38-03.カリオ神殿跡地復活(3)
森では、いよいよカリオ神殿跡地復活の影響が目に見え始めていた。
※森=トート森
普通の人間には神殿跡地の力は直接体感できない。
大芋の生育がいくら早くても植物の……特に地下にできる大芋の育成速度は目に見えにくい。
葉や蔓の成長速度も変わるが、それも含めて1日で多くの人が気付くということは無く、多少遅れて実感する人が増えてくる。
それでも、数日という時間の中で、カリオ神殿の効果が復活したことに気付く人が増える。
町で気付く人が増えてきたころには、新規に作った大芋増産用の大芋畑では、実害が出始めている。
カリオ神殿跡地の効果が消えた前提で植えたものだ。
大芋畑の作業者が数人集まって話をしている。
「こりゃ、間違いなさそうだな」
「町の方でも、元通り実が付くようになったって」
それまで広範囲で収穫可能だった大芋が、神殿跡地周辺でしか育たなくなって、急遽作られた大芋畑だが、再び以前の勢いで収穫可能になると困ったことになる。
「これが全部、以前の勢いで実を付けたら……」
試しに、初期に植えたものを掘ってみる。
まだ芋は小さいが、もう隣の畝の芋と絡み始めている。
このまま成長すると、芋が絡み合って掘り起こすのに必要な労力が莫大なものになる。
すぐに消費するのであれば少々傷があっても問題無いが、収穫するとき確実に傷物になるので、遠くまで運べない。
元から傷みやすい大芋が傷だらけになったら、トートピアに運ぶのも難しくなるかもしれない。
※トートピア=トート森の首都。
カリオ神殿跡地、オーテル神殿跡地から、さほど遠くない場所にある。
「これじゃ、収穫は無理だ。」
「カリオ神殿跡地が復活したのは確実だろうな。大鎧様が戻ってきたのだ」
※『大鎧が戻ってきたに違いない!』という感じです。実際はまだ日本に居ますよ!
「それにしても、異常じゃないか? この芋の育つ速さは」
「ああ、あちこちでそんなこと言われてるよ」
これでは、カリオ神殿跡地の効果が消える前を遥かに凌ぐ。
「以前より育つのが早いかもしれんな、これは」
「半分じゃ足らん、3列中2列を間引け」
「1列おきに間引きしたところはどうしますか?」
「そのままでかまわん。早めに収穫する。」
「こうなったら、放棄しては?」
「まだだ、森全体に実が付き始めるまでは、ここで収穫しなければならない」
※大芋は小さな畑で大量に収穫可能で、植えてから収穫できるまでの期間が、
非常に短いという特徴があります。
「せっかく植えたのに、今度は間引き……」
今まで大芋の増産のために大芋畑を作っていた人々が、ようやく作業を終えたところで、
今度は恐ろしい勢いで大芋が育ち始めたのだ。
これが意味するところは、カリオ神殿跡地の復活。
神が戻ってくる。
ランデルに移動してしまったと思った神様の力が、トート森のカリオ神殿跡地に戻ったのだ。
それは良いことなのだが、カリオ神殿跡地の効果が失われている前提でオーテル神殿跡地周辺に合わせて大芋を植えたので、今の勢いで芋が育つと、地下で、絡み合って収穫が難しくなってしまう。
今度は慌てて間引きをする。
……………………
……………………
この情報は僅かの間にバイラッサ、そして、北ハスクバハルにも伝わる。
トート森は、兵士まで動員して、大芋の増産体制を作り、今度は間引き作業をしている。
森全体に影響のあるような存在が戻って来る。
森全体の作物に影響を与えるほど大きな力を持ったものが戻ってくるとなったら、一気に勢力が塗り替わる。
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場所は変わり、ここは以前エスティアが滞在していた国境砦。
ここには森の情報も早いタイミングで届いていた。
その情報を受けて、今後どのように動くかを、砦の指揮官で話し合っていた。
「あの嬢ちゃんの神様は、本当に戻ってくるようだな。
本国の連中は既に死んでると思っていたようだが」
そう言ったのはベッケン、この砦の最高責任者だ。
小さな砦だが、今ではかなり特別な場所となってしまっている。
もはや中心地とも呼べる。
この砦の周辺に、北ハスクバハル内の各地方から派遣されてきた連絡員が滞在するための施設を作り始めていた。
ストーンサークルから鎧が空に上がり、神様を連れ戻した。
そんな特別な場所になっている。
あのインパクトが強すぎたのだ。
「たしか、城下町も勝手にできたと言っていたな」
副官のナスキーが答える。
「確かに。これでは、ここにも町が出来そうな勢いですね」
「こんな大国の外れの外れ。
国境の砦にこんなに人が集まるとはな……
これが、その無職の老人とやらの力ということか」
この重要な時期に、場所を決めて、対策本部を作ろうというのはわかる。
だが、皆で合意したわけではなく、誰からともなく、ここに出張所を作り始めた。
こうなった経緯は簡単だ。
今後どうするかを決めるにあたり、鎧が空に上がるという謎の光景を見に来た。
本当にそんなことができるのであれば、信じてみる価値もある。
飛ぶと言っても、そんなに高く上がるとも思っていなかった。
ところが、飛ぶ以前に浮いていた。
あれを見た時点で、多くの者は、これを敵に回すのはまずいと感じた。
そして、そのあとエスティアを乗せ、鎧は空高く上がった。
矢が届くような高さでは無かった。
そんな高さまで上がって、エスティアは無事降りてきた。
あのとき、各地の代表者たちが野営のための道具を持ってきていた。
それをそのまま利用する形で、この地に出張所を作った。
いくつかの地域の施設がここに有れば、他の地域の者もここに施設を置く。
結果として、この地に集結しつつある。
「ここの者は、皆見てますからな」
そう答えたのはナスカリトマ。国軍の戦闘指揮を担当している。
鎧が歩き回り、空高くにエスティアを運ぶという妙な現象が起きた。
大観衆の前でやって見せた。
あの一発で、バッカ地方の有力者の考えは一気に決まった。
あんなの反則技だ。
※バッカ地方は北ハスクバハルの東側の地方
あんな大事件が起きれば、本国の考えも変わるかと思った者も多かったが、実際には変わらなかった。
本国ではトルテラと呼ばれる謎の老人は、高齢で既に死んだと考えられていた。
少々の騒ぎが起きたところで、死んだ人間が生き返るわけがない。
実際に見た者ならわかるが、一時的に神様が遠くに行っていただけ。
戻ってくる可能性が有る。あんなのと戦うのは分が悪い。
現地と本国の見解があまりにも大きくズレているのだ。
ベッケンが言う。
「追加で情報収集要員を出す」
既に各地に情報収集に人を出しており、もう余裕はない。
このタイミングでさらに出す。となると、かなり重要な意味を持つ。
ブレゼッダが統治本部に戻り、この国境砦はベッケンに任されている。
※ブレゼッダ滞在中は、ブレゼッダが指揮権を持っていました。
今まではベッケンが動かせるのは、せいぜい平時の砦を警備するのに足りる程度の国軍兵だけだったが、今では、地方軍も動かせるようになっている。
地方軍にはそれぞれ指揮官が存在し、ベッケンが兵を直接動かせるわけではないが、一応、大将はベッケンであり、砦の国軍より遥かに規模が大きい。
だが相変わらずベッケンが直接命令できるのは国軍兵のみ。
周辺の砦から若干の協力はあったものの、あまり積極的とはいいがたく、人材不足は深刻であり、割ける人数はかなり少ない。
一度は失われたと思われたトート森の力が戻った。
エスティアの行動を見る限り、一時的に弱っていただけに見える。
だが逆に、今、一時的に力が戻っただけだとしたら、再び消えてしまう可能性もある。
この状況下で重要なのは、どの情報か。
例えば”カリオ神殿跡地の力が戻ったという情報を聞いたとき、本国がどう対応するか”
というのは非常に重要な情報だ。
だが、距離が遠すぎる上に、砦の者が行っても上がどう考えているかを知るのは難しい。
わざわざこの砦から本国に情報を取りに行く価値は低い。
本国の情報はブレゼッダ経由で、定期連絡をもらえばよい。
となると、残るは2個所。
1つは城下町。トルテラの本拠地とされる町。
残る1つは、ランデル。これから起こる戦闘を見る。
「どちらに出ますか?」
ベッケンは躊躇なく答える。
「戦いのある方だろう」
「城下町ではなく?」
ナスカリトマはわざと城下町の名前を出した。
「神様が町に戻ったところを見届けても面白くないのだろう?」
そういうことだ。
エスティア達はランデルに行けず足止めを食っているので、
城下町を監視する方が、良い情報が得やすいかもしれない。
※砦の人たちは、この時点ではエスティア達は城下町に軟禁状態だと思っています。
だが、ナスカリトマは、ランデル攻略戦を見ておきたい。
ランデルに行ったところで、ランデル攻めが中止になる可能性もある。
だが、それでも、ナスカリトマは戦場を見ておきたかった。
エスティアの言うことが本当かを確認しておきたいという気持ちもあった。
ランデルの将が、揃いも揃って、皆武勇に優れているとは考え辛い。
それが本当かどうかを見ておきたい。
最大の理由は軍としての動きを見ておきたい。
ラハイテスが生まれてから、ランデルは全力で戦うような戦闘を行っていない。
そのため、どのような戦い方をするのかがわからない。
古い時代から居るのは、カヤハルくらいで、先代の将はすでに引退している。
大した戦闘の無かった時代の将がそんなに戦い慣れしているわけもない。
そんな将がどれだけ戦えるか、いったいどんな戦い方をするのか。
それを見ておきたい。
「ベッケン様も同じでは?」
ラハイテスとは味方としてか敵としてかはわからないが、今後戦う可能性が高い。
それを考えればベッケンも戦闘の方を優先させると思ったのだ。
ところが、ベッケンはこう言う。
「私は噂の神様との決闘を見たいのだがな」
ベッケンは、ランデルとハスクバハルの戦いには非常に興味がある。
だが、ベッケン自身はこの場を離れることはできない。
一方で、しばらくすれば、城下町に行く機会はあるかもしれない。
だから、決闘の話をしてごまかしただけ。
本当に見たいのは、ランデルとハスクバハルの戦いだ。
元々ランデル攻めを指示されたにもかかわらず、それを無視して勝手に不戦協定を結んでしまった。
この戦いの結果次第で、ベッケンの運命は大きく変わる。
本国の指示に従って、ランデル攻めに参加していれば、ベッケンは現在のような状況に落ちることは無かった。
今でも全く納得できていないが、やるしかない。
もう、本国の軍人としてのキャリアは断たれた。
凄く納得いかないが、今できる最善を尽くすほかない。
だから、自分で見れなくても、戦闘を見に行った方が良い。
「神様が帰ってきたとしても、帰ってすぐに決闘を再開する可能性は低い。
戦場の方が見応えあるだろう」
「私もそう思います」
「どうせそのつもりで志願したのだろ?」
「私がこの目で見てまいりましょう」
ナスカリトマは、ニヤリと笑いながら答える。
※おっさんがこの場で見ていたら、凄くがっかりする感じの風景です。
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この砦の守備隊の指揮を執っていたのがナスカリトマだった。
わざわざナスカリトマに行かせなくてもと思うのと同時に、ナスカリトマだからこそ、安心して任せられるというのがある。
中央から派遣され、この砦に赴任したベッケンは、この土地で育っていない。
それに対し、ナスカリトマは、子供のころからラハイテスを見ている。
実際に会ったことがあるのだ。
生まれながらのライバル関係にある。
友軍として戦うことも、敵として戦うこともあるだろう。
そのどちらにしても、相手の力量、得意な戦術などを見ておくのはとても重要なことだ。
この任務は、ナスカリトマが自分で名乗り出た。
ナスカリトマは、早く行かないと戦闘が始まってしまうため、もっと早く出発したがっていたが、ここまで待たせたのだ。
※今回のナスカリトマは増派です。
お互いの布陣などは、随時情報が送られてくるが、報告内容には個人差が大きく、結局のところ自分の目で見ておく必要がある。
特に最初の一歩、ランデルの迎撃準備がどこまで進んでいるか、ハスクバハル側がどこに陣取って、どう動くかから見ておきたい。
トルテラが戻ってくるのであれば、ランデルが有利になる。
時間稼ぎに徹すれば良いのだ。
総攻撃が始まってからはじめの数日耐えれば、あとは自動的に持久戦に移る。
はじめの数日に耐えたら、ランデルの防御は相当固いということを意味する。
籠城戦となったら、時間はかかるが、あとは、神様がいつ来るかだけの問題になる。
神様が来ると信じているランデルはおそらく落ちない。
食料が尽きるまで抵抗を続けるはずだ。
だが、ナスカリトマは、最初から最後まで自分の目で見届けたいと思っていた。
「開戦に間に合うか?」
観戦部隊は既に出発済みだった。
ベッケンは、トルテラが戻る可能性が高くなった場合という条件で、ナスカリトマが観戦に出るのを許可していた。
先遣隊は、バイラッサと共同で当たっている。
ゼウラの隊が先行している。
そこに伝令が届く。
「ベッケン様、ブレゼッダ様からの指示書が届きました」
中身を見ると、ベッケンは少し何かを考えて、その先を読む。
「こうきたか……」
「?」
「正式にランデル戦観戦増派隊が編成される。
先行の観戦部隊と合流し、その指揮は私がとる」
ナスカリトマを出すだけでも砦の戦力が心配なのに、ベッケンが自ら赴くと言い出した。
「砦は?(砦の指揮は誰がとるのですか?)」
「ナスキーに任せる。
中隊規模の国軍が追加で来る。この作戦はブレゼッダ様のものだ。
砦の守備は中隊指揮官の方がやってくれる。
ナスキー、おまえは砦の通常業務が任務になる。
それくらいはできるだろう?」
ナスキーはやや納得していない風ではあるものの承知する。
「はい。承知いたしました」
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ベッケンは、少し考える。
狙いが分からない。
確かに、ブレゼッダが去る際にベッケンの直下に入る国軍の追加の約束をしてくれた。
あのときの約束の補充が中隊規模の戦闘部隊であり、指示書にはベッケン自らランデル戦を観戦しに行くよう書かれていたのだ。
ベッケンは自分の目で見たいとは思っていたが、自分が出られるとは思わなかった。
砦の指揮官を解任されたわけではない。
このタイミングで、この指示書が届くということは、こうなる可能性を考えて準備がしてあったということになる。
ベッケンを行かせる理由。それは、一応期待されていると考えて良いのだろう。
そうでなければ、わざわざこの時期に慣れたものを、砦の指揮官から外し、わざわざ観戦しに行けというのはおかしな話だ。
何かしらの手土産は持ち帰れということだろうが、行っても何も起きない可能性もある。
そう考えると、切り捨てられる可能性もありそうだ。
エスティアや鎧と接触したものを放逐して、敵になったら面倒だ。
ベッケンがブレゼッダの立場であれば、切り捨てるために観戦には行かせない。
あの立場になれば、少なからず捨て駒を使うこともあるだろうが、あまり無茶なことをすると人望を失う。
まだ北ハスクバハルは固まったものでは無く、一時的な形態に過ぎない。
そもそも、人材も不足している。今ベッケンを切り捨てる理由も思い当たらない。
指示書には、ベッケンが出ない場合は、砦の指揮官として任務を継続せよとある。
ベッケンが出たがっており、出た場合に何かを持ち帰ることに期待した指示に見える。
少し疑って考えてみるも、結局、ブレゼッダはベッケンが何かしらの手土産を持ち帰ることに期待して観戦に出すと考えるのが妥当であるという結論に至る。
……………………
「まさか、ベッケン様が出るとは」
それはベッケン自身が思っていたことだ。
だが出る。自分の意思で出ると決めた。
「何を期待されているのかはわからないが、私には、後が無いのだよ。
こうなってしまった以上、今までのようなやりかたではうまくいかんだろう」
それを聞いて副官のナスキーが答える。
「ずいぶん変わりましたね。
……ああ、良い意味でですよ。中央の人間は現場を見ませんから」
※ナスキーさんも中央の出です。自分も含めた話をしています。
ベッケンは答える。
「私の気持ちが知りたければ、鎧に空に放り投げられてみると良い。
大概の人間は変わる」
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「変わるものですな」
そう言いつつナスカリトマは思い返すが、ベッケンの変わりようはなかなか凄かった。
砦の兵は国軍所属だが、地元民が多い。
ナスカリトマも、本国から来る指揮官はあまり好かなかった。
ベッケンは特に、あまり現地出身の兵に好かれる方では無かった。
ところがわずかの間に何かが変わった。今ではベッケンに心から従う兵がかなり居る。
以前は単なる指揮官でしかなかった者が、短期間でこれだけ支持されるようになった。
元から頭の良い人物ではあった。だが、好かれてはいなかった。
中央から派遣された者と、現地の兵は利益が一致しない。
ところが、北ハスクバハル方面統治機関のトップ、オルティオネが本国の意向に反した行動をとったため、ベッケンは既に中央からは切り離された存在となった。
※オルティオネさんの名前は滅多に出ませんが、本国の意向を無視して
北ハスクバハルが独自で動くことを決めたのはオルティオネさんです。
ブレゼッダさんはオルティオネさんの指示で、この砦に来ました。
結果的に、今は利害が一致しているというのも大きいだろう。
だが何より、以前より柔軟に、そして力強くなった。
元は鎧に投げられて一発で心が折れた情けない人物という評価であったが、”トルテラに負けて従うのは普通である”という新常識が浸透するにつれ、最も高く放り投げられた人物として評価が上がっていた。
ベッケンより高く上がったのはエスティア一人しかいないのだ。
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おまけ
もう一人、ベッケンさん以前に放り投げられた人物にベルジェさんが居ますが、
ベルジェさんは心が折れて軍を辞めて、バイラッサで商売をやっています。
商売をやろうと思っていたわけではないのですが、成り行きで商売に足を突っ込み、
鎧に投げられた人物として有名になりすぎて、取引したいという人物が多く現れ、
商人としてのチャンスが生まれてしまったためです。
スレッダさんたちとのコネもあり、実は結果的にけっこう得をしています。




