30-13.ルルシアを助けに来た老人、その後(6) 森の神様
ガスパールとルルシアは、ひとまず家に戻る。
あの大きな老人とは、無事……あっさり過ぎるほどあっさり会えたものの、すぐに連れ帰ることはできなかった。
ガスパール(テリオス)は、今頃になって、実感が沸く。
本当に再び会った。
7期前には、ガスパール(テリオス)は、もう二度と会うことは無いと思っていた。
そもそも、7期後のテリシアの儀式まで生き延びるとは思わなかったのだ。
だが、現在の体調は、明らかにおかしい。
7期前に、あの老人に会ってから、急激に、老化が止まったのだ。
恐らく、今日、会うために生かされてきた。そう感じる。
そして、今日、役目を終え、長生きする理由が無くなる。
急ぐ理由も無いので、休憩しつつ帰る。
……………………
ルルシアは、しばらく黙っていたが、そろそろ良いかと口を開く。
「お父さん、さっきの昨日って?」
ガスパール(テリオス)も、恐らく聞いてくるだろうと思っていた。
あくまで仮説ではあるが、ガスパール(テリオス)の説を話す。
「あの人にとっては、あれは昨日の出来事なんだよ」
「どうして?」
「どうしてだろうね。寝ているうちに時間が経ってしまったのかな」
確かに、あの巨大な老人は、7期(3年半)前の出来事を昨日と言った。
前にルルシアを助けた時から1日しか経っていないと思っているのだ。
「7期(3年半)も経ったのに?」
「神様には、時間は関係無いのかもしれないね」
ルルシアも、この言葉の意味は何となく分かった。
あの大きな老人は、歳なんか関係無く元気そうだ。
根拠はともかくとして、通常の時間の流れの中に居ないという意味では、2人の予想は当たっている。
「起きたら今日だったの? なんでだろう?」
起きたら今日だった。面白い表現をする。ガスパール(テリオス)は、そう思った。
視点が、自身や第三者では無く、あの老人側なのだ。
「わからないけれど、きっとあの人は、ルルシアと会う時しか、時間が進まないんだよ」
「私と会う時しか?」
「たぶん、そうだと思う。ルルシアと探しに行ったら、すぐ会えた。
それに、ルルシアと会うまで、あの人の時間は止まっていたからね」
確かにその通りだ。ルルが探しに行くまで時間が進んでいない。
やっぱり、あの人は、テリシアではなく、ルルシアのことを待っていた。
ルルはそう思った。
ガスパール(テリオス)は、どのレベルで話をするか迷っていた。
ルルシアの意思は確認した。だから話をするのは構わない。
ただし、話したとして、どこまで理解できるか。
ガスパール(テリオス)は、ルルシアを竜と関わらせたくないと考えていた。
だが関わるのであれば、十分な情報を与えたいとも思っていた。
だが、急に踏み込んだ話をしても、そのベースとなる知識を積極的には与えていない。
だから、どこまで知っているか調べる。
「森の神様の話は知ってるよね」
「大鎧様?」
これはさすがに知っていた。そして、これこそが最重要な情報だ。
「そうだ。お父さんは、竜と会うために森に来た」
「大鎧様のこと?」
ガスパール(テリオス)は、少し驚いた。
ルルシアは、説明するまでもなく、既に気付いていた。
「良く気付いたね……」
十分な情報を与えたつもりも無いし、妻のシートを見ていても、積極的に教えるようなことは無かった。なのに、ガスパール(テリオス)が会う竜が、竜の姿をしていないことまで知っている。
どうして、気付いたのだろうか?
……そこまで考えて、気付いた。
ガスパール(テリオス)の、考え方、推測の方が間違っている。
ガスパールにとっては、”竜”と言えば、あの巨大な生き物のことで、”人間の姿をした竜”が居るなどと考えたことは全くなかった。
でも、森では、竜は人の姿で現れることがあることを皆が知っている。
ルルシアも。
気付かなかったのは、森出身ではないガスパール(テリオス)だけで、元からここに住む人たちは、竜が人の姿で現れる可能性があることを知っているのだ。
素直にそのことを話す。
「……そうか。お父さんは、竜に会うために森に来た。
竜という、とても大きな生き物に会うと思っていた。
でも、お父さんが会う竜は、人の姿をしているようだね」
ルルシアは、何の話をしているか気づく。
「あの人が?」
ガスパール(テリオス)は頷く。
「森には竜が人になった神様がいる」
ルルシアは、実物は見たことが無かったが、森に昔やってきた神様が残して行った鎧が有ることは知っていた。
あれを身に着けているのが、大鎧という神様だと思っていた。
その神様が、あの老人だとすると、鎧を残して行った神様は、鎧を置いたまま、歩き回っているのだ。
あの鎧が、森に来たのは、ルルシアが生まれるよりずっと前だ。
その神様は、ルルシアと会うまで時間が止まっている。
つまり、昔現れてから、今まで、ルルシアを待っていた?
そう考えた時、鼓動が激しくなるのを感じた。
ずっと長い間、ルルシアを待ち続けていたのかもしれない。
妻として迎えるために。
「なんで今まで待ってたの?」
これは、ルルシア的には、”ルルシアを妻に迎えるために、数十期(数十年)もの間、時間が止まっていたのか”という意味だった。
ところが、ガスパール(テリオス)には、ルルシアの意図は正確に伝わらなかった。
言葉の意味、そのままで受け取った。
ガスパール(テリオス)には、乙女心が理解できなかった。
なぜ今まで待っていたのか、その推測をそのまま答えてしまう。
「お父さんが、これを渡していないからだ」
そう言って、ガスパール(テリオス)は、石を見せる。
竜のガスパールに貰った石。
今でも常に身に着けている。ラグベルに言われたことを今でも守り続けているのだ。
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ルルシアの期待は、最高潮から、一気にズドーーーンと落ちた。
ルルを待っていた……わけではないようだ。
「首飾り?」
「これは、竜のガスパールに貰ったもの。いや、預かっていたものだ」
預かっていた?
つまり、一時的なもの、
「渡すの?」
「渡そうと思う。そうしないと、神様は帰れない」
神様は帰れない?
神様は帰る? 妻の話はなんだったのだろう?
ルルの頭の中は、疑問でいっぱいになった。
「帰るの? 私は?」
「ルルシアは、たぶん妻になる。でも、大人になるまで連れて行かないような気がする」
妻になることと、帰ることは、どうやら共存可能なようだ。
「なんで大人になるまで待つと思うの?」
「テリシアの儀式。元々、現れるだけで、テリシアを連れて行くわけじゃ無いんだ」
元々そういう予定だったようだ。
さらに話は続く。
「あの神様は、人間の女を愛でていて、この世界にやってくる。
お母さんは、どうも、あの神様を捕まえようとしているみたいでね」
ルルシアは驚いた。なんと、母は、神様を捕まえようとしている。
「なんで?」
「ずっと、森の神様で居てもらうため」
そうか! 一瞬で納得した。
捕まえる。言い方は悪いが、ルルも、神様に森に居て欲しい。
だが、同時にこうも思う。
「かわいそう」
捕まえるという言葉に反応した。
ルルシアには、父、ガスパールも、シートに捕らえられたように見えていたから。
ガスパール自身は、シートに捕らえられて不幸になった自覚は無いので、純粋に、捕らえて森の神様に据えることを
かわいそうと言ったのだと思った。
「うん。だから、ルルシアが本当に妻になりたいなら、
森に居る間、神様が幸せに暮らせるように、一緒に居てあげなさい」
「そうだね。」
「そうだ、ルルシアが大事にしてあげれば、神様は幸せに過ごせるかもしれない」
ルルシアが来るのを待っていた。だから、あっさり再会した。
以前、ルルシアの命を救ってくれた巨大な老人……おそらく、大鎧と呼ばれる、”竜が人になった神様”と。
ルルは、神様の妻になって、神様を大事にしようと思った。
「そろそろ、行くか」
「うん」
…………
…………
2人は家に戻った。
ガスパール(テリオス)と、ルルシアは、少し休憩した後、あの老人を出迎える準備を進める。
大した歓迎はできないが、ルルシアも手伝う。
すると、ガスパール(テリオス)が言う。
「しばらく待ってみて、来なかったら、また探しに来よう」
「え?」
来ないかもしれないのに別れた?
ルルシアは心配になった。会えなかったらどうしようと。
それに気づいたガスパール(テリオス)は説明する。
「もしかしたら、家には自分からは来ないかもしれない。
ルルシアと離れると、また時間が止まってしまうかもしれないから」
時間が止まる……そうだ!
ルルシアは納得した。
7期(3年半)前ルルと別れて時間が止まり、今日動き出した。
確かに、ルルシアと離れると、また時間が止まってしまうかもしれない。
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近くに住むべネスタが、綱を持って歩いていると、馬車が来るのに気づく。
べネスタは馬車が泥濘に嵌って動けなくなったので、綱を取りに行って、馬車のところに戻るところだった。
脱出には、相当てこずると思っていたので、驚く。
同時に、既に散々頑張って、体力も尽きていたので、心底安心した。
「良かった。抜けられたのか」
「ああ。助かったよ」
馬も相当疲弊している。早く休ませたい。
「綱があっても、馬がこの調子じゃダメかと思った」
馬も人も体力を使い果たし、もう限界だった。
悪足掻きせずに、さっさと綱を取りに行けば良かったのだが、選択を誤った。
人間も馬も、体力を消耗しすぎていた。今更綱を持って行っても、脱出は難しそうだった。
「親切な人でも居たか」
ベネスタは、そう言ったが、実際は、他の馬車が来て、道を塞いでいて邪魔なので、仕方なく脱出を手伝ってくれたのだろうと考えていた。
ところが、事情は想像とだいぶ違っていた。
「それがな、信じられないほど力のある、でっかい爺さんが……」
起きたことを話す。
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見た目は巨大な老人で、馬車を一人で持ち上げ、自分の足の方が埋まるほどの怪力の持ち主が助けてくれたという。
そして、報酬にも興味を示さず、人間離れしたことをしたという自覚も無く、何事も無かったかのように去っていったという。
べネスタは話を聞いてピンときた。
「そりゃ、大鎧様じゃないか?」
「大鎧さま? 森の神様か」
「まあ、見えないって噂だけどな。前に来たとき、また来るって言ってたんだろ」
「確かに、あの鎧を着けられるくらいの巨体だったな」
※”また来る”は、23-12.大鎧出現(5)参照
「そもそも、そんな年の男が、元気に馬車持ち上げたらおかしい」
「ありゃ、人間じゃ無く、森の神様だったか」
大鎧様が出たかもしれない。
7期(3年半)前は、ガスパール(テリオス)とルルシアだけが知ることだったが、今回は、他の人々も大鎧出現に気付き始めていた。
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一方の、ガスパール(テリオス)、ルルシアの父娘は、準備を進めていたが、そろそろ、やることが無くなってきていた。
大量の湯を一度に沸かす手段が無い。少しずつ何度か沸かすにしても、冷めてしまう。
来る時間が正確にわからないこともあり、いつ沸かせば良いか悩む。
7期(3年半)前、あの老人は風呂を探していた。
探したところで、そんなものは、そこらに無いが、湯を用意するだけでも良いと言っていた。
本当は、あの日、泊まっていってもらうつもりだったが、早々に立ち去ってしまったのだ。
今日こそは、湯を用意しようと思っていた。
食事の用意もしておく。神様は、普通の料理を食べるだろうか?
そんなことを考えつつ準備を進める。
ここに、あの老人が来たら、話をして、石を渡す。
おそらく、7期(3年半)前に既に、寿命が尽きかけていたガスパール(テリオス)が生きながらえた理由。
それを渡せば、ガスパールの寿命は、早々に尽きるだろう。
まあ、ここまで生き延びたことが奇跡だったのだ。
とは思うものの、あの老人は、本当に自分からくるだろうか?
そう思っていると、タイミングよく、ルルシアが声をかける。
「お父さん。あの人、時間動いてるかな?」
「見に行くか」
「うん」
二人は、あの老人……おそらく、竜が人になった神様、大鎧を探しに行くことにする。
二人は、運命の時が近付いていることを実感していた。




