39-17.形見は2つセット(横浜編最終回)
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神龍に会いに来た洋子たちは富士吉田周辺で食事をしてから解散した。
「今頃どうしてるかしら?」
「異世界に行くって、どのくらい時間がかかるのかな?」
栫井の話だ。唯は、父は既に異世界に向かったと思っていた。
ところが、母(洋子)は妙なことを言う。
「まだ、あそこにいるはずよ」
「どうして?」
「あれは、妻の形見にならないから」
唯は、何の話か分からず少し考えて、思い当たるものに気づいた。
この世界を去るには、妻の形見が必要だ。
だが、さっき渡したはずだ。
「え? さっき渡してたやつ?」
「ええ」
「どうして?」
「杉たちに聞かれたくないこともあったけど、最後に会って欲しくて」
言葉は分かりにくいが、杉さんと玲子さんを父に会わせたかったが、聞かれたくないこともあるから、
わざと妻の形見を渡さなかったと言っているようだ。
「じゃあ、元から知ってたの?」
「ええ。行くわよ、もう一度」
この言葉に納得した。
さっきのは、あまりにもあっさりしすぎて違和感があった。
とは言え、唯には唯の都合がある。
母の別れがあまりにもあっさりしていて拍子抜けしたというのも事実だが、
それを飲み込もうとして、時間とともに実感がわいてきていたのに、
実はまだ樹海の神殿に父は居ると言われると、
ちょっと感情の波の調整に難儀する。
先に言っておいてくれれば良かったのにと思う。
……が、そういうときに限って気が利かないのが母なのだと思い、飲み込む。
「まあ、ここからなら近いけど」
…………
…………
母にはいろいろ言いたいことはあるが、また樹海の神殿まで戻ってきた。
すると、今度は神龍は呼ばなくても出てきた。
ただ突っ立っているだけだが。
洋子が言う。
「知ってる。妻の形見が使えなかったんでしょ?」
妙なことを言ったように聞こえた。意味はわかるが。
まだここにいるのを知っていて戻ってきたと言ったのだ。
『知ってたのか』
当然のように父には通じている。
「杉と玲子には聞かれたくない話があって」
『ああ、なるほど。そういうことか』
会話しているように見える。
さっきは話が通じなかったのに、今は話をしている。
さっきまでのは芝居だったのだろうか?
そこには触れずに話を進める。
「お母さん、聞かれたくないことって?」
唯が尋ねるが、母はそのまま話し続ける。
「私、あなたと会えて良かったと思ってる。
高校ではじめて会ったときから。
最初は恋愛感情とは違うものだったかもしれないけれど、
たぶん、私は最初から好きだった」
これが伝えたいことだったのだ。
「お母さん……」
唯は涙を流す。
「ありがとう」
『うん。俺も高校生のときから好きだった。
あのとき付き合えばよかったのにな』
ここで母が振り返り、唯に尋ねる。
「なんて言ってる?」
唯には会話しているように見えていたので、なぜ自分に聞くのか不思議に思いつつ、中継する。
「あれ? 聞こえてなかったの?
高校のときから付き合えばよかったって言ってる」
「私も、そうすればよかった」
『聞かれたくない話って?』
「……」
母(洋子)は何も答えない。
さっきまで話しているように見えたのは、父(神龍)の声は母には聞こえていないけれど、なんて答えるのかを理解していたから、声が聞こえていなくても会話が成立していたのだ。
唯は母に尋ねる。
「聞かれたくない話はこれのこと?」
洋子は涙を流しながらも笑って言う。
「違う。妻の形見の話」
妻の形見の話……
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栫井は思った。
確かに、あれは俺的には、杉や玲子さんには知らないでいてほしい。
俺は別に下着マニアではない。
でも、俺的には唯ちゃんにもあんまり聞かれたくない話だ。
でも、俺は洋子さんと直接話ができないから仕方がないのだろう。
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「2つ必要なの。妻の形見は2つセット」
『そうだったのか。2つくれれば2つ持っていくよ』
唯は伝言する。
「2つくれれば持っていくって」
すると洋子は妙なことを言う。
「2つというのは2人分ってこと」
『妻は1人しかいないけど』
「でも2人分必要なの」
そう言ったかと思うと、いきなり洋子がパンツを脱ぐ。
『なんで、ここでそういうことするかな。
それと、さっき貰ったやつは妻の形見にカウントされないみたいだから、
それを追加しても1つにしかならないと思うぞ』
唯は伝言する。
「さっきのは使えないから、それを貰っても1つしかないって」
洋子はそれを聞いて言う。
「だいじょうぶよ。2つあるから」
しばし空白の時間が流れる。
だが、母は2つめを取り出す様子はない。
そして、無言で唯を見つめる。
妻は1人しかいないが、2つ必要。
唯は、なんかわかった気がした。
「え? え? え?」
唯のパンツを差し出せと言われているのだ。
「わたしの?」
唯が言うと母が頷いた。
そんなことを急に言われても困る。
夫婦であれば、そういうのもアリなのかもしれないと思ってスルーしてきたが、
娘の自分に言われても困る。
……まあ、制約があって仕方がないのはわかるが、今いきなり言うのは酷い。
『1つあれば転移できると思うが』
唯は洋子に伝言する。
「……1つあれば大丈夫って言ってる」
洋子は、夫が何を言うかは想像がついている。
だが、2つ持っていかなければならない理由がある。
「行った先の異世界では、妻の形見は2つセットなの。
1つだけ持って行ったら、行った先の歴史が変わっちゃうから」
「なんでそんな歴史にしたの????」
唯は思い切り突っ込みを入れた。
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まったくその通りだ。
嫌がる娘にパンツを脱がせて、それを形見にする父親というのは、ちょっと俺的に許容範囲を逸脱している。
『嫌がる娘の下着持っていくのは人聞きが悪すぎる。あんまり気が進まん。』
「気が進まないって言ってる」
唯が伝言すると、洋子が即答する。
「またやりなおす?」
『それはダメだ。俺はもう今以上の歴史を作る自信がない。今の歴史を確定したい』
異世界で神様をやるのも気が進まないが、俺は今回の歴史を固定したい。
間違っても、はじめからやり直しなんてことは避けたい。
やり直せば、さらにペナルティーが付いて、きっと、異世界で100年くらい神様を続ける刑になりそうだ。
俺は、俺自身が存在していることを快く思っていない。
人は人として生きて、寿命が来たら死ぬのが正しい。
死後に神様になったりするのは良くない。
俺は、ここで終わっても良いと思っているが、異世界のことが全く気にならないわけではない。
まあ、最初から……異世界からオーテルが来たあの時から、俺があの異世界に行くことは決まっていたのだ。
あそこが俺の戻るべき世界だということだろう。
妻の形見は1つあれば、あの世界に行くことはできる。
2つ必要だというなら、あっちでもう1つ見つかるのかもしれない。
まあ、予定と変わるとすると、それなりのペナルティーは発生するのだろうが。
ひとまず、1つで試してみることを伝える。
『1つでなんとかやってみるよ。どうなるかはわからないけれど。
ここに戻る手段はもう無いと思うから、迷惑はかけないと思う』
唯はこの言葉を聞いて決心する。
「わかった。理解したから。
私のを持って行って。
私が今日のことを無かったことだと思えば。
実の父親が変態だっただけのことと思えば」
ぐああああああ、俺の心に強烈なダメージが!!!!
※おっさんの心の声です\(^o^)/
『やめて、それは俺の心が萎えるから』
そう言うと、神龍は、その場に倒れて動かなくなった。
体は大きいが、実体のない映像のような存在なのだと思う。
石で読んだ記憶の中に、こういうこともあったなと思い出す。
父が欲しがっているわけでないことは知っている。
こういう運命を持った人なのだということをあらためて思った。
とは言え、少々困った問題もある。
今日はスカートではないので、脱ぐのも簡単ではない。
木の陰で脱ぐ。
先に言っておいてくれれば、もうちょっと選ぶ余地があったのにと思う。
まあ、先に聞いていたら、唯は拒否するかもしれない。
そうなると形見として持って行けるものを用意できなかったのかもしれないとも思う。
あるいは、唯が自分で差し出さざるを得ない状況にしたかったのか。
たぶん、唯が自分から差し出す状況にしたかった。
だからわざと母はこの状況を作り出したのだ。
脱いでしまえば、スカートでなくて良かったと思える。
神龍はまだ倒れている。
神様のこんな姿は見たくなかったと思う。
洋子は唯のパンツを受け取ると、神龍の爪に2人分のパンツを引っかける。
「あなた。これ。大事に持って行ってね。
あなたが行くべき世界に」
神龍の爪にパンツをひっかけると、神龍がもがきだす。
『ぐおーーーーー』
そんな声が聞こえたかと思うと、神龍の姿は消えた。
「え? 何? 行ったの?」
「神様は妻のために異世界に転移するのよ。
あの人が行くべき世界に……」
「うん」
「神様は願いが叶ったら手放さなければならないから」
そう言うと洋子は、その場にしゃがみこんだ。
妻の形見を渡すというのは、神様を開放するということ。
神様は解放を願っていたが、洋子にとっては再び夫を失うことを意味する。
洋子は人間として生きた夫を失い、死後神様になった夫を手放した。
その喪失感は覚悟していた。
……とはいえ、覚悟していれば簡単に乗り切れるかというと、そんなことはない。
「何して……?」
母は思い切り泣いていた。
なんだかんだで2人は仲の良い夫婦だった。
唯はごく最近まで、ただ、父が早くに亡くなるだけの、ただの平凡な家庭だったと思っていた。
父の死後、それまでの人生の何倍かにも及ぶ、記憶が蘇った。
2人にとって最高の歴史が、今回唯が生きてきた歴史だったが、
唯自身は、ベスが居た人生が最良の人生だった。
今回が悪いわけではない。
唯にとって最良の人生の記憶も残していってくれた父に感謝している。
父に人の道を踏み外すような行為を行わせて得た人生だ。
父本人が欲しがっているわけでもない、何らかの重要な意味のある品として、脱ぎたてのパンツを渡すくらいは、たいしたことではないように思う。
※これは、自分のパンツがどんな扱いされるのかを潜在的に知っているからの感想かもしれません。
読者の方は既にわかっているかもしれませんが、ラハイテスとジョシュアが手に入れるものです。
ただし、ラハイテスとジョシュアが手に入れたときには、効果の大半を失った、
かなり弱い遺物になってました。
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……………………
ずいぶん時間が経ってから、ようやく洋子は立ち上がった。
唯は、この姿を杉さんたちに見せたくなかったのだろうと思う。
「ごめんね。ずっと前からわかっていたことだから、さっぱりお別れできると思ってた。
何度もやり直して慣れてると思っていても……」
「うん。いいから」
唯は、石の記憶で母の記憶をずいぶん見てしまって知っている。
だから、父と母の関係がどんなものだったのかもよく知っている。
唯の父は、人間を辞めて神になってしまった。
その神様は妻の願いを叶えるために存在し、妻が望む限り、この世界に存在し続けてしまう。
だから妻が手放し異世界に送り出した。
これは、母にとってつらい選択だった。
妻の形見が2つセットだという情報は、唯も朧気ながらに知っている。
石の記憶はすべてを網羅的に読むことができるわけではない。
妻の形見があっちの世界で何に使われるかについては、唯はあまりはっきりと読むことができなかった。
ただ、2つがセットであることはわかる。
そして、意外に大きな力を持つものになるということも……
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樹海を後にし、再び、河口湖、富士吉田方面に出る。
唯は早々に新しい下着を買いたいと思っていたが、なぜかパンツが目立つ場所で売られていることに疑問を持つ。
ふつうは、もう少し奥にあるものだと思う。
なんでパンツが目立つところにあるんだろう?
※近くに富士急ハイランドがあるからです!
無事に新しいパンツを手に入れて落ち着くと、遅れて涙が襲ってきた。
今度こそ本当の別れだ。
唯が今生きているのは、父の大きな犠牲があってのことだ。
「ありがとう、お父さん。
異世界の女の子たちのことも可愛がってあげてね」
※唯は異世界の女たちのことも多少知っています。
おっさんの目を通して見ているので、娘のようなものだと思っていることを知っています。
女たちは、娘のつもりはないのですが、そのあたりは知っているのか知らないのか。
昔は園内にパンツの自販機があったらしいです。今もあるんですかね?
それはそうと、おっさん、倒れている隙に、妻の形見で強制転移させられてしまいました。




