が淡く光を帯び始め、やがて溶けるように消えてくと・・・
その槍先の金属がゆっくりと変質し、
まるで"別の生命"が宿るかのような形に変化していった。
その槍先が、ぬらりと滑る。
光沢を帯びた白き物体が、そこに現れたのだ。
それは・・・俗に言う"槍烏賊"!
海に生息するイカが・・唐突に! 不思議にも!? 潮の香りを漂わせながら槍先に宿ったのだ。
「・・・!?w」
するとその直後・・・
槍先から、いや! ヤリイカそのものから放たれた水流・・黒い墨は、凄まじい勢いとなった。
もはや"噴き出す"などという生易しい表現では到底足りない。
それは、圧力そのものが暴れ出したかのような濁流。
消防車の放水を思わせる黒き奔流が一直線に巨木へ叩きつけられ・・・・バキリッ!
乾いた破砕音を響かせて、巨木は傾き・・粉砕した。
残されたのは、禍々しく広がる黒い染みと、ゆらりと漂う黒き霧。
その光景は、まるで呪詛の跡のようでありながら、その水流・・黒き墨そのものに危険はないはず(たぶん)
一般的イカ(タコも)から吐き出す・・普通の墨だと思われる。
恐るべきは・・巨木を粉々にするほどの"水圧"という暴力。
兵士たちは黒き奔流に一瞬息を呑んだ。
しかし、それがラトナの陰陽術による魔法だと理解した途端、空気は一気に沸き立つ。
「う、うわぁぁ・・・!」
歓声が、どっと広がった。
ラトナの式札・・・"ヤリイカ"
その圧倒的な威力は、
解放戦線の士気を一瞬で跳ね上げたのである。
そんな熱気の中で、ただ一人・・ユラークがぽつりと呟いた。
「・・いや、なんでイカなんだよ」
その声音は真剣というより、戸惑いと困惑が入り混じったものだった。
アユリーナは思わず吹き出し、ルジャンも肩を震わせながら苦笑する。
「よりによってイカか・・ってなるよね」
だが、仕方がない。
今のところ、呪文さえ唱えれば誰でも使える陰陽術は、この"ヤリイカ"しか存在しないのだ。
ラトナは肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。
「ほら・・みんな! 見た目はイカれてるけど・・中身はちゃんとした"イカした術"なんだから」
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




