30-19.ルルシアを助けに来た老人、その後(12) 増水した急流に落ちると、鼻に水が入ってツーンとします(普通死にます)
考える時間はできたが、ここは得られる情報量は多くなかった。
ここは大きな石に囲まれて視界が狭い。
特に川下方向はまるで見えないのだ。
幸い、目の前の白波には逆流で押し戻されるので、ここから放り出されてしまう心配はしなくても良いようだ。
流木を少々の速度で押しても、本流との流速の差で弾かれて戻ってきてしまう。
流木は、水を吸っていて浮力がほとんどない。掴むとむしろ体が沈む。
流木に掴まった時の方が沈むのは、なんでなのだろう?
そんなことを考えつつも、この流木を使ったら何かできないかと考える。
岩の間を見て思う。この木を、ここに挟んだら……それを足場にしたら、上にある石の出っ張りに手が届きそうな気もする。足りないのは、あと1mとかそのくらいなのだ。
岩と岩の間に挟めば、足場にできるかもしれない。
やってみるか。流木を移動させる。
「うばっ」
俺の方が沈む。
流木は重かった。
流木を動かそうとすると、動くのは俺の方だった!!
しかも、変にもがくと攣る。
これは苦戦必至だ。
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その頃、ルルシアたちはと言うと……
ルルシアは一度家に戻り、着替えて再び川に向かっていた。
服が濡れたまま、ここで待つのは体が冷えて危険だったため、着替えてきたのだ。
老人が流された地点まで戻ってくる。
「お父さん」
「ルルシア。まだ戻ってきてない」
ガスパールは、川で待ち続けたが、名無しの老人は戻ってこない。
やはり、また逃げられてしまったのかもしれない。ガスパールはそう思った。
あの神様はすぐに逃げてしまう。
川の流れを利用して去っていった。シートが捕獲しようとしている気持ちが少しわかった。
見ている目の前で、こんなに簡単に逃げてしまうのだ。
ひとまず家に帰って、仕切り直しした方が良さそうだ。
「ルルシア、ひとまず諦めて家に戻ろう。
ここに戻ってこないのなら、また神殿跡地に戻っているだろう」
ところが、ルルシアは嫌がる。
「もうちょっと待つ。お父さんは、先に戻ってていいよ」
いいよと言われても、ガスパールが困る。
こんな増水した川の近くに娘を残して帰れない。
…………
さらに少し待つが、戻ってこない。
もう、流されてから、ずいぶん経つ。
仮に死なないとしても、すぐには戻ってくることができない状態かもしれない。
ルルシアを見ると、首を振った。
まだ帰らないという意味だ。
戻ってこられるなら、もう戻ってきているはずだ。
やはり、戻る気が無いのではないか。
だが、ルルシアはまだ待つようだ。
埒が明かない。
そろそろ、本格的に、説得してルルシアを家に連れ帰ろうと思った頃、ようやく変化が現れる。
ルルが反応する。
「あっ! やっと戻ってきた」
ルルシアは、既に気配を感じているようだ。
ガスパールには、まだ何も感じられなかったが、少し様子を見る。
普通なら、ガスパールの方が先に気配に気付く。
気配察知は、元々男の方が強い傾向があり、さらに子供のルルシアはまだ十分使えない。
その結果、察知可能な距離は2、3倍の差がある。面積で言えば、5~10倍ほど、ガスパールの方が広いのだ。
ところが、この神様の場合は、ガスパールは見つけにくく、ルルシアの方が早く見つけるようなのだ。
しばらくすると、ガスパールにも、神様……あの老人が戻ってくるのがわかった。
「ああ、良かった。本当に戻ってきてくれた」
「うん」
少しすると見えた。
ようやく目視できた。手を振る。
特に怪我もなさそうだ。
ルルシアが走っていく。
死なないとは思ったが、ずいぶん丈夫なのだなとガスパールは感心する。
少しすると、声の届く距離までやってきた。
名無しの老人が言う。
「先帰ってて良かったのに」
「この流れで、よく無事でしたね」
「流れるつもりは無かったんだけどな。フラグは立てない方が良かったな」
「フラグ……ですか?」
「でも泥が落ちた」 ルルが言う。
ルルシアは、フラグの話より、泥汚れの方が気になったようだ。
「ああ、洗濯機に入った気分だよ。でも、尻が苔っぽくなった」
「洗濯機?」
フラグとは何だろう? 洗濯機?
洗濯機の方は、恐らく洗濯に使う機材だと言うことがわかるが、フラグの方はさっぱりわからなかった。
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おっさんはというと、何度も失敗して、淵に落ちつつも、流木を使って、なんとか石を上った。
石の上から見たが、ここを逃したら、次上陸できるのはどこか?という感じで、かなり厳しい感じだった。
だが、流される距離が変わるだけで、死なないような気がした。
足元では、水が岩に当たる轟音が鳴り響くと言うのに、なぜかこの自信。
俺は死なないように頑張らなくても、たぶん死なないのだ。
あれだけ流されて、何度淵に落ちても、まったく水を飲んでいない。
まあ、川の水の味がわかる程度に口に入ることは有るが、飛沫が飛べば、その程度は仕方が無い。
呼吸に支障が出るような量は飲んでいない。意図せず、ゴクッと飲んだりは1口もしていない。
何度も落ちて、鼻に水が入って痛いが。
死なない、とはいえ、川に落ちたのは失敗だ。
元々、そこそこ流れのある川だ。増水すれば、人が簡単に死ぬくらい危険なものになる。
改めて、凄い水量に圧倒される。
危険なのは知っていた。だから注意はしていた。
俺が流れの速い川に近付いた理由は、ルルシアがついて来てしまったからで、
俺が川に流されたのは、ルルシアが脱いだからだ!!
つまり、ルルシアのせいで流されたのだ!
俺には18禁機能が標準実装されていて、よろしくない場面になりそうになると、力が抜けて流されてしまうのだ。
俺は、あの謎のリミッターのことを忘れていた。
脱いだと言っても、背中と肩くらいしか見てないのに。
しかも子供だ。俺は興奮したりしないと思う。
よろしくない場面が出そうになった時点で発動しているような気もする。
あの謎のリミッター……
アレを体験した今の俺にはよく理解できる。
国民的食品ヒーローが力が出ない状態を。
よく彼はこう言っていた”顔が濡れて力が出ない”と。
俺の力が抜けるのも、たぶん、あれと似たような状態なのだ。
でも、俺には、新しい顔を用意してくれる助っ人キャラが居ないのだ。
……助っ人キャラ欲しいな。
それはそうと、俺は昔聞いたことがあるのだ。
なんでも、鼻に水が入ってツーンとするのは、鼻の奥の粘膜が荒れているとか、鼻が良くない状態だからで、健康な状態ならツーンとしないのだそうだ。あの話は本当なのだろうか?
この体。たぶん、すごく健康なのだ。
その体でもツーンとするのだが、健康だとツーンとしないというのは本当なのだろうか?
それとも、水の方に問題が? いや、水道水の方が刺激強そうだ。
塩素、地味に刺激あるし。味的にも、この川の水の方が、大人しい感じだ。
そんなことを考えながら歩く。
幸い、川沿いに道が続いているので、大きく迂回せずとも戻ることができる。
かなり流されたと思ったが、1kmと言った感じだった。
※戻りの道のりが1km程度なだけで、川を流された距離はそこまで長くないです。
戻ってくると、ルルシアの気配を感じた。
良かった。ちゃんとあの場所に留まっていてくれた。
いや、帰っていてくれても構わないのだが、俺を助けようとして二重遭難することを恐れていた。
俺は死なないと思うが、ガスパールとルルは、この川に落ちたら助からないと思う。
俺は、ひとまず安心した。
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川を流された老人、おそらく”竜が人になった神様”が無事戻ってきたので、ルルシアとガスパールは安堵した。
ゆっくりと家に戻る。
……………………
名無しの老人は言う。
「馬車持ち上げるより200倍は疲れたよ」
ルルシアはどういうレベルの話なのか理解できなかった。
「200倍ってどのくらい?」
「いや、例え話だからな……無茶苦茶疲れた」
”無茶苦茶”これが、ルルにどのくらいの尺度で伝わっているのかわからないが、
俺的には、これだと、すごく疲れたことが伝わらない気がするのだ。
今も足がだるい。
「そうなんだ」
ルルシアには、さほど疲労して見えなかったので、馬車を持ち上げるのは簡単なことなのだと思った。
うむ。やはり、うまく伝わっていない気がする。
まあ、かまわないのだが。
そういえば、ルルはさっきまでとは違う服を着ている。
「ルルは着替えてきたのか?」
「うん」
ここだと、服が何着もあるのは、割と裕福な家では無かっただろうか?
外出着を洗ってしまうと部屋着しか無いなんてことが多かったはずだ。
それはそうと、家に帰ってまた来たのか……
「一度家に戻ったなら、そのまま先帰ってて良かったのに。家の場所なら知ってるから」
「川で待ってれば戻ってくると思ったから」
「そうか。でも、まあ、戻ってきたし、泥を落とすと言う目的は果たせた……」
結果オーライと言うやつだろうか。当初の目的は果たせた。
無駄に苦労したが。
「私も、キレイになったから」 ルルシアは得意げにアピールする。
ところが、髪に泥が付いている。名無しのおっさんからは、泥がよく見えた。
ルルシアは、名無しのおっさんが流された後、頑張ってパンツまで洗って、その後着替えに戻ったので、今は完璧だと思っていたが、実は髪にも泥が付いていた。
「髪に泥付いてる」
「どこ?」
「ここ」
「とれた?」
それを見ていたガスパールが言う。
「家に着いたら、拭いてあげるよ」
「そうだな。歩きながらじゃ難しい」
ルルシアは、がっかりした。
この老人にとって欲しかったのだが、父の邪魔が入ってしまった。
ルルは”2人きりになる機会が欲しいな”と思う。
けっこうな登り坂が続く。
「あなたなら死ぬ心配は無いと思っていましたが、どこも怪我がないようで良かった」
俺は不死身っぽい外見をしているようだ。
見た目がでかくて力がありそうだと、川にも強いと思うのかもしれない。
この体、脂肪が少なく感じる。川は案外、筋肉質だと危ないと思うのだが。
「もう流れないでね」とルルシアが言う。
ルルが居なけりゃ、もっと安全なところで水浴びできたんだよ!!!!
と思ったが口には出さない。なぜなら、俺は紳士だからだ。
…………
ガスパールの家まで、戻ってきた。
あんな下まで降りたから、けっこう戻ってくるのが大変だった。
ガスパールは足が悪いのに無理させて、悪いことをしてしまった。
ガチャっとドアを開ける。実際の音は”ギギギ”って感じだが。鍵は無い。
「どうぞ。お入りください」
家に入ると妙な感覚が。
この家は、知ってるような知らないような?
この世界の家を1軒1軒全部知ってたら変だし、その割には、知らない感じがしない。
むしろ懐かしい感じがする。
俺は、過去に、この家に来たことがあるような気がする。




