37-29.[異世界側のお話です]妻の形見を持たせる(6)
「”鎧が関係している”、仮にそれが事実だとしても、
どうやってこの鎧と関係のある記憶が読めばよいか」
問題はそれだ。鎧をどうやって使えばよいのかがわからない。
つい先ほどまで、鎧がカギを握っているなどとは考えていなかったが、
ここ数日、この鎧が物音を立てていたと聞いてからは、むしろ、
”なぜ今までこの鎧が何かを伝えようとしている可能性に、
思い至らなかったのかが不思議なくらい”に思える。
この鎧は何か情報を伝えようとしているはず。
そこまでは確実に思える。
だが、どうすれば、鎧が教えたがっている情報を得ることができるのか、具体的な使い方がわからない。
鎧を横に倒して、胸の部分に石を置いて読んでみたが、しっくりこない。
「絶対、この鎧がカギを握ってると思うんだけど、どうやって使うのかしら?」
「この中に入る?」
いくら大鎧と言っても、3人が入れるような大きさではない。
エスティアの鎧は腰部分なので、上も下も開いているので3人でも入れると思う。
だが、鎧の上半身は3人で被るのは無理そうだ。
仮に3人が収まったとしても、息苦しい。
「こうするのが無難だろうな」、「そうだな」
3人は鎧を立てて、首の穴のところに石が来るように石を握ることにした。
「これでやってみて、ダメなら被るか」
そう言って試そうとするが、首の穴の上と言うのはやはり難ありだった。
「これは腕が疲れるな」
「首の穴の部分に、台になるような板……」
そこまで言いかけて思い当たる。
「「「あ!!」」」
「あれか、ルルの金属板!」
「…………ダメか」
一瞬良い案だと思ったが、少し考えたら、良くないことに気付く。
あの金属板を使ったら、この鎧の情報が見えにくくなる可能性がある。
頭を出すための穴の部分に置くものとして、ルルの金属板、大鎧の一部とされている板が思い当たったのだが、あれはルルに関するものであって、リナが読むはずの、この鎧の情報を乱してしまうようにも思える。
全ての鎧が1つの意思を持っているのであれば、ルルの金属板が適しているが、鎧の部分ごとに個々の記憶や意思を持っているのであれば混乱することになりそうだ。
「大鎧はルルの金属板も、この鎧の上半身も同じ意思を持っているのかしら?」
「私もそう思った。鎧の上下は違う意思を持っているように見える」
「ええ。私もそんな気がする。性格違うように見えるわよね?」
性格と言うのか、行動パターンに差があるのは事実だろう。
「ひとまずは、ルルの金属板を使わずにやってみよう」
「その方がよさそうだな」
腕を置けるものであれば何でも良いのだ。
とりあえず、部屋にあったものを使う。
これでダメなら、次はルルの金属板を使えばよい。
……………………
「それじゃ、これで頼む」
リナが石を握り、エスティアとリーディアが手を添える。
すぐに反応があった。手が熱くなる。
「これって?」
「ああ、鎧は立てた状態が正しいのだろうな」
……………………
何かが見える。
先ほどまでとは見えるものが全く異なる。
雰囲気が変わっただけではない、ある程度鮮明に見えるものも、見覚えの無いものばかりだった。
今までと何かが違う。
「今までと違う感じだな」
「鎧が何かしているのかしら?」
そんなことを言っているうちにはっきり見えた。
鎧はただ見ているだけだった。
森の女たちが踊っている。
今の森の踊りと比べて、すごく変だ。
「これは? 森の踊りでは無いな」
※当時の森の踊りです
見覚えのない建物だが、場所は見覚えがあるような気もする。
「ここって?」
「この建物には見覚えは無いが、オーテル神殿跡地じゃないか?」
確かに、オーテル神殿跡地だ。
「これは……今は土台の一部だけ残ってるあれじゃないか?」
「だとしたら、大鎧がはじめて現れたときか!」
オーテル神殿跡地には、かつて建物が存在していた。
大鎧が出現した後、撤去された。
撤去されたのは、数十期(数十年)も前の話だ。
「これって……」
「鎧の記憶が読めているということか?」
石があっても読めなかったものが、鎧を使ったら読めた。
しかも、視点が鎧のものだ。
こうなると、鎧からも記憶が読める可能性が高くなる。
女たちが生まれるよりずっと昔の話なので、話に聞いただけだが、聞いた状況とそっくりだ。
聞いた話の中でも、大鎧が現れたとき、踊りで歓迎したと聞いている。
そして、鎧は女たちを気に入って、この世界に残った。
その、話に聞いた遥か昔のことが見えているようだ。
鎧は、踊りを気に入ったと聞いたが、女たちの踊りを見て下手だと思った。
ところが、下手でも、それが最大限の歓迎であると知って、この女たちの神様になっても良いと思った。
そんなふうに鎧が感じていたことがわかる。
だが、困ったことに、その後になって、大鎧はヨコハマに戻らなければならない理由を思い出してしまう。
この女たちの神様になっても良いと思った後に、ヨコハマに帰らなければならない理由を思い出した。
帰らなければならないという心と、ここで女たちの神様になろうと思う心の両方が生まれてしまった。
順序が逆だったら、こうはならなかった。
半身はヨコハマに戻ろうとした。絶対にヨコハマに戻らなければならない理由を思い出したから。
だが、この鎧は、この世界を離れたくなかった。
ヨコハマに帰ろうとする半身と、ここに残ろうとする半身が世界の狭間で引きちぎられて、この世界に残った半身が、鎧の形で残った。
鎧は、自分で望んだとおり、この世界で神様になった。
だが、それは、この鎧の不幸の始まりだった。
この女たちの神になっても良いと思った鎧は、ここに住む人間たちを愛でて過ごしていた。
鎧はずっとこんな暮らしを眺めていようと思っていた。
女たちに子が生まれて大きくなって、しばらくすると女たちは、ぽつぽつと減り始めた。
寿命。人間には寿命があった。
鎧はとても悲しんだ。1人、また1人と減っていくうちに鎧は思った。
鎧は愛でる者と一緒に老い、愛でる者より先に死にたかった。
鎧はもう人間を愛でないと決めた。
……だが、それは無理だった。
人間を愛でることを辞められないとしたら、もう一方の、愛でる人間より先に死ぬ方を選ぶしかない。
鎧は神様になったあの時から寿命が存在しない。老けて死ぬことができない。
寿命を取り戻すには、半身を呼び戻し、元の姿に戻るしかない。
だが、半身は遥か遠くの世界に居る。
半身は、人間の女を使った呪いを自分の半身にかけた。
その呪いは必ず半身をこの世界に呼び戻す。
そして呪いの女の最後の一人が、半身を呼び戻すために最後の仕上げ、
【妻の形見】を持たせる。
それを手にしたとき、半身はこの世界に戻ってくる。
……………………
……………………
※この記憶の前半は”23-9.大鎧出現(2)”のときのものです。
後半は”23-13.残った大鎧”になります。
「え? え?」
鎧には意思がある、目的がある。話もする。
そんな話は以前からあったが、いきなり見えると混乱する。
「いつだか、シートから聞いた通りの話だったな」
確かに、聞いた話そのままだ。
ただ、引き裂かれるシーンはインパクトが強かった。
「引き裂かれても死なないのか」
おそらく、1つの体に戻ったところで、どのような方法を使っても引き裂くことはできない。
だが、鎧とトルテラに分かれている間は、死ぬ方法が完全に存在しない。
元の体に戻れば、少なくとも寿命は有限になる。
おそらく、寿命を迎える以前に死ぬことも可能になる。
少なくとも、鎧はそれを望んでいる。
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エスティアは、トルテラがエスティアたちのことを思い出して、どうしても会いたくて会いたくて帰ってきてくれたら嬉しいと思っていた。
でも、そうでは無かった。
知ってはいたが、本当に鎧の目的は死ぬことが可能な体を手に入れることだった。
「私たちに会いたいから戻ってくるわけじゃないのね」
「そうでも無い」
「そうでも無い?」
エスティアは、トルテラがエスティアたちに会いたくなって戻ってくる話を聞きたかった。
だが、リナの話はそうではなかった。
「会いたいから戻ってくる。でも、私たちが先に死んだら嫌なんだ。
鎧も、トルテラも。
会って、その結果、私たちが死んだ後も生き続けるのが嫌なんだ」
それは知っている。
「それはわかるけど、それは私たちが先に死ぬのが嫌なだけで……」
「好きだから、先に死ぬのが嫌なんだ」
それは知っている。
だが、鎧は明確に有限の寿命を求めている。
トルテラは死ぬために戻ってくるのだ。
「死ぬために戻ってくるなんて嫌」
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リナは、今更何を言っているのかと思う。
”死ぬために戻ってくるなんて嫌だ”
そんなのは当たり前だ。リナだって、そんなことを望んではいない。
だが、リナは知っているのだ。
トルテラは自分が生きていることを良くは思っていない。
トルテラは自身を疫病神だと思っている。
実際にトルテラ本人がそう感じていたのだ。
あれを直接見て感じたのはリナだけだ。
エスティアには理解は難しいかもしれない。
だが、妥協するしかない。
「トルテラは、自分のことを後悔から生まれた疫病神だと思ってるから、
自分の存在を良いことだと思っていないんだ」
「どうしてそう思うの、私はトルテラに会いたいの!
私にとっては疫病神なんかじゃない!」
リーディアは、両方の言い分がわかる。
死ぬために戻ってくると聞いて嬉しいわけがない。
だが、人間だって普通は死ぬ。
それができないトルテラは、死ぬという目標を持って戻ってくるように見えるだけで、人間は普通死ぬ。
エスティアの気持ちもわからなくはないが。
リーディアにとってトルテラは疫病神であるわけがない。
そこには同意する。
「そうだな。私にとっても偉大な神だ。多くの人々がそう思っている」
「じゃあ、、」
「でも、トルテラ自身にとってトルテラは後悔から生まれた疫病神で、
消してしまいたい存在なんだよ」
「私にとっては……」
「それはトルテラだって知ってる。
だから、その時が来るまで勝手に消えないようにしてるんだ。
いつか開放するという約束の上で私たちの元に戻ってくる」
わかってはいる。でも、そんな風に思ってほしくない。
「私にとっては……」
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気持ちの問題なのだが、エスティアには受け入れがたいことなのだろう。
エスティアがこれでは、続行できない。
トルテラに関することは、結果は既に決まっている。
エスティアがどう思おうと結果は変わらない。
エスティアができないなら、エスティアを除いて実行するだけだ。
「今日はここで区切ろう。私は明日、【妻の形見】を渡す方法を考える。
エスティアが居なくても、リーディアが居なくても、私は1人でもやる」
「私にも、やらせてくれ」
リーディアは即答する。
「ああ。わかった。エスティアが居なくてもリーディアと2人でやる。
エスティアは明日までに覚悟を決めてくれ。
中途半端にやられるとうまくいかない。
どうせやらなきゃならないんだ。私は何があってもやり遂げる」
リナの意思は堅かった。
いつからリナはこんなに強くなったのだろうか?
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リーディアにもわかる。
自分が傷つくことが分かっていても、やるべきことをやり遂げる必要があるときもある。
相手は神様だ。人間がどうこうできる相手ではない。どうせ結果は変わらない。
だからといって、実行するのには大きな勇気が必要だ。
リーディアは、今までリナの意思がこんなに強いとは思わなかった。
リーディアが、やっとの思いで絞り出した勇気を、リナも絞り出せるのだ。
その一方で、エスティアはそれを受け入れることができるかはわからない。
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エスティアは、自信が持てなくなっていた。
リーディアもリナも、トルテラが居なくなってから、ずいぶんと体調不良が目立つようになった。
トルテラが居なくなって最も大きな打撃を受けたのが、この2人だと思う。
その2人ができたことが、エスティアにはできないかもしれない。
石の記憶を読むのが得意でも、協力できないかもしれない。
鎧もトルテラも死ぬことが目的だ。
トルテラには戻ってきてほしいが、死ぬために戻ってくるのは嫌だ。
こんな気持ちで参加しても、トルテラを呼び戻すことができないかもしれない。
エスティアだって知っていた。
鎧もトルテラも死ぬことが目的で行動している。
それでも、エスティアが空に上がったときは、とにかくトルテラを返してもらうのに必死で、トルテラが何のために戻ってくるのかは考えていなかった。
死ぬために戻ってくるとしたら、エスティアは頑張って空に上がることはできただろうか?
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注:おっさんは、そこまで積極的に死を望んでいるわけではありません。
死んだ人間がいつまでも自分の意思で歩き回るのは、
自然の摂理に反するので良くないことだと思っているだけです。




