中世の都市は臭い
ラトナとアユリーナは、菓子をつまみながら腰を下ろし、
見晴らしの良いその場所から、眼下に広がるイルモの町を静かに見下ろしていた。
まさに"高みの見物"という言葉にぴったしかもしれない。
使い魔の陰陽術で扇動された巨大熊は、ひとしきり暴れ回り、敵・聖教軍を翻弄、それなりの打撃を与えたであろう。
それらの様子を観察していたラトナは、この術の有効性を・・ある程度は把握した。
「熊には悪いことしたけど・・私を食べようとしたんだから、仕方ないよね」
そんな軽い調子でつぶやくラトナ。
以前の"幻影"に続き、今回の"使い魔"もまた、どうにも癖が強く、扱いづらい。
それでも彼女は、どこか楽しげな表情を浮かべながら、遠くで続く騒動を飽きることなく眺めていた(悪趣味)
ちなみに、イルモの町から逃げ出した巨大熊は、その後・・ラトナたちをあえて無視し、まっすぐ住処へと戻っていったのだろう。
かなりのトラウマを植え付けて・・・w
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イルモの町は先ほどの熊騒ぎで大混乱、まだ収拾がついていないみたいだ。
兵士たちは走り回り、警備体制もみだれている。
今なら、町へ入り込める絶好の機会。買い物だってできる。
「さぁ・・行こう! イルモの町へ」
ラトナは軽やかにそう告げた。
だが、このまま出向けば、髪の色だけで正体が露見し、余計な騒ぎを招いてしまうだろう。
そこでラトナは、にっこりと微笑みながらアユリーナへ向き直った。
「私の信条には反するけど、仕方がないね! 魔導で髪の色を変えるよ」
そんなことを言われたので、アユリーナは思わず目を見開いた。
悩みの種であった"髪の色問題"が、まさかこんなにもあっさり解決するなんて・・・
「そんなことができるのですか!? それなら・・・!」
期待に満ちた声を上げるアユリーナ。
だがラトナは、ゆっくりと首を振った。
「髪の色を変えられるのは短時間だけ。すぐに元に戻ってしまうのよね・・それに髪や肌が傷んでしまう」
このようにラトナは淡々と説明するが・・
一番の理由は魔力量、そして何より、自慢の黒髪をむやみに変えたくないというラトナの心境もあった。
ラトナたちは、さっそく行動に移す。
聖教軍が混乱している今こそ、イルモの町へ入り込む絶好のチャンス!
もちろん、変色の魔導によって・・・髪の色はすでに変えてある。
魔力の制約上、もっとも変化させやすい色・・・すなわち、それは“赤"。
二人の髪は、鮮烈なまでの真紅に、染め上げられていた。
「ラトナ様・・・この色、どう見ても目立ちすぎます」
アユリーナが不安げに声を落とす。
ラトナは肩をすくめ、軽く笑ってみせた。
「仕方ないよ。無難な色にすると、すぐ黒に戻っちゃうんだ。
だけど・・この赤だと、わりと長時間、髪の色を保てるのよ。
だから・・・堂々と普通に押し通すしかないでしょ」
「ほ・・本当に大丈夫なのかな!?」
「大丈夫。気合いで突破するのさぁ」
そう言いながらも、ラトナはアユリーナの視線を避けていた。
ラトナ自身も不安なのである。
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ラトナたちは、静かな足取りでイルモの町へと向かっていた。
河川沿いに築かれた城壁都市・・・古くから水運の要衝として栄え、
交易の中継拠点として人々が行き交う場所なのだ。
ラトナの記憶をたどれば・・この町は200年前にも確かに存在していた。
ただし、その名は"イルモ"ではない。
当時は"アルーモ"と呼ばれ、帝国ルシャーナの皇帝直轄地として知られていた。
そしてこの地には、かつてバベル公姫・・すなわちラトナ自身が所有していた魔導文庫館があったのだ!
学者や学生たちに開放し、自由な研究を許した拠点だったのだが・・さすがに200年は経っている。
あの魔導文庫館は、おそらく跡形もなく消えてしまっているだろう。
・・・もっとも、所有していたとはいえ、ラトナには訪れた記憶がほとんどない。
ゆえに、思い入れも薄い。
ラトナは肩をすくめ、軽く笑みを浮かべた。
「うん、あまり記憶がない。どんな町だったか~さっぱりだよw」
かつては取るに足らない・・・そう思っていた町が、
いまや二人にとって"向かうべき場所"へと変わってしまっていた。
ラトナとアユリーナは、否応なく目立つ髪色のまま、人々の視線を一身に浴びつつイルモの町へ歩を進めていく。
とりわけラトナは、赤い髪に赤い衣装。
全身がひとつの色で染まり、遠目にも鮮烈だった。
それは・・危険色、警戒色!
その存在感は、通常の三倍どころではない。
視界に入った瞬間、誰もが思わず目を奪われるほどだった。
(レッドバロンならぬ・・レットダッチェスとでも呼ぶべきかw)
「いや、これは・・想像以上に目立っている。これではダメだ!」
ラトナは歩きながら、早くも後悔していた。
行き交う人々の視線が刺さりまくる。
兵士たちでさえ、ちらちらとこちらを見てくるのだ。
さすがにこの赤髪・・鮮明すぎて自己主張しまくっている。
だが、もう引き返せない。
気づけば二人は、イルモの町の目前・・・あの熊が暴れ回った城門にまで達していたのだ。
しかし・・ラトナの不運はこれだけでは済まなかったのである。
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城門前では、白い鎧をまとった聖教軍の兵士たちが整列し、厳重な警備にあたっていた。
その数、数十名。
アユリーナにとっては、親の仇であり、村を滅ぼした憎むべき敵。
だが今は、殺気を漏らすわけにはいかない。
心を押し殺し、引きつる頬を無理やり笑みに変えて、軽く会釈する。
しかし、横に立つ師匠、ラトナの様子が明らかにおかしかった。
「ラトナ様・・!?」
呼びかけても返事はない。
ラトナの顔は苦痛にゆがみ、口元を押さえ、今にも倒れそうなほど青ざめていた。
「どうしたのですか!?」
「うっ・・うっうう・・」
原因は・・・城門の内部から漂ってくる、あの強烈な臭気であった。
巨大熊ですら耐えきれなかった、中世特有の町の匂い。
アユリーナはこの時代の人間であるゆえに日常茶飯事・・慣れているが、
ラトナは200年前、魔導文明が栄え、衛生管理が徹底されていた時代の出身。
この不潔さには、どうしても身体が拒絶してしまう。
目には涙がにじみ、喉の奥から吐き気が込み上げ、ついには咳き込む。
生暖かい風が吹くたびに、臭気はさらに濃くなり、容赦なくラトナを襲った。
「こ・・これは耐えられない!」
そして・・・ここでラトナは、致命的な失態を犯す。
あまりの臭気に・・魔力の制御が一瞬だけ麻痺してしまったのだ。
そう・・・次の瞬間、変色の魔導が解け、
鮮やかな赤髪から、彼女本来の黒へと戻っていく。
アユリーナもラトナも、城門前にたむろする聖教兵士たちの目前で、
隠していた黒髪をさらしてしまった。
「や・・やっちまった!」
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




