38-12.ランデル防衛戦(7)開戦
毎朝の軍議で、遂に敵接近の報が入る。
「メラージェの軍勢が予定通りのコースで、こちらに向かっています」
ラハイテス、スバリヤをはじめ、各将は覚悟を決める。
遂に来た。
もう数日中に来るのはわかっていたが、これで、ランデル到着日がほぼ決まった。
おそらく3日後にランデルに到着する。
「後続の部隊は?」
「メラージェ軍が延々と連なっていますが、他の部隊は見当たりません」
「本体はまだか……」
「本体の位置はまだ不明だ。おそらく、到着までにはある程度の日数がかかる」
そうとしか言えない。
本体もずいぶん前に出発しているはずだが、デルデ側の勢力圏内を移動中なので、情報は旅人や商人から入るもので、正確な日数と規模が測れない。
規模はわかったところで、ランデル軍が対抗するのは難しいくらいには大きいので数が分かっても対策できないが、到着日はできれば正確に知りたい。
メラージェの部隊が数日のところまで来ている。
到着まで、あと3日というところ。
本体はまだ見えない。それが現状だ。
「ラハイテス、移動中のメラージェに奇襲はしないのだな」
カヤハルがラハイテスに問い、これにラハイテスが答える。
「ランデルに到着するまではこちらからは手を出さない。
到着したところを狙う。これも、拠点作りを遅らせるのが目的だ。
おそらく数を減らすことはできないだろう」
これは、ラハイテスの気が変わっていないことを説明しただけで、既定路線だ。
移動中は、防御が薄くなるので奇襲をかければそれなり効果は出る。
だが、場所が敵の勢力圏内。
地の利が無い場所で戦うことになるので、こちらが致命的な打撃を受ける可能性もある。
それに、下手にトラブル起こすと、その地域住民を敵に回すことになる可能性もある。
※同じ敵対関係でも、『立場上敵対している状態』と『明確に恨まれている状態』では
大差があります。明確に敵対したくないと言っています。
それは避けたい。ランデルの基本方針は20日耐えること。
20日経って、トルテラが現れなければ、降伏する。脱出できる者は、降伏前に脱出する。
敵の目的は、ランデルを陥落させること。
壊滅的な打撃を与えることではないので、逃げるものを損害覚悟で追うことは無いはずだ。
「スバリヤ、仕上げに入ってくれ」
「わかった」
今進めている陣地構築をやめて、仕上げにかかる。
ランデル兵全員に、メラージェ接近と、到着後に敵が陣を作る前に攻撃を仕掛けることを伝える。
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これは観戦武官として滞在中のナスカリトマからは丸見えだ。
ナスカリトマが過去に体験したことのないほどの大きな戦いを、この視点で見ることになるとは想像もしていなかった。
戦闘がはじまりそうなので、砦に入った。
観戦武官に命の保証はない。
ランデル兵がナスカリトマを害するのは厳禁だが、守る義務もない。
陣地から出るのは自由だが、一度出れば入るのは難しい。
「それにしても、良い動きをする。戦わなくて正解だった」
ナスカリトマが呟くと、世話役が反応する。
「今、なんと?」
「いや、たいしたことではない。良い動きをすると思ってな。
これはしばらく落ちんな」
「はあ、、」
世話役は、ナスカリトマがどんな人物であるかは知っているが、それにしても、危機感が無い。
つまり、しばらくはここは落ちることは無いのだろうと考える。
ナスカリトマは、ラハイテスと挨拶した時点では、しばらく落ちないとまでは思わなかったが、ここから見るとよくわかる。実に良い動きをする。
ナスカリトマの守る国境砦も防御に向かない地形だが、ここと比べればだいぶマシだ。
それでも、撤退ありきの戦術を採用している。
ここには天然の防壁は無く、防衛戦も下げられない。
どう戦うのか見ものだ。
……………………
……………………
メラージェの侵攻ルート上の進路の少し先では、メラージェとランデルの偵察員がお互いを視認する機会が増える。
基本は偵察員同士は交戦しない。
奇襲であれば話は別だが、今回の戦いは奇襲でも何でもない、発見されても問題無い。
戦闘が始まるまではお互い手出しをしない。
手を出すとすれば、進軍速度を下げたいランデル側だろうが、ランデル側から手を出す気は無い。
これは両軍ともに、統率がとれていることを意味する。
偵察部隊と言えども気が立っており、偶発的な戦闘が起きても普通だ。
実際の戦闘は偵察から発展する例は多いが、メラージェもランデルも、偵察員の質は高かった。
両者ともに命令通り、挑発などせず粛々と任務をこなした。
その結果、予想通り3日後にメラージェ軍が到着し、先頭集団が陣地を作り始める。
早くも木を切り倒しはじめた。
現時点ではランデル側はその意図を知ることはできなかった。
メラージェにしても、陣地を作るまで、自分からは手出しをしない。
陣地ができる前に戦うのであれば、圧倒的な人数で押し切る必要があるが、メラージェにそこまでの規模は無い。
それに、長距離を移動してきたメラージェは、今は体力的にも厳しかった。
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一方で、ランデル側は、メラージェが何を始めるかを判断するために様子を窺う。
「わざわざ木を切るか、あそこに何を置く気だ?」
「大きな本部でも作る気ですかな」
大きな本部を作るとすれば、はじめから長期戦の構えということになる。
※形は異なりますが、出城のようなものと考えてください。
わざわざ規模の小さなランデルに対して、はじめから長期戦の構えをするかというと、妙に思える。
だが、むしろ隠れるのに都合が良さそうな位置の木を切り倒している。
あそこに何かを建てる可能性は高い。
はじめから長期戦を想定している敵に、長期戦で対抗するのは非常に厳しい。
長期戦の準備を進めているなら、逆に準備が進むまでは、敵は手薄になる。
ラハイテスが立ち上がる。
「襲撃を掛ける。準備を急げ!」
敵が何を計画しているかは、正確にはわからないが、とにかく、少しでも予定を遅らせる。
敵のやる気を削ぐ必要がある。
ランデルには、兵の編成上、奇襲部隊の将が事実上の総大将ラハイテスという弱点がある。
些細な攻撃に総大将が出ていくのだ。ラハイテス自身は陣頭指揮と言うほど前に出ることはできない。
これだけの兵で攻撃を仕掛けるのは、トルテラと戦ったとき以来だ。
「本攻撃に参加する総員に告ぐ、今回の相手は神様ではない。
手加減はしてくれないからな、怪我をするなよ。
無事皆で、神を迎えよう。1班から出撃!」
「うおおおおおおお!!」
生きて皆で神様を迎える。そのために戦う。
兵たちの希望はそこにあった。
「1班出た、次2班、3班は出て南に向かえ!」
西門から、次々と兵が出撃する。
このタイミングで、ラハイテスの率いるランデル兵が、陣地構築中のメラージェ軍に襲い掛かる。
メラージェ側の反応も早い。
「ランデル軍が来た。作業者を守れ!!」
「やはり出たか! 手筈通り、作業者を守れ、応戦しろ!」
予想以上に反応が速い。だが、それでも効果はある。
メラージェ側も、当然警戒して反撃するものの、陣地構築の手が止まる。
それで十分だ。こんなことのための損害を出す意味が無い。
「深入り無用、守りが薄いところを狙え!」
ラハイテスが、横へ横へと移動しながら指示を出す。
メラージェの弓兵はラハイテスを狙うが、すぐに障害物に隠れて当たらない。
弓兵がラハイテスに気を取られているところに、ランデル兵が槍で一突き。
「うわーーーーー!!」
弓兵は、なんとか逃れる手段を探すが絶望的状況だった。
ところが、ランデル兵は、とどめを刺さずに、すぐに立ち去る。
確実に戦線復帰できないできない深手を与えれば、敵の数を減らすことができる。
ただ、一撃であっても、ある程度の傷を与えていれば、治療のために後方に下がるかもしれない。
これから長い戦いになる。ここで反撃を受けて怪我をしては、後々不利になる。
ランデル兵は反撃を受ける前に、退く。
その方針が全ての兵に徹底されているように見える。
これは強敵だ。メラージェは先鋒。
本体が来るまでに拠点を作ることができれば勝ったようなもの。
数に差があるのでランデルが突っ込んできてくれた方が短期間で勝てる。
これでは、短期で勝つという道が無くなる。
「この卑怯者が!!」
メラージェの指揮官が、ラハイテスを罵るが、ラハイテスは乗ってこない。
ラハイテスには聞こえているはずなのに、反応が無い。
「くそ、やはり乗ってこないか、
守りを固めろ、守備兵を2倍に増やせ! 他の作業より優先だ!」
ラハイテスは、その指示が一部聞こえたので、厄介な相手だと思う。
「退くぞ、砦に戻れ!」
ラハイテスの部隊は、軽装兵で構成されており、こういった卑怯とも思えるような、嫌な攻撃をチクチク加えるのを得意としている。特に、ここはランデル。地の利がある。
とはいえ、時と共に、相手の陣の完成度が上がり、少々の奇襲が効きにくくなる。
先ほどの指揮官は、いきなり防御を固めさせた。
兵を休ませて総攻撃よりも、本体を待つ可能性が高い。
実際の被害の大きさ以外にも、やられる側の心理的にも厳しい。
敵と直接戦うならともかくとして、陣を作っていて命を落とすのは兵たちも避けたい。
陣地構築要員が次々に怪我で後退していったら、メラージェの兵の士気は大きく落ちる。
ラハイテスはそれを狙っていたが、あの指揮官が相手では効果が薄そうだ。
※けっこう効果を上げてますが、ラハイテスさん的には不十分な成果だったようです。
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同じころ、メラージェ側でも、ベリメルが次のラハイテスの奇襲に備えて、指示を出していた。
”なんとか、あの部隊に大打撃を与えることはできないか?”
頭の中で、方策を練る。
ラハイテスの部隊は、軽装で突破力のない部隊だけに、挑発したところで真正面から当たることは無いだろう。
一兵卒に至るまで、一撃離脱を徹底していた。
向かってきてくれれば、こちらが損害を出しつつも、ランデル側の部隊をすり減らすことができるのに、さっきの戦いでは、ラハイテスの配下はほぼ無傷。
こちらも、人的損害は大きくないが、陣地構築のための労力は大きく上がった。
長距離移動してきた疲れがとれていないのに、兵を休ませることができない。
これでは、本体が来るまでに、陣地を作って、メラージェ軍が組織的行動を維持できるレベルを保つのがせいぜいのところだ。
陣地構築と、作業者の防御に、これだけ多くの兵を割り当てる予定が無かった。
水の確保、食料の炊き出しにも支障が出ていた。
陣地構築の指揮をしているベリメルは本作戦におけるメラージェ軍の最高指揮官であるペイランカに報告に行く。
「ペイランカ様、陣地構築を急がせていますが、何度も敵襲に遭い……」
ペイランカは報告をすべて聞く前に話を遮った。
「どうだ?」
ベリメルには、この”どうだ?”の意図が分からなかった。
陣地構築がうまく行っているかの意味ではないかと考え、こう答える。
「損害を増やさぬよう注意しつつ、現在は護衛を増やして対応しております」
「違うな」
「は?」
ベリメルは、何の話をしているのかが掴めない。
ペイランカは優秀な指揮官という評判があるが、ベリメルがペイランカの指揮下に入ったのは、この作戦がはじめてだ。
不機嫌な様子も無く、何を考えているのかよくわからない。
現時点では、会話が難しい相手だという苦手意識が強い。
何を言うか悩んでいると、ペイランカが話す。
「ラハイテスはどんな相手かと聞いたのだ」
これなら答えられる、はじめからこう言ってほしかった……とは思いつつも、
素直に報告する。
「はあ、堅実です。想像していたよりずっと。
煽っても乗ってこず、一兵まで指示が行き届いています。
まともな軍の精鋭と戦っている気分です」
ペイランカは、少し妙に感じた。確かに相手は牽制用の軽装兵。
とはいえ、総大将ラハイテス直轄の隊が精鋭でないはずが無い。
隙は無いかと眺めていたものの、わざとらしい隙はあるが、見落とし的な隙は見当たらなかった。
小国の軍と戦っている気がしない。
「ラハイテスは無能では無いと聞いていたが、傑物だったか」
ベリメルは、少々困った。
かなり手ごわいとは言ったつもりがあったが、ラハイテスが傑物であるなどと報告したつもりは無かった。
「そこまでは(言ってない)……ただ、ウルキスタ本体が来る前に決着はまず無理でしょう」
ラハイテスが、その行動をとるのであれば、メラージェ軍が先にランデルを落としてしまうというのは、まず無理だろう。
ベリメルは、叱責されるでもなく、解放された。
何も言われないことを奇妙に感じていたが、ペイランカから見て、ベリメルは十分健闘していたので、言うことが無かっただけだった。
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一方で、ランデル側も、有効な手が無く、定期的に攻撃を仕掛けて邪魔をして、相手の陣地構築を遅らせるくらいのことしかできないが、相手が予想以上に手堅く、効果は十分とは言えなかった。
もちろん、攻撃をすれば、相手側には多少の損害と遅れが出る。
損害を出さずにできる範囲で邪魔をする。
不定期でときどき邪魔をするだけで、敵の陣地構築の効率は下がる。
襲撃に備えなければならないからだ。
この頃メラージェ側の陣地構築ラインは、既に長槍を装備しており、軽装のランデル兵では有効な攻撃が難しくなっていた。
※奇襲を仕掛ける側は長槍は使いにくく、守る側は長槍を使いやすいので時間と共に
守り側が有利になっていきます。もちろんランデルも守備隊はかなり長い槍を使います。
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ラハイテスをはじめとした攻撃部隊の将で話し合いをしている。
「予想より厄介ですな」
わざとカヤハルが声を上げる。
敵の先鋒のメラージェの指揮官はペイランカ。
実に固い。
※実際はベリメルさんの手柄ですね。
要塞化されたランデルを見て、簡単には落ちないと判断したのだろう。
「もうすぐ陣地が完成する」
「攻めてくるか?」
そこだ。陣地が完成すると、逃げ帰る場所ができる。
陣地無しに戦って負けると立て直しが難しいが、陣地があれば立て直し可能なのだ。
相手のやる気、目的がまだ見えない。
本体と合流するまで戦闘を仕掛けてこない可能性、
アリバイ作り程度に攻撃してくる可能性、
真面目に仕掛けてくる可能性すべてがある。
ここまでの戦い方を見た範囲では、積極的にメラージェだけで総攻撃をかけてくる可能性は低そうに思えるが、裏で準備を進めていたとも考えられる。
「ビオネッタ、総攻撃が来る可能性もある。全力で備えてくれ」
「はい」
ビオネッタは、元リーディア配下の騎士隊の指揮をしている。
今回のランデル防衛戦は助太刀的な立場でありながら、最重要の仕事を任されてしまった。
スワレンも、改めて指示を出す。
「私からもたのむ。できる限りの支援はする」
こんなのは命令でも何でもない。
時期が来ればビオネッタたちもランデルを捨て撤退する。
だが、その時が来るまでは死守しなければならない。
元騎士隊が破られれば、敵が突入し、スワレンたちの脱出も難しくなる。
スワレンの脱出が難しい状況では、雑用等で残っている非戦闘員の脱出も難しい。
要約すると【死なずにとにかく時が来るまで耐えてくれ】、そんな意味になる。
ビオネッタは、祖国でも無いランデル防衛のために死にたくは無い。
それに、死ぬならリーディアの指揮下で死にたいと思っていた。
今は死ぬ時ではない。
任務を果たしたうえで生還する。
※ビオネッタさんはリーディアさんのファンで、おっさんのことは、
あまり好きではありません。いろいろ微妙な関係なのです。




