ベアウォーズ
ラトナとアユリーナは、お茶とお菓子をつまみながら、眼下に広がるイルモの町を静かに見守っていた。
しかし、その穏やかなひとときとは裏腹に・・・町へ向かって、怒りをまとった巨大な影が猛然と駆け降りていく。
それは、ラトナが一瞬だけ使い魔として操った、あの巨大熊なのだ。
もちろん、これは偶然ではない。ラトナの"陰謀"というか・・一種の"実験"
この陰陽術が実際に使えるのかどうかを、確かめるための検証でもあった。
バベル教を奉じる聖教軍のど真ん中へ、暴れ狂う巨大熊を放り込む。
果たして、どう転ぶのか。
熊は突進し続けるのか、それとも・・・
ラトナは静かに、しかも確かな興味をもって、その行く末を見届けるのだった。
「これって悪趣味かもね! でも、バベル教が崇める"女神バベル公姫"からの試練ということで・・
自らの罪を自ら裁いてもらいましょう」
ラトナは軽く頷き・・自分の行いを正当化しようとする。
それを横目で見ているアユリーナは・・只々無言だった。
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ラトナたちの眼下を、一陣の風が切り裂いていく。
砂塵を巻き上げながら 急な斜面を駆け下り、そのまま・・町に向かって一直線!
その勢いは、まるで暴走する蒸気機関車のごとく・・・止まる気配など微塵もない。
進路を塞ぐ者は、すべて敵だ
立ちはだかる者は、容赦なく吹き飛ばされていく。
その圧倒的な質量と速度の前に、すでに数名の兵士が吹き飛ばされ、重い鉄鎧ごと宙を舞う。
「あ、あれは、な・・なんだ! 」
「熊だ! いや、魔獣だ! デカい! デカすぎる」
「急げ! 緊急事態! 迎撃せよ。町に近づけるな」
怒号とともに慌ただしく動き出す・・バベル聖教軍の兵士たち!
抜刀の金属音、盾を構える衝撃、槍隊の足音が重なり、前線が一気に緊張する。
だが、ラトナによって差し向けられた巨大熊は、すでに殺意そのものと化していた。
恐れも、ためらいもない。
ただ、破壊の衝動だけを抱えて突進する。
大地を震わせる巨体。
たけり狂う咆哮。
押し寄せる圧力と、圧倒的な破壊力。
立ち塞がる兵士たちは、触れた瞬間に粉砕! 枯れ葉のように宙へ舞った。
槍ぶすまも、分厚い鉄鎧も・・・巨大熊の前では何の障害にもならないのだ。
「「な・なんて奴だぁぁぁ」」
「「や・やめろー!」」
兵士たちの叫び、悲鳴! 奴は・・まさに無敵。
聖教軍兵士たちをなぎ倒し・・突破! 死屍累々!
イルモの城門をなんなく通過し・・ついに街の中へと侵入したのだ。
しかも人の集まる広場へと巨大熊は躍り出る!
その瞬間、静けさに包まれていた街は、一気に混乱の渦へと飲み込まれた。
そう、無防備な住民たちの前に、突如として巨大な影が立ちはだかる。
それは、人の倍はあろうかという圧倒的な体格と鋭く光る爪、そして全身からあふれ出す殺気。
そんな怪物、そんな凶器の一撃を受けたひとりの聖教軍兵士が、住民たちの目前で・・無残にも頭部が粉砕されてしまった。
"" いい気味だ 侵略者め! "" などと心の中で叫んでいられる状況ではない。
恐怖は瞬く間に広がり、住民たちは我先にと逃げ惑い始める。
「「う、うわわぁぁぁっ」」
「「魔獣だ。魔獣が来た!」」
住民たちの叫び声と怒号が、入り混じり、街は一気に大混乱・・・
子どもは泣き叫びながら、必死に親の腕にしがみつき、
親は我が子を抱きかかえ、混乱の中を必死に走り出す。
右往左往する住民たち。混乱の渦中・・
聖教軍を束ねる司令官にして・・聖務長カルザンは、この混乱を鎮めるべく自ら駆けつける。
だが、そこで彼の目に飛び込んできたのは、予想外の存在だった。
瓦礫を蹴散らし、怒気をまとった異様な影、人の背丈の倍はあろうかという巨体が、砂煙の中から姿を現す。
そう、巨大熊とのご対面である。
カルザンは一瞬の迷いもなく剣を抜き放ち、その鋭い眼光がその巨大熊を射抜く。
相手は強敵。これまでの戦場でも出会ったことのない危険な相手だ。
獣とはいえ・・・・まさに好敵手!
カルザンの闘志は、一気に最高潮へと達していく。
だがしかし・・
その巨大熊は、何かが気に入らないのか、鼻を震わせ、低く唸り声を漏らしていた。
しかも・・その目には、かすかに涙さえ浮かんでいる。
まるで苦しんでいるかのように・・
そして次の瞬間・・・熊は戦意を失ったかのように体の向きを変え、城門の外へと駆け戻っていった。
山の方角へ、土煙を巻き上げながら・・・
「逃げるか! せめて一太刀、刻んでおきたかった・・・」
カルザンは、自分の眼光で熊を退けたなどという都合の良い幻想は抱かなかった。
・・・何か、別の原因があるのだろう。
そう判断する冷静さは、彼にはあった。
だが、町に残された損害は甚大だった。
先ほど起きた謎の武力衝突事件、そして今回の熊騒動。
どう考えても無関係とは思えない。
カルザンの脳裏に浮かぶのは、ひとりの名前・・・元市宰卿ダルマール
「・・・もし奴が原因なら、この程度で終わるとは限らない。まだまだ仕掛けてくる!
早急にダルマールを捕らえねば、まずいことになるぞ」
そう低く呟きながら、カルザンは事態の深刻さを噛みしめた。
だが・・もちろん、この一連の事件は"ダルマール"の仕業ではない。
すべては、ラトナが・・"ちょっとやらかした"結果に過ぎなかったのである。
ちなみに・・巨大熊が途中で戦意を失った理由は、実に単純だった。
町中が、とにかく"臭かった"のである。
特に鼻の利く熊にとっては、わずかな匂いでも耐えがたいほどだったのだ。
この200年のあいだに文明も文化も衰退し、町にとって必要不可欠な(魔導)下水処理システムもゴミ回収もすべてロストテクノロジー! 失われたのだ。
その結果、街はまるで某異世界・某中世の“豊かすぎる香り”に満ちた生活空間と化していたのである。
(17世紀のヴェルサイユは臭かった)
『く・・くさいよ! 耐えられない!』
巨大熊が逃げ出したのは、敵の威圧でも魔導でもなく・・・
ただただ、町の臭気に負けただけだった。
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




