38-07.ランデル防衛戦(2)カタイヤの謎
「陣地は良いが、やはり、戦術には問題があるか」
今回の戦闘の要になる西門の話だ。
ここに重装兵で壁を作る。
力押しで突破できるかもしれないと思わせて、敵を集めて、なるべく数を減らしたい。
だが、本当に突破されては元も子もない。
ところが重装兵が実戦でいったいどれだけ持ちこたえるものなのか、ラハイテスには判断できない。
僅かの時間で突破され、後の世で、あんな戦法使った指揮官の愚かさを笑われるかもしれない。
この戦法を使おうとしているのは、現在自軍に重装兵が存在しているからだ。
その割に、ラハイテスが判断に迷っているのは、ラハイテスは重装兵を使ったことが無いから。
そもそもどんなものかよくわからないからだった。
理屈的には、この場面で威力を発揮する兵であることは確かなのだ。
だが、ランデルには昔から重装兵が居ない。
仮に、過去に居たとしても、実戦を経験した者は現在現場に一人も残っていないはずだ。
もうずいぶん長い期間、ランデルは他国と真正面からのぶつかり合いの戦闘をしていない。
さらには、重装兵を指揮する立場のスワレンも重装兵に詳しくは無い。
「リーディア様が居れば、良し悪しの判断くらいはできそうだが、
私にはどうにも判断しかねますな」
※スワレンさん本人は、だいたい何でも筋肉で解決できる方ですが、
指揮官としては丘上の警備をやっていた期間が長く、力押しの戦闘経験はありません。
リーディアが少し見て意見をくれるだけでもだいぶ違うと思うのだが、
ここにリーディアは居ない。
※リーディアさんも、重装での実戦経験はありません。
が、本人が重装での訓練もしてますから、ある程度まともなことが言えます。
用兵に難あり。これが現在のランデルの一番の弱点となっていた。
陣地がこれだけ準備できているのに、その作戦を実行する兵の使い方の方には不安がある。
……………………
スバリヤの喜びようを見てもわかるとおり、陣地構築では予想以上に、スワレン配下の元連合兵が活躍して安心していた。
一方で、戦闘の連携には難がありそうなことが見えていた。
そもそも、役割分担的に難がある。
ランデルを死守したいランデル兵と、加勢しに来た元連合兵の特性が逆なのだ。
死守するのに向くのが元連合兵で、遊撃に向くのが、ランデル兵だった。
この特性が逆なら扱いやすかったのだが、ランデル兵は壁としては弱い。
ランデルは、ここ数十期(数十年)、敵と真正面から当たるような戦いは経験していない。
損害を出さずに敵の戦意を削ぐような戦いが多い。
とは言え、連合から合流した兵に”死ぬまで戦え”とは言えない。
それがまた、使い方を難しくしていた。
「いよいよのときは、スワレンにはスワレン配下の者と、
”あと幾人か”を率いて脱出してほしい。
ランデルが落ちるまで逃げ切れば、それ以上は追わないはずだ」
この”あと幾人か”の中には、ジョシュアが含まれる。
ハスクバハルの進軍が遅く、ジョシュアが戻ってきてしまった。
ジョシュアが、スワレンに自分を連れてランデルに帰るように頼み込んだ。
スワレンは喧嘩を売った本人であり、ハスクバハルに出入りするのには危険が伴う。
……と思ったが、実際はそうならなかった。
スワレンと行動を共にすると、余計に危険だと言って置いてきたかったのだが、
エスティアが鎧で空に上がったあとは、お祭り騒ぎで、出る方はとても簡単だった。
スワレンは、ジョシュアを連れ帰るつもりは無かった。
ラハイテスがジョシュアをランデルから遠ざけたがっていることは知っていた。
それでもジョシュアに頼まれて断り切れなかった。
それに、スワレンには、ジョシュアがトルテラを呼ぶ餌になるのではないかと思えたのだ。
※ラハイテスもその可能性を考えつつも安全を優先して逃がしたのですが。
喧嘩を売ったのはスワレンだが、あの時点では、実際に戦いが起きる可能性はほとんど無かった。
ところが戦いは起きた。
そして、トルテラが戻らない限り勝ち目は全く無い。
それを考えると、トルテラが戻って来る可能性が高い。スワレンはそう考えた。
(リーディアも同じ見解だった)
「スワレン、無事戻ってきてくれたのはありがたいが、やはりジョシュアは……」
「ジョシュアでしたら、私が連れて帰らずとも自力で戻ろうとしたっでしょう。
その方が危険が大きい」
もちろん、ラハイテスだって、それは承知している。
だから、安全な場所に届けて軟禁でもしておいてほしかったのだ。
今回のランデル攻めは見せしめに叩き潰すのが目的なので、ハスクバハル側が人質を取ってランデルを降伏に追いやることは無い。その点では、人質として使われる危険性は少なかった。
元連合の兵たちは、どこかの時点で逃がす必要がある。
そうすると、同じ砦の中で、ランデル兵と、元連合兵で温度差が生じる。
それでも、逃がす必要があると考える。そのときに、ジョシュアも一緒に連れ出してほしい。
ジョシュアは拒否するだろうがスワレンに頼めばやってくれるだろう。
連れてきたのはスワレンなのだから。
ある程度負けが見えたら、スワレンの隊には脱出してもらう。
「もとはと言えば、私にも責任があります。とは言え、部下にここで死ねとも言えない。
もしものときは、私が命に代えても脱出させましょう」
「すまんが頼む」
スワレンは自分だけ助かりたいとは思っていないだろう。
母、カタイヤはラハイテスにも逃げ延びろと言っている。
だが、ラハイテスが逃げたらランデルは即落ちる。
そんなことはできない。
相変わらずわからないのは、カタイヤが何を狙っているのか。
今のところ、ラハイテスの知る範囲でランデルに勝ち目は無いように見える。
その割には、負ける前提で行動しているようには見えない。
むしろ、勝てることを知っているように見えるのだ。
再度、そのあたりを確認しておきたい。
ラハイテスの感覚では、20日持ちこたえるのは容易では無いし、20日でトルテラが現れる保証も無い。
……………………
戦闘が始まって20日耐えればトルテラが戻ってくる。
そんな噂がまことしやかに流れている。
だが、その20日という数字はラハイテスが言ったもので、
それは、トルテラが戻るのに必要な日数ではない。
ランデルが持ちこたえられる日数だ。
なのに、皆、20日耐えればトルテラが来ると思っている。
そんな話があちこちで聞こえる。
「トルテラ様が来るまで持ちこたえればいいなら、なんとかなるんじゃないか」
「どちらから来るのかわかれば、お迎えに上がるのに」
トルテラが20日で来るという保証は無い。
耄碌して、カタイヤまで、そんなことを信じているのではないかと様子を見に行く。
ただ、ラハイテスが20日と言ったよりずっと前から、カタイヤはトルテラが戻る前提で動いていたように見えた。
そこが謎なのだ。何かを隠しているように見える。
屋敷に入ると、カタイヤは起きてきた。
「母上、隠し事があるなら教えてください。もう、戦闘はすぐにはじまります」
「隠し事? あると思うか?」
突然聞いてこの返し。ラハイテスが何を言うかは見当がついていたのだろう。
やはり、耄碌したようにも見えない。
ただ、隠し事に関しては、有ると思うかと言われても、無いとは思えない。
ラハイテスは自身の父親のことも含めていろいろなことを隠されているように感じている。
あれは隠しているうちに入らないとでも言うのだろうか。
まあ、今聞きたいのは父親のことではない。
ランデルが勝てる理由だ。
「その落ち着きよう、何が起きるかわかっているように見えます」
「そのことなら、前にも話しただろう。
戦が起こらずとも、わしはもう長くない。竜が来る方にかけただけのこと。
わしは、もう役に立たぬ。お前は死んではならぬ」
相変わらずおかしなことを言う。
カタイヤが余計なことを言わなければ、戦争は避けられる可能性もあった。
それをわざわざ潰したのはカタイヤだ。
「…………」
「おまえこそ、わたしに隠し事をしておるだろ。
ジョシュアと2人で何を企んでおる?」
ジョシュアが何か情報を漏らしたのだろうか?
母に知られること自体は問題無いが、何の力も持たない神様のことを話す意味は無い。
「たいした話ではありません」
「そうじゃな。そういうものだ」
「?」
「おかしいと思わんか?」
いきなり言われても、何についての話をしているのか見当がつかない。
「何がおかしいと?」
「おかしい。兵たちがトルテラに懐きすぎている」
ラハイテスはおかしいとは思わなかった。神様を慕うことに疑問の余地は特にない。
「そういう母上も、トルテラ様を待っているではありませんか?
ランデルに来るという根拠など何も無いのに」
「根拠が無い? お前は竜を見た。わしも、若い頃竜を見た。
大きな竜・ガスパールという竜じゃ」
やはり、竜に何かを聞いているのだろうか?
それとも、カタイヤも石を持っている?
「その竜は、人間と話をしようとしていたと聞きます。もしや母上は……」
「そうだな。あれは惜しいことをした。今でも悔やんで居る。
あと少しで話せそうだった。もしかしたら語りかけられたのではないかと思った」
「話せなかったのですか?」
「あと少し早く、耳を傾けていれば話ができたと思って居る」
「話はできなかったのですね?」
「ああ。できなかった」
話はできなかったと言っている。
真実かどうかは別として、話はできなかったと言った。
「話ができなかったとしたら、別の……」
言いかけたときに、カタイヤが続きを話す。
「もう一度チャンスが欲しかった。
だが、娘が竜に会うことに成功した」
結局、ラハイテスが竜に会った話に繋がってしまった。
ラハイテスは会っているが、ランデルに来てもらう約束はしていない。
そもそも、竜はトルテラが戻らなければ人間の世界に来られないのだ。
※この時点でのラハイテスさんの認識です。
「だからといって、竜が来るとは限りません」
「私は……来ると思って居るだ」
「何か根拠があるのですね?」
「来なければ死ぬだけのこと」
またこれだ。住民を巻き込んで戦争をするのだ。当然死人が出る。
「母上が死ぬだけではありません」
「そうじゃな。だから来るのではないか?」
「母上……根拠がありません」
話の通じない相手と話している気分になるが、単なる願望を言っているだけにしては、それはそれで、納得しづらい。
何かがあるように思えてならない。
カタイヤは死人が出ても勝ちを取りに行くが、死人を出して負けを待つタイプではない。
「雨漏りの宿舎にしばらく閉じ込められたことがあったと聞いた。
神様は兵たちが雨に濡れるのを嫌ったと言っていたな」
あのとき兵舎で過ごした兵が行き来しているので、ここでも、その話は有名であり、
カタイヤは当然知っているはずだ。
ラハイテスは何が言いたいのだろうかと思いつつ答える。
「予想外の大雨で困っているところに、トルテラ様が来て、
雨漏りを止めてくださったのです」
「その神様は人を愛でるのだそうだな」
「人間の女を愛でると聞きましたが、確かにそのように見えました」
あの頃は楽しかった。
ラハイテスは、あの頃はいつもドキドキしていた。
あの神様は、お姫様が好きだと聞いた。そして、実際にそう見えた。
あんな生活を再びしてみたいとは思うが、神様は今居ない。
そして、ランデルはもうすぐ攻撃を受け、神様が戻ってこない限り滅ぶのを待つばかり。
当時を懐かしむ余裕など無いのだ。
そう思ったところに、カタイヤの言葉が刺さる。
「お前は、特別扱いではないのか?」
神様はお姫様が好きだと言っていた。
だが、ラハイテスは呪いの女では無かった。
「私は、妻にはなれなかった」
この一言で納得すると思ったが、カタイヤは続ける。
「妻以外の特別なのではないか?」
そう言われると、確かに、特別ではあるのかもしれない。
ラハイテスは、母は、何か知っているのだろうかと疑問を持つ。
抜け殻の神様のところ言っているのだろうか?
ラハイテスは抜け殻の神様の妻にはなれるはずだ。
やはり、抜け殻の神様のことを知っているわけではないのだろう。
だとしたら、何の話をしているのだろうか?
「神様に戦いを挑み、蹴散らされ、竜と会い、宿舎を共にした。
わしには特別にしか思えぬ。
竜に工事まで頼んだ。それが特別なことでは無いと思うか?」
そういう意味では特別だと思う。以前ルルシアにも言われたことがある。
竜に頼みごとをした人間は居ない。竜は人間の言うことなど聞かないのが普通だ。
「はい。確かに特別だったかもしれません。
ですが、この戦、助けてくれるよう、お願いをすることはできませんでした」
「まあ、わしは、来る方に賭けた。
わしが死ぬ前に連れてこい。わしだけでなく、たくさん人が死ぬぞ」
「そう仕向けたのは母上でしょう」
「ジョシュアとお前の企みがなんだかは知らぬが、手遅れになる前に手を打て」
ラハイテスとジョシュアが企んでいるのは、とても小さなことで、しかも、だいぶ先のことだ。
この戦いに勝つ方法では無い。それをあてにしてるとしたら大変だ。
ジョシュアとラハイテスが何かを企んでいる。勘の良い者なら気付くかもしれない。
だが、それは、今回の戦闘には関係が無い。
「戦争を止めるような話ではありません。
母上にとって都合の良いことは、そうは起きません」
「まあ良い。ところで、あの似顔絵の件だが、」
何を言い出すかと思えば、今度は似顔絵の話。
それはもう何度も説明した。似顔絵で神様を呼ぶことはできない。
「はい。母上はなぜか気にしておられますが、暇潰し、時間を持て余す兵に、
道具を渡すとこのようなものを書いた。それだけのことです」
「髭の男と、これはなんだろうか?」
「母上、もうすぐ戦がはじまるのです。こんなことをしている場合ではないでしょう」
「よく見ろ、お前は特別だということをわかっておらぬ」
「この絵に何かが?」
「もう一度説明してみろ」
この絵にヒントがあると言っているようにも感じる。
確かにこの絵には何かがあるようではあるのだが、ラハイテスにはよくわからなかったのだ。
カタイヤが絵を一枚ずつ分類しながら言う。
「こちらが森から来た女たちが書いたもの。
こちらがランデル兵の書いたもの」
「はい。その通りです」
「お前の話の通りであれば、森の女は髭を描いていない」
それは当然だ。髭を毎日剃っているのだから、書くわけがない。
「髭は毎日剃っていますから」
「髭を全て剃っているのか?
この部分だけ残しているからこの絵が描かれたのではないのか?」
ランデル兵の描いた絵には髭が描かれているが、
妻たちが描いた絵には髭は無い。
「いえ、森から来た女たちの絵はこれです」
「どちらが正しい?」
これが謎なのだ。どちらもトルテラに見える。
「ひげは剃っています。ただ、私にはどちらもトルテラ様に見えます」
「髭を全て剃っているなら、こちらが正しい絵になりそうだな」
「正しい?」
「本当の姿はわからぬが、森から来た女たちにはこう見えているのではないか?」
「本当の姿? なぜそのように?」
「長く共に過ごした者にはこう見える。あるいは特別な存在にはこう見える。
そうではないのか?」
ラハイテスは、そう書くのが作法だから、そう描いているのではないかと思った。
一般的な男のイメージを描けば、兵が描いた絵になるだろうと思った。
ダルガンイストの勇者像も、こうなっていた。
見えているもの自体が異なる可能性がある?
ラハイテスは、その答えには辿り着かなかった。
「なぜそのように考えたのか教えてください」
はじめは戯言だと思って聞いていたが、ラハイテスにもわからなくなってきた。
絵が下手なわけでは無く、本当にそう見えている可能性がある。
確かに、この絵に関してはシートが何かがあるようなことを言っていた。
「ジョシュアが描いた絵は、森の女たちの絵と似ていた。ただし、首が長い」
「ジョシュアが? その絵を見せてもらえますか?」
「地面に描いた。もう消えてしまった」
本当だろうか? あとでジョシュアに聞くことにする。
「母上はもしや、本当の神様の姿をご存じで?」
「私は見たことが無いから見たいと言っている。
自分にはどっちに見えるのか興味が湧いた」
「見るものによって違う姿に見えるなど、どこでそのような知見を?」
「勘だ、勘。今までどれだけ調べても情報は出てこなかった。
死ぬ前に竜を見たい」
ラハイテス自身も気になってきた。
なぜ兵とトルテラの妻たちの描く絵が異なるのか、毎日ヒゲを剃っていることを知っているのに、兵はトルテラの絵に髭を描くのか。
これは、今までどれだけ調べても出てこなかった情報をラハイテスが持ってきた。
ラハイテスに竜を連れてこいと言っているのだ。
いずれ連れてくることはできるかもしれない。
だが、今のままではその前にカタイヤは死ぬ。
「疲れた、私は休ませてもらう」
そう言うと、カタイヤは寝床に戻ろうとする。
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ラハイテスは疑問が増えてしまった。
戦闘前のこのタイミングでなぜかトルテラの姿が気になる。
人によって姿かたちが異なって見える竜が居るのなら、その竜に会ってみたい。
カタイヤであれば、自分の命を懸けてでも実物を見たい。
そう考えているのだろう。
ラハイテスがそう考えていると、カタイヤが少しだけ戻ってきて言った。
「お前は最後まで付き合う必要は無い。
ただ、私が死ぬ前に竜を連れてきてくれ、頼む」
「姉上は?」
「あれは残す。おそらく大丈夫じゃろう。戦も謀略も下手。
そのわり、まとめることはできる。
一番御しやすい。あれを殺そうとは思わぬ」
確かに、巷ではそう言われているが、本当にその通りになるか?
使いやすいから、負けても、殺されることは無いだろうと言っているのだが、言い換えれば無能と言っている面もある。
族長の座を継がせる者をそのように思っているというのも、それはそれで問題があるように思う。
※結局のところ、カタイヤは血を残したいので、負けても殺されず、
地位も失わず済ませることができるなら致命的ではないと思っています。
それで生き残るなら、それはそれで才能なので、悪いことではありません。
ただ、能動的な人物は、そのような特性を悪いことと、捉える傾向はありそうです。




