皇女アメリア視点 ― 炎都の夜、揺らぐ心
〈帝国首都ヴァルハイド・紅蓮宮/皇女私室〉
夜。窓の外では火山風が赤い砂を巻き上げ、
遠くの噴火口が低く唸っていた。
アメリアは薄い外套をまとい、
静かに炎水晶の灯りを見つめていた。
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――ノエル殿。
あの人は確かに笑っていた。
穏やかに、優しく、誰かを導く者の笑みで。
けれどその瞳には、
燃え尽きない“影”が宿っていた。
長い旅の果てに
多くを失い、それでも歩く者の目。
私は知っている。
炎を背負う者ほど、独りになる。
父も。兄も。
帝国の玉座は、いつだって孤独を強いる。
だから私は――
「引きずり下ろす」でも「縋りつく」でもなく。
隣に立ちたい。
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アメリアは机に広げられた古地図に目を落とす。
炎の聖樹イグニア。
その大地を今、影が侵しつつある。
国土は広い。
軍勢は強い。
威光も資源もある。
だが――
“影”は、力では砕けない。
あの黒い浸食は、
人の心の隙間に染みるように広がる。
炎で焼こうとすれば、より深く沈み、
刃で切れば、断面から広がる。
帝国は強い。
けれど、強さだけでは届かない領域がある。
そのことを、私は初めて理解した。
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――だから、ノエル殿は必要。
あの剣は「正しさ」のためでなく、
「赦し」と「救済」のために振るわれる剣。
あの人は、それを知っている人だ。
彼が“本当は誰なのか”
私は、薄々感づいている。
王国でも語られる、神話の残り火。
影と対の存在。
不死王レオン。
けれど、名前は問題ではない。
それが彼の「呪い」であるなら。
私は、その名ではなく――
今を生きる “ノエル” を見続ける。
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アメリアはそっと目を閉じ、
胸の前で手を組んだ。
「……お願いです。
炎の聖樹を……この国を救いたい。」
そして、声にならない言葉を続ける。
「どうか……
あなたが、また独りで抱え込まぬように。」
燃え続ける火の都の夜に、
静かな祈りが溶けていった。




