炎と水の門 ― 二つの誓い
〈帝国南境・ヴァーミリオン街道〉
アストリアを出て三日。
熱風が砂を巻き上げる赤土の大地を、レオン一行は進んでいた。
地平の向こうに、黒煙を噴き上げる火山地帯が見える。
――そこが帝国領〈ヴァルハイド〉。
“炎の聖樹イグニア”が眠る地だ。
「……ついに、帝国領か。」
レオンは陽炎の向こうに目を細めた。
クラリスはマントの裾を押さえ、静かに呟く。
「空気が燃えているようですね……旦那様、お身体に障りませんか?」
「平気だ。骨まで温まりそうだ。」
レオンの穏やかな笑みを見て、クラリスは思わず頬を赤らめる。
アリアは風の流れを読み取って言った。
「……熱は地脈から吹き上がってる。まるで“聖樹の鼓動”ね。」
そこへセリオが、すでに半分干からびた顔で叫ぶ。
「ボ、ボク、ここ無理ですぅ……! 体内の水分、完全に蒸発してますぅぅ!!」
イリナがケラケラ笑いながら背中を叩いた。
「ハハハッ! セリオ、がんばれって! 汗も友情も気合いも全部蒸発したら軽くなれるヨ!」
「なれなくていいですぅぅ!!」
クラリスが小さくため息をつく。
「イリナさん……少し静かに歩けませんの?」
「エー? だってテンション上がるじゃん! 炎の国だヨ!? レオン様の剣が一番キマる場所でしょ!」
クラリスの笑顔がピキリ。
「……そうですわね、“旦那様の剣”ですから。」
「へぇ~? その“剣”ワタシも見てみたいなぁ~(にやっ)」
(クラリスの殺気レベル:上昇中↑↑)
レオンは少し離れた場所でそのやりとりを聞き、苦笑した。
「……仲が良くて助かる。」
アリアはため息まじりに言う。
「もう少し静かな“助け”がいいんだけど……」
遠くの空で赤い稲光が走った。
炎のような閃光が地脈を照らす。
レオンは剣の柄に手を添える。
「――“影の根”が、この下で動いている。」
そしてその同じ刻、別の地でも――
蒼き瞳が、世界の歪みに気づいていた。
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〈帝国東領・エルダ・ブルーリヴァー峡谷〉
帝国の東端、深き霧と蒼い水の国境地帯。
“水の聖樹アクアリア”の根が広がる神域の入口。
その地に、ひとりの男と四人の仲間が立っていた。
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七星騎士団〈第五位〉――レイヴン・エルノート
長い黒髪を後ろで束ね、蒼銀の剣を携えた騎士。
年の頃は三十代前半。
七星騎士団でも屈指の戦略眼を持ち、“氷水の刃”と呼ばれている。
彼は冷静沈着、だが冷たさの裏に仲間を想う深い情を隠していた。
「……風の向きが変わった。
影の瘴気が、北東から流れている。」
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弟子――リスティア・フェルノート
白銀の髪に、水面のような青い瞳を持つ少女。
十八歳。レイヴンの唯一の弟子にして、恋人でもある。
その槍捌きは師にも迫る実力を誇る。
礼儀正しく穏やかだが、心の奥には熱い炎を秘めている。
「師匠、風がざわめいています……。
この先に、“何か”があります。」
レイヴンは目を細めて頷く。
「感じるか。お前の感覚は鋭い。……さすがだ。」
リスティアは少し照れながらも微笑む。
「褒めても、危険は消えませんよ……レイブン様。」
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錬金術師――ミュリオ・ラスターン
灰色のローブを纏った青年。
常に手帳と薬瓶を手放さない、マッドサイエンティスト気質。
だが、分析力と調整能力は一級品。
「ふっふっふ、やっぱり予想通りです!
この霧の粒子、完全に“影性反応”を示してますねぇ!」
ヴェイルがすかさず突っ込む。
「お前、それ楽しそうに言うけどヤバい兆候だからな?」
「学問的には最高の発見ですよ!? 死にたくはないですけど!」
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弓士――ヴェイル・カルナード
金髪の青年。元帝国軍人。寡黙だが仲間思いで、皮肉屋な現実主義者。
レイヴンとは軍時代の旧知であり、参謀としての補佐を務める。
彼の矢は音もなく影を貫く。
「……あんたの推測は当たってるが、
ここまで瘴気が濃いと、もう“自然現象”じゃねぇな。」
「えぇ! むしろ“人為的異常”です!」ミュリオが即答する。
「つまり、“誰かが意図的に流してる”んですよ、影を。」
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水の巫女――ティル=アクエラ
淡い青髪の少女。
本来は“水の精霊アクエラ”と契約した巫女であり、
アリア(レオン一行の鑑定士)と同門の出身。
水の声を聞くことができる。
「……水が泣いています。
聖樹が、何かに触れられたのです。」
彼女の言葉は風と一緒に流れ、霧がわずかに震えた。
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霧の向こうに、崩れた石の建物群が現れる。
壁は黒く焦げ、地面には黒水が染み込んでいた。
レイヴンが跪き、水を掬う。
透明だった水が、触れた瞬間に灰色に濁る。
「……瘴気の混入。水脈が侵されている。」
「やはり“影”の仕業ですか?」リスティアが問う。
「間違いない。ここはもう“聖域の外縁”だ。」
ミュリオがゴーグルを下げて観察する。
「この結晶化反応、尋常じゃないです!
しかも、聖樹由来の魔力線が……逆流してます!」
ヴェイルが眉をしかめる。
「聖樹の“力”を逆流させる? そんな真似、普通は……」
ティル=アクエラが沈んだ声で言う。
「……封印を壊そうとしているのです。」
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その瞬間、川面がざわめいた。
霧の中から、黒い影が人の姿を象り始める。
透明な声が、深い水の底から響いた。
> 『……守るために、流れを止めた。
だが今、我は何を守ればよい?』
リスティアが息をのむ。
「……話しています、レイブン様……!」
レイヴンは一歩前に出る。
「貴様は……かつてこの地を守護していた者か?」
> 『我は“水骸の魔王イドゥラ”。
聖樹の根を護る者――だった。
だが封印が腐り、我は“影”に堕ちた。』
レイヴンの瞳が鋭く光る。
「ならば――お前を解き放つ。」
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イドゥラが腕を伸ばし、黒水が洪水のように押し寄せる。
レイヴンが剣を抜き放ち、斬撃で波を裂く。
「“月影閃・水断”!」
リスティアは跳躍して槍を構える。
「“蒼槍突波〈アクア・スティング〉”!」
槍が稲妻のように走り、黒い影を貫いた。
「レイブン様! もう一撃いきます!」
「焦るな、リスティア。流れを読め。」
「はいっ!」
ヴェイルの矢が飛び、ミュリオの錬金触媒が炸裂する。
「“浄化爆剤ナンバー9”! どーん!!」
「おい! 爆風がこっち来てるって!!」
「データは取れました!!」
「誰も頼んでねぇぇぇ!!」
その隙を突き、レイヴンとリスティアが同時に踏み込む。
「今です、レイブン様!」
「――ああ。“双閃・水華陣”!」
青い斬撃と槍閃が交差し、
イドゥラの身体を光が包んだ。
> 『見事だ……水の守護者たちよ……
だが、封印は……もう、軋んでいる……』
黒水が静かに崩れ、谷に再び清流が流れた。
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リスティアは息を整えながら槍を収める。
「……イドゥラは、悪ではなかったのですね。」
レイヴンは頷く。
「彼もまた、“影”に囚われた犠牲者だ。
――聖樹の奥に、真の原因がある。」
ティル=アクエラが水の声を聞き取る。
「……“誰か”が、聖樹の根を呼んでいます。
影の主……まだこの地にいます。」
ミュリオが震える手で記録を取りながら呟く。
「影性エネルギー、さらに上昇中……!
誰かが意図的に瘴気を注入してる……!」
ヴェイルは弓を握り直し、前方を睨む。
「つまり――まだ“戦いは続く”ってことだな。」
レイヴンは霧の奥を見据えた。
「ならば進むまでだ。
――この影を、根こそぎ断つ。」
霧が割れ、冷たい光が差し込む。
その奥、滝の上に赤黒く輝く魔法陣が現れた。
> 『ようこそ、水守たち。
“我ら”の世界へ――』
谷全体が、震えた。




