呪いの技法
この拝殿は、おそらくアビル鉱山を守護するために建てられたのだろう。
しかし、ここで日々働いていた鉱夫たちは知らなかった。
この拝殿に隠された“真の役割"を・・・
まさか女神像の真下に、吸血鬼が“人柱”として封じられていたなど、
誰ひとり想像すらできなかったに違いない。
かつて300年前、この地では吸血鬼から漏れ出す膨大な魔力を利用し、
魔導具を稼働させていたのだ。
しかし文明は衰退し、魔導具の技術も失われ・・
今ではその魔力すら持て余すだけの、忘れ去られた遺産と化してしまっていた。
「この吸血鬼の役割は、もう終わったのだ。死なせてやろう」
ラトナは静かに、しかし揺るぎない決意を込めて頷いた。
次の瞬間、彼女の指先が鋭く走り、空中に魔導式が刻まれていく。
召喚されたのは・・燃え盛る魔導の炎。
棺ごと吸血鬼を燃やしつくしてしまおうという魂胆なのだ。
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青白い炎が、彼女の目前で静かに揺らめいた。
豪奢で装飾過多な棺だけを正確に包み込み、
周囲に火が広がらぬよう。ラトナは細心の注意を払う。
青白い炎は、通常の炎をはるかに上回る火力で、静かに、確実に棺を灰へと変えていく。
ラトナの瞳は鋭く細められていた。
吸血鬼がどれほど厄介な存在か・・・彼女は身をもって知っている。
400年前、幾度となく刃を交えてきた相手なのだ。
「吸血鬼は手強い。魔力は人間を遥かに凌ぎ・・・
しかも、人の生き血を吸って、眷属を増やしていく」
その言葉に、アユリーナは思わず息を呑み、身構えた。
燃え上がる棺の青白い光が、彼女の頬を不安げに照らす。
その時だった・・!
拝殿全体の魔力が、突如として跳ね上がったのだ。
まるで封じられていた何かが、最後の抵抗を見せるかのように・・・
燃え盛る棺の中から、黒い影がゆらりと立ち上がる。
しかし炎が強すぎて、輪郭は歪み、実体を捉えることすらできない。
これはおそらく・・封印されていた吸血鬼の意識が、炎の中で一瞬だけ蘇ったのだろう。
だが、もう遅い。
その肉体はすでに青白い浄火に包まれ、逃れようもなく焼かれ続けている。
わずかに怯えて後ずさるアユリーナを横目に、・・
ラトナは指先をわずかに動かし、さらなる力・・魔導を注ぎこんだ!
火力が一気に跳ね上がり、吸血鬼を灰へと還すための炎が唸りあがる。
ゴウッ・・・ゴゴゴゴ・・
轟く炎の音。その奥で、かすかな声が混じっていた。
燃え尽きゆく吸血鬼の・・・最後の言葉。
「お・・おまえは・・バベル公姫・・よ、よくも!よくも! 呪ってやる・・!」
炎の中を黒き影が落ちた瞬間、青白い火柱が揺らめき、肌を刺すような熱気が押し寄せた。
ラトナの表情がわずかに強張る。
「ちっ・・私の名を知っていたとは予想外!
しかも、最後の最後で呪いを仕込み・・・あんなことをされるとは!」
このままでは、いくらラトナでもヤバい! 恥ずかしい! 呪殺される。
彼女はすぐさま懐へ手を伸ばし、忍ばせていた式札を取り出した。
呪い対策には・・陰陽道が最適だ。
しかし、ラトナの知識は、あの"峠の茶屋"で手に入れた書籍のみ!
だが、それで十分! 彼女には自信があった。
呪いは発動するより防御する方が容易い。
書籍の知識だけでなんとかできるはず・・・と信じたい。
"ちょっと不安だけど"・・まぁ、大丈夫だろう。
ラトナはすでに、こんなことがあろうかと・・呪い対策として、式札に神聖文字を書き込んでいたのだ。
あとは呪文を詠唱して・・発動するのみ。
初めての試みではあるが・・とりあえず準備万端、備えあれば憂いなし!
ラトナはニヤリと笑った。
しかし、その傍らでは、アユリーナの表情は歪み、焦りが滲む。
そう、アユリーナには呪いが見えるのだ。
師匠たるラトナの身体に、黒く禍々しい残滓が、絡みついていることを・・・
「ラトナ様! 呪いが・・・!」
だが、それでもラトナは平気で笑い、アユリーナには理解できない発音を紡ぎ始めた。
「 ꯐꯠꯇꯕꯥ ꯊꯋꯥꯌꯁꯤꯡꯕꯨ ꯁꯦꯡꯗꯣꯀꯎ! 」
ラトナの声が空気を震わせた瞬間、
彼女の手に握られた式札が眩い光を放ち始める。
これは異世界魔導の輝きであり、陰陽道の術式が発動した証。
すなわち・・ラトナの解呪が、今まさに実行されているのだ。
「よし、うまくいける・・のか!?」
期待と緊張が入り混じった声。
だが、その直後だった。
ラトナの表情がわずかに歪む。
胸の奥に、冷たい予感が走った。
バチッ・・・!
乾いた破裂音が拝殿に響く。
吸血鬼が放った呪力は、想像を遥かに超えるほど強力だったのだ。
式札はその圧に耐えきれず、一瞬で燃え上がって灰となってしまう。
解呪が失敗したのだ。
「・・・!!」
傍にいたアユリーナは目を見開き、思わず声を失う。
ラトナも一瞬だけ驚いたように眉を上げた。
しかし次の瞬間には、表情を引き締め、静かな冷気をまとった瞳に戻る。
「・・・うん。やっぱり手強い。だが、これくらい、想定内だよ」
その声音には、揺るぎない自信があった。
そう、解呪の式札は一枚きりではない。
ラトナの懐には、まだ何枚もの式札が隠されているのだ。
彼女は静かに次の式札を取り出し、まるで当然のように構え直した。
何度でも発動させればよい。
ただ、それだけのことだ。
「 ꯐꯠꯇꯕꯥ ꯊꯋꯥꯌꯁꯤꯡꯕꯨ ꯁꯦꯡꯗꯣꯀꯎ! 」
ラトナは、この世界では理解不能の言葉を紡ぐ。だが・・・
バチッ!
式札は輝きを放つ間もなく焼き裂かれ、黒い灰となって散った。
「ほおぉぉぉ! やるね。楽しくなってくるじゃないか」
悔しさよりも、興味を含んだ声。
だが、まだまだ余裕はある。
"準備万端、備えあれば憂いなし!"
すぐに次の札を取り出し、詠唱したが・・燃え尽きた。
ならばまた一枚・・だが、燃える。
さらに一枚・・燃えた。
燃えて、燃えて、燃え尽きていく。
アユリーナは息を呑み、ただ見守るしかない。
それでもラトナは、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ふっふふ、まだまだ終わりじゃない。
式札の予備なら・・いくらでもあるのよ!」
強気な笑みとともにそう言い放つラトナ。
これまでの人生・・400年の間に経験した危機に比べれば、
この程度のことなど、たいしたことではないのだ。
・・・と言いつつ、その胸の奥では、
ほんの少しだけ不安だったり、恥ずかしかったりもしていた。
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




