ベア・ハンター
ラトナは静かに息を整え、低く澄んだ声で呪文を紡ぐ。
それは、使役の陰陽術・・生き物を使い魔へと変えてしまうのだ。
「 ꯑꯩꯒꯤ ꯑꯣꯏꯌꯨ꯫ 」
呪文の響きが空気を震わしたその瞬間、黒き腕に絡まれた凶暴な巨大熊は・・びくりと震え、痙攣するように身をよじった。
グウォォォッッ・・・!
大気を裂く咆哮が響き渡り、地面を低く震えさせる。
タコのように蠢く腕(触手)に絡め取られていたその巨体は、ゆっくりと、しかも抗うように立ち上がったのだ。
巨大熊の筋肉が波打ち、圧倒的な力が全身からあふれ出す。
そして次の瞬間、黒き腕は引きちぎられ、乾いた音を残して四散していった。
ラトナの魔導・・束縛術を断ち切り、自由を取り戻した巨大熊は再び咆哮を上げ・・殺意の籠った眼光が二人の少女を射抜く。
ラトナは小さく息を呑み、苦笑を浮かべた。
「・・・しまった。完全に術は失敗しているわね」
「ラトナ様っ! 来ます」
アユリーナの叫びが空気を震わせる。
だがラトナは慌てない。即座に魔導を発動し・・青白い光が前方を覆い尽くす。
そして次の瞬間・・・
強烈な腕力! すべてを引き裂く鋭い爪が青白き壁に叩きつけられ・・・・バシッィィィン!
眩い火花を散らし、衝撃が逆流するかのように熊の巨体を押し返した。
ラトナの思惑は完全にハズれ、使い魔にできない上に、敵意を向けられるという最悪の展開となる。
「仕方がないわね」
ラトナは冷静だった。これも想定内なのだ。
こういうこともあろうかと予測はしていた。
一方、攻撃を跳ね返され・・よろめいた巨大熊は、それでも怯まない。
咆哮とともに地を蹴り、ラトナたちへと第二撃を放つ!
だが、その突進はやはり無駄だった。
ラトナたちの周囲には、青白く輝く魔導障壁が・・なおも展開されていたのだ。
熊の体当たりごときで破れるはずもなく、再び弾き飛ばされる。
その様子をみて、ラトナは叫んでみた。
「大熊君・・やめなさい! 私の使い魔になるのよ!」
はたして・・その声が熊に聞こえているのか!? 理解できるのか!?
彼女は熊の動きを凝視する。
すると・・ほんのわずか一瞬だけ、熊の怒りが収まり・・巨体の動きが止まったように見えた。
だが、それも束の間。
再びその瞳に、怒りの炎がともる。
ラトナは小さく息を吐き、状況を見ながら呟いた。
「う〜ん・・・一瞬だけ効いたけど、大熊君! やっぱり従う気はないみたいだね」
その言葉を聞き流すかのように、その巨大熊はラトナたちを苦々しく睨み・・そして咆哮をあげる。
グウォォォッッ・・・!
巨大熊は仁王立ちになり、頭上から少女たちへと襲いかかってくる
空気が震え、鋭い殺意が肌を刺す。
ラトナはわずかに目を見開いたものの、恐れは微塵も見せない。
むしろ堂々と胸を張り、巨大熊に向かって、再び声を叩きつける。
「お座りせよ! そして・・お手!」
その瞬間、巨体がぴたりと静止した。
信じがたい光景だった。
あの大熊が、ぎこちなく前脚を差し出す。まさかの・・"お手"。
だが、それはほんの一瞬の出来事・・・
次の刹那には、熊の瞳に野生の光が戻り、再び牙を剥いて襲いかかろうとしてくる。
「一応・・ほんの一瞬だけでも効くみたいだね」
ラトナは、この術の特性をある程度、把握した。
ならば、「ふっふ・・あれを試してみようかな」
わずかに口角を上げたラトナは、次に放つべき"命令"を選ぶ。
この命令が通用するなら・・・この陰陽術は確実に"武器"となるだろう!
ラトナは静かに息を整え、巨大熊を見上げた。
「そうだよ・・大熊君! ここから見えるふもとの・・あの町に突撃せよ。兵士たちを踏みつぶせ」
それは、紛れもない非情な命令だった。
ラトナはこの大熊に、まさしく"鉄砲玉"になれと言い放ったのだ。
片道切符。生還の可能性など、ほとんどない。
だが・・・その巨大熊はラトナの声を聞くやいなや、素早く振りかえり、遠くの町を視認した。
そして次の瞬間、巨体は・・地を震わせながらイルモの町へと駆け降りていく。
そう、ラトナの使役の陰陽術は、ほんの一瞬しか効力を持たない。
だが、その一瞬の支配で・・殺意の向かう方向を示してやれば・・・
その後、術が解けたとしても、熊の中の殺意は残る。
「思う存分、暴れておいで・・・」
ラトナは・・見えなくなって行く熊に静かに手を振る。
その"やりとり"を見ていたアユリーナは、言葉を失っていた。
この"使役、または使い魔"という陰陽道に、ある種の危険性を感じたのかもしれない。
もちろん、ラトナも胸の奥にわずかな痛みを覚えていた。
だが・・・"私たちを襲ってきた獣だし・・・仕方ないよね"
などと・・自分に言い聞かせることで、全てを納得させたのである。
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




